075 怖い話とナタリーのお仕事




 ストーカーの情報が手に入るのは有り難いはずだ。ギルドに知り合いがいるのも良かった。クリスが自分のことのように喜ぶと、ナタリーも微笑んだ。


「ありがとう。……それにしても、クリスちゃんって若いのによく物事を知ってるのね」

「いえ、そんな」


 褒められて、クリスは「えへへ」と照れ笑いになった。

 何故か、ナタリーに微笑まれたり褒められたりするとぐねぐねしてしまう。こんな素敵なお姉さんが欲しかったから、だろうか。

 姉という存在に夢を見ていた時期もある。前世の友人の中にも姉妹で仲良しがいた。

 ただ、同僚には「姉と妹は常に戦いだ」という人もいたから、それぞれなのだろうが。



 クリスが褒められていると、マリウスが何か騒いでいた。しかし「俺も知ってる」といった張り合う発言だったため、皆でスルーだ。

 それより問題はニホン組のストーカー男である。


「そいつがいつ頃シエーロに来るのか、情報はあるか?」

「……そろそろ来るんじゃないかとマルガレータが言っていたわ。王都で騒ぎを起こすとシエーロに来るの。他の人は定期的に来るのだけど」

「そいつの活動場所はダソス国の王都か」

「元々の出身はペルア国の王都らしいわ。そんなことを言っていたの。確か、正統派だとか。そうよね、マリウス」

「そうそう。意味が分からなくてさー。マルガレータに確認したから間違いない」


 それを聞くや、エイフがチッと舌打ちした。珍しい姿にクリスはびっくりだ。

 エイフはクリスの視線を受けて、説明を始めた。


「正統派ってのは、ニホン族の中で『ニホン組』と名乗るグループのことだ。ニホン族の中で最大派閥になる。奴等のほとんどが冒険者だ。ペルア国の冒険者ギルド本部でも幅を利かせている。……まあ、ニホン組の悪い噂は、そこから派生した過激派が原因だな」

「えっ、じゃあ、そのストーカー男も過激派に所属している可能性があるの?」


 クリスが青くなって問うと、連鎖してナタリーも不安顔になった。クリスがしまったと思う前に、エイフが苦笑で手を振った。


「いや、過激派なら、今ここにあんたはいない」

「ちょっ、エイフ、それってどういう意味?」

「そのまんまだ。過激派は欲しいものは即、手に入れる。つきまといなんて、まどろっこしい真似はしない」


 シンと静かになってしまった。マリウスが「は、え、あ?」と変な声を上げているぐらいだ。


「とにかく、今ここで平和に暮らせているなら、そいつはまだマシな方だ。でも、正統派の中でも過激派は『自分たちこそ一番』だと思っている。正統派の上層部にも過激派はいるからな。そいつがまだ若いなら大丈夫だとは思うが、それでも気をつけるに越したことはない」

「は、はい」


 ナタリーは青ざめたまま頷いた。クリスは急いで明るい声を出す。


「あの、ナタリーさん、わたしにできることあったら言ってね!」

「クリスちゃん……。ありがとう」


 エイフも怯えさせてしまったと眉をへにょりとさせる。そうだぞ、と言いたいところだが、こういう情報は隠さない方がいい。

 クリスがナタリーの横に座って手を握っていると、マリウスが我に返った。


「なあ、やっぱりシエーロを出ようぜ」

「出るって……。そんなの無理よ」

「でもあいつ、次はマジで攫いにくるんじゃないか? ほんとヤバいって」

「仕事があるもの。それに、マリウスだって狩りができなくなるわ」


 どうやら何度か話し合ったことがあるらしい。クリスは二人の様子を見て、これは相当深刻なのでは、と不安になった。

 何よりも相手はニホン組だ。先日、迷宮都市ガレルでクリスも迷惑を被った。あれに絡まれる不快さは分かるつもりだ。

 なんとかできないか、クリスも考えるのだが良い案は出ない。

 そう言えばナタリーは何の仕事をしているのだろう。

 クリスは話題のとっかかりとして聞いてみた。すると――。


「……その、食品を扱う店で働いているの」

「食品? ああ、お料理屋さん的な! ナタリーさんの作ってくれた料理美味しかったもんね」


 わかるー、と納得していると、マリウスがスパッと口にした。


「虫を解体する店だぞ。ナタリーはこんな見た目だけど、凄腕の解体士なんだ。なっ、ナタリー」

「マリウス、あなた……」

「なんだよ?」


 分かってないマリウスに呆れ、ナタリーは「何故、詳しく説明しなかったのか」という説明を止めた。

 それからクリスを見て苦笑いだ。


「冒険者ギルド専用の下請けのようなものね。持ち込まれた品はなんでも解体できるわよ。時には調理することもあるわ。これでも店では頼りにされてるの。だから、辞めて出て行くっていうのは極力避けたいのよ」


 虫という言葉を使わずに教えてくれたナタリーは、やはり良い人だった。



 ちなみに解体士とはスキルのことだ。しかも、中級の解体スキルではなく、上級の解体士スキルである。凄腕と(何故かマリウスが)自慢するのも当然だった。

 ナタリーは控え目に「店では頼りにされている」と説明したが、上級スキル持ちを職場が手放すはずはない。

 ましてや解体士スキルだ。このスキルがあると、どんなに難しい魔物でも綺麗に「確実に」解体できる。冒険者ギルドにとってもなくてはならない人材だ。彼女の勤め先がギルド専用の下請けになったのも、このスキルがあるからではないだろうか。


 そもそも上級スキル持ちは引っ張りだこである。本来なら王都など、人の多い場所で働くのが普通だ。その方がお金も得られる。スキルを披露する機会だって多い。

 たとえば解体士スキルだ。

 大物が集まるのは当然、王都などの都市部である。そこに竜が持ち込まれるとしよう。それらは上級スキルの解体士でしか捌けない。新鮮に、かつ部位を余すことなく最適の形で処理できるのが、解体士スキル持ちだ。中級の解体スキルでもなんとか切り落とせるだろう。けれど、素材を最高の状態で維持するのは不可能である。

 もちろん都市と名のつくシエーロにも大物が持ち込まれる可能性はあるだろう。

 けれど、シエーロでは少々事情が違った。

 周辺を山脈に囲まれており、近くに目立った町や村がない。また、竜などの解体士スキルを必要とするような大物の生息地もなかった。

 いるのは虫型の魔物だけだ。その虫型も、クリスが「ギャー」と叫んで倒れた時に見たサイズがほとんどである。

 つまり中級スキルで十分なのだった。

 それすら宝の持ち腐れかもしれない。

 ナタリーは、下手すると天空都市シエーロで唯一の解体士スキル持ちかもしれなかった。


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