042 底力を見せてやる
ゴオォォォォという激しい音を立てて、突然現れた「業火」がクリスの目の前を焼いた。いや、消してしまった。
魔物たちは断末魔さえ上げられなかった。
あっという間の出来事だった。
まるで紋様紙に魔力を通したときのような消え方だ。サラサラと、何も残さずに消えていく。
これが
業火の威力はとどまることがない。
魔法で生み出された脅威の炎は森を吹き飛ばした。文字通り、吹き飛ばした。
地面も抉っている気がする。
クリスは呆然と立ち竦んだ。
「……どうしよう。怒られる」
誰に?
それよりも、身体強化が切れる前に動いた方がいいのではないだろうか。
そう、クリスの中の冷静な部分が言う。
我に返ったクリスは急いで洞穴に戻り、男たちが転がっている部屋にいいものはないかと探した。
小さな荷車が端に置いてあった。山道を行くのにちょうど良さそうな細幅のものだ。食料品でも運んだのだろう。軸が壊れかけているが、修理して補強すれば使えそうだ。
クリスは、これなら子供三人ぐらい載せられるだろうと考えた。
思い立つと、ポーチからトンカチなどの道具類を取り出した。
家つくりスキルをなんとかして発動させようかとも考えたが、クリスには物づくりの加護がある。それに今ここで集中状態に入るのは危険だ。
クリスは地力だけで荷車を改造した。
急いで作業を終えると、次に寝ている子供たちを起こした。
部屋に【防音】を掛けていたため、子供たちは眠ったままだったのだ。
子供たちは恐怖で震えていたが、幸い、見た目が幼い少女のクリスを「誘拐犯の仲間」とは思わなかった。そのため、すんなりとクリスの話を聞いてくれる。
なるべく優しく、ゆっくりと説明したのも良かった。
「ほ、ほんとに助かるの?」
「悪い奴らは縛ったから大丈夫だよ。でも、ここから逃げないとダメなの」
「どうして? お迎えが来たんじゃないの……」
ぐすぐす泣く女の子には、抱きしめて頭を撫でた。もっと小さい幼児は意味も分からず泣いている。そちらは大きい子供が抱っこしてくれていた。
「お迎えはまだなの。ここ、森の中だから分からないんだよ。わたしたちが自分で戻れば、帰るのが早くなるよ」
「早く、帰れるの?」
「そうだよ。早く帰ろう?」
早く帰れる、という言葉に女の子は希望を持ってくれた。
もう一人の大きい女の子も顔を上げる。クリスは安心させるように深く頷いた。
「大丈夫。わたしがちゃんと運んであげるから。一緒に帰ろう?」
「……うん」
「わたしも」
幼児は、これまで一緒にいた女の子二人の声音が変わったことに気付いたようだ。泣くのを止めて顔を上げた。それからクリスを見て、きょとんとする。
「帰ろうね?」
「あうー」
「お姉ちゃんたちと一緒だよ。大丈夫。ママとパパのところに帰ろうね」
「まま!」
ママという言葉に目を見開き、幼児はきょときょとと辺りを見回した。
「外の向こうで待ってるよ。さ、一緒に行こう」
「あう!」
一番大きい七歳ぐらいの女の子に幼児を抱っこしてもらい、五歳ぐらいの女の子には荷車の前に乗ってもらった。
簡易の背もたれは作ったものの、あくまでも急場しのぎだ。座面に三人をベルトで固定してから、クリスは荷車を引いた。
「お、お姉ちゃん、大丈夫なの?」
「大丈夫! 任せなさい!」
ドワーフの血を見せてやる。
クリスは腰を入れて一歩を踏み出した。
外では、まだ火が燻っている。
次の魔物が来る可能性を考え、クリスは急いだ。
補助系の魔法の効果が切れたら反動が来る。耐えられるかどうか分からないのだ。
対処方法はあるけれど、今回のような強い上級の紋様紙を自分自身に重ね掛けした経験はない。
それでも、一刻も早く森を抜けようと、クリスは何度も【身体強化】を掛け続けた。
荷車を通せないような道には板を敷き、なんとか乗り越え進んだ。
森を抜け林になり、やがて遠くに街道が見える。草原地帯だ。その道の先に、迷宮都市ガレルが見えた。
もう少し。
あと、もう少し。
門に大勢の人影が見えた。誰かがこちらを指差している。馬の足音も聞こえた。太く響く足音。
「ペルちゃん……」
呟いて、安心してしまったのかもしれない。人の姿があることにも。
彼等が本当に助けてくれるのかどうか、普段ならもっと疑っただろう。
けれどもう限界だった。
身体強化の効果は長く続かず、徐々に体への負担が蓄積されていた。
まだ体力的には大丈夫だと思っていたけれど、気持ちが持たなかったようだ。
クリスは草むらに膝をついてしまい、そこでプッツリと気力が切れるのを感じた。
*****
クリスはペルに顔を舐められるという夢を見た。
入れ替わるように頬を撫でる優しい羽。髪の毛を引っ張るかすかな痛みも感じる。
すぐに痛みは消えた。
誰かの大きな手が、優しく優しく撫でていく。
お母さんかもしれない。夢だから、お母さんだ。
クリスの幼い頃に死んでしまった母親は、産後の肥立ちが悪く寝込みがちだった。それでも笑顔を絶やさず、いつだってクリスを可愛がってくれた。母親はベッドの中からクリスの頭をよく撫でてくれたものだ。
お母さんに会いたい。
前世の母に会いたいとは思わなかった。父にもだ。きっと愛されていたという実感がないからだろう。
同じことが今世でも言える。クリスの父親にも会いたくなんてない。愛されていなかったからだ。
この世に、自分のことを愛してくれる人はもういない。
前世、婚約者と別れた時にも思った。誰もいない。わたしは一人。
――わたしは一人なんだ。
その時、また頬を舐められた。
「ブブブブ……」
「ペルちゃん?」
そうだ。クリスには、ペルがいるではないか。慌てて起き上がった。
「ペルちゃん!」
「グググググ」
「おい、こら、急に起きるな」
「だって。ペルちゃん!!」
自分を愛してくれるものがいる。これがどれほど嬉しいことか。
この世に誰もいないという恐怖を、エイフは知らないのだ。
クリスは頭をすりすりされながら、ペルにしがみついた。
イサも飛んでくる。そうだ、イサもいた。ほどけかけている三つ編みにはプルピがぶら下がっている。
「イサ、プルピも!」
「だから動くなって。お前は倒れたばかりなんだぞ。あと、俺の名前も呼んでくれよ」
「エイフ! ……来るのが遅いよ!!」
男らしい筋肉の、見るからに厳めしい鬼人族は、困ったような顔でクリスに頭を下げた。
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