211 それぞれの報告とシャッフル
エイフの手続きを待って一緒に帰る道中、クリスは「今日は待ちぼうけだったの」とぼやいた。
「来なかったのか? じゃあ、ずっとギルドにいて退屈したろ」
「ううん。あの二人と一緒に小物を作っていたから楽しかったよ。あと、作ってたミニチュア家具を買ってもらえることになったしね」
「うん?」
今日あった出来事を話していると、いつの間にか宿に着いていた。
プルピとククリが部屋に入るなりフードの中から飛び出てくる。彼等こそ、一日ずっとフードの中で退屈だったようだ。
その上プルピは、自分も何か作りたくなったのに隠れてないといけないから、うずうずしたらしい。すごい勢いで自室になっている小部屋に飛び込み、ガサゴソ始めてしまった。
ククリはイサに乗って「はっちん!」と、ライダーごっこをねだる。クリスが「もうすぐ夕飯だから、それまで遊んであげて」と頼むと、イサは「ピルゥ~」と応じてくれた。
カロリンとカッシーは帰りがいつになるか分からず、クリスたちは先に夕食を済ませた。騒がしい食堂から部屋に戻ると、ククリが甘いお菓子に満足して横になっている。静かなうちに「そのまま寝てようね」と、ククリをイサの巣の上に置く。ククリは蓑虫型だからパッと見、ゴミみたいに見える。でも誰も見ないので大丈夫。クリスだけが微妙な表情で小部屋を出た。
居間には疲れた様子のイサがいたので、労る。彼を撫でながら、クリスはエイフの今日の依頼について話を聞いた。もっとも、「近場の針ウサギは全部倒した」という、クリスが想像したとおりの答えしか返ってこなかったが。
剣豪と強化スキルを持つエイフにとって、針ウサギごときは敵ではなかったようだ。
どうやって戦ったのか更に突っ込んで聞き出していると、カリロンとカッシーが帰ってきた。二人とも疲れた顔で、カッシーの頭の上にいるハパだけが平然として見える。
ハパのフォローで大変だったのだろうか。ハパが知ったら怒りそうなことを考えながらも、先にサンドラの依頼を伝えた。カッシーが「お嬢様、早速次の依頼かー」と笑っている。
カロリンは「話は後で」と、お風呂の準備を始めた。その前に何故かクリスに抱き着いてくる。「ああ、癒やされる~」そう言って、お風呂場に行ってしまった。
クリスはぽかんとして、カッシーを見た。
「何かあったの?」
「また、ニホン組とかち合ったんだ。魔法使いの奴隷が欲しいとか獣人族がいいとか、僕たちに言われても困るんだけど」
「えぇー」
「あと冗談だと思いたいけど『奴隷にしたい』って面と向かって言われてさ。どうかしてるよ」
「うぇぇ」
クリスが顔を顰めていると、カッシーが半眼になった。
「クリス、女の子がそういう変な声出すの止めなよ。せっかく可愛いんだからさぁ」
「女の子でも変な声は出るんだもーん」
「まあ、分かるけど。驚いたら普通に男と同じ叫び声になるもんね。ていうか、男も魔物に出会うと甲高い声で叫んじゃうしな~」
「分かる。男の人でもキャーッて叫ぶ人いるよね」
クリスが「あはは」と笑っていると、カッシーがニヤリと悪い顔になった。
「カロリンも最初の頃は猫をかぶってたんだけどさ。冒険者の依頼って汚い場所にも行くじゃん。そしたら苦手な虫が出てきたんだよね。その時『ぎゃーっ』って低い声でさ」
ニヤニヤ楽しそうだが、クリスは返事をしなかった。カッシーの後ろに、簡単に水浴びしただけのカロリンが現れたからだ。
「なんだか楽しそうな話をしてるわね?」
「……も、もう出たんだ?」
僕も入ろうかなーと、そそくさと逃げていく。誤魔化せていると思っているらしい。
それを呆れ顔で見送り、カロリンがクリスの横のソファに座った。
「お嬢様からの伝言の件だけど、わたしが行くわ。今、調査がちょうどいいところなのよね。続きはカッシーに任せるわ。本当は護衛としてならカッシーの方がいいのでしょうけど、わたしが一人で奴隷商に行く方が危険だと思うの」
「うん。奴隷商にどちらかが一人で行くなら、カッシーの方がいいと思う」
「そうだな。だが、カッシーもエルフ族で目立つぞ。ハパだけでなく、プルピにも付いてもらった方が良くないか?」
「そうだね。カロリンにはイサがついていってくれる? イサがいれば、サンドラ様も喜ぶと思うし」
「ピピピ」
ククリはどこが引き取るか考えた末に、やはりクリスだろうと結論が出た。万が一があってもエイフがいる。だったら、なんとでもなるだろう。
ククリは危険物ではないが取り扱いには細心の注意が必要な精霊なのである。
西地区を歩いていると、時折嫌な視線に出会う。
エイフがいても感じるのだから、クリス一人だと捕まっていたのではないか。そんな気になる。
「数日で随分と治安が悪くなったな」
「ゴミも多いよね」
「ああ。依頼を受けた業者が無視しているのか、役所が放棄したか」
どちらにしても「治安が悪い」と判断されたから放置されている。
「だからバリバラとグレンダは動けなかったのかもね。この道はどうしても通らなきゃならないでしょ。北地区の闘技場にはチッタと行ける方法があるんだろうけど」
「そうかもしれん」
話していると住居区に着いた。着く前から男たちの怒鳴り声が響いていたけれど、近付けば、チンピラみたいな柄の悪い男たちの姿が見える。彼等は建物に向かって声を張り上げていた。
「ここから出ていけ!」
「都市にスラムは要らねぇんだよ!」
「お前らは邪魔なんだ!」
どうやら立ち退きを迫っているらしい。住民の姿は見えないけれど、気配は感じる。
クリスは小声でエイフに話し掛けた。
「土地開発の話、ここまで広がってるんだね」
「みたいだな。大闘技場だけじゃないのか」
「でも、いくらなんでも開発費用かかりすぎじゃない? 第一、商家だけで行える事業とも思えない。区画整理なんかは都市側の管轄だよね」
「だよな。俺は金勘定は得意じゃないが、この都市がそれほど儲かってるとは思えないぞ」
迷宮都市ガレルなら大型の地下迷宮を抱えていたため儲かっただろう。迷宮は今もなお都市を潤している。
しかし、奴隷の売買や闘技場が有名であったとしても、都市の一割か二割の広さがある地区を開発するだけの余分な税収入があるとは考えられなかった。
もちろん数十年計画で開発するのなら可能だ。ただし、その場合はもっと穏やかに進むのではないだろうか。目の前のチンピラたちがやるような、強引な立ち退き要求行為は要らない。
つまり、彼等は嫌がらせで動いている。
クリスとエイフは顔を見合わせた。同じ結論に至ったのが分かった。
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