039 褒められからの次の仕事へ
クリスにすれば時間がかかったように感じたが、ダリルは違った。
最初に胡散臭そうにクリスを見ていたというのに手のひらを返して褒めてくれる。
「いやぁ、すごい。こんなにちっこいのに、あの重い石を運んではめ込むとはな。支えの丸太も一人で持ちやがった。お前らも見ていただろ?」
「マジ、すごかったっすよ!」
「俺らなんて四人がかりで運んだんすよ」
と、ちょっと柄の悪い風体の若者と語り合っている。
クリスは少し疲れたので黙って食事をしていた。イサとプルピも椅子に座って食べている。死角を作ってあげたものの、食事を次々と運んできてくれる女性には見えていたようだ。何度か覗き込んで首を傾げていた。肉が空中に浮いて消えるのは、確かにおかしい。
ダリルはとにかくクリスをべた褒めし、無償でやったことにとても感謝してくれた。
無償といっても、こちらからすればプルピの依頼であり報酬も受け取る予定だ。まだ何をもらうかは考えていないが、加護をもらったことでもういいかなという気持ちもある。
家つくりスキル発動中にも感じたが、以前と比べて物づくりに関する精度が高くなった。加護は徐々に体に馴染み、作り替えていくだろう。クリスの望むように変化するはずだ。もちろん、物づくりから逸脱するような大きな才能は芽生えない。
クリスの持つドワーフの血や家つくりスキルを底上げするものが増えただけだ。しかし、その底上げが大事である。
「しかし、精霊様々だ。そこにいるんだろう?」
「うん」
「俺も小さい頃は見えたんだが」
「……幾つぐらいで見えなくなったの?」
「俺は六歳頃だな」
「早っ」
「この町で暮らしてるとスレてしまうんだよ!」
一般的には大人になれば見えなくなるというが、見える人もいる。信じるか信じないかの差だとも聞く。その違いは精霊にも分からないらしい。
もっともクリスだって、そう見せられていたとはいえ、最初は捕らえられた宇宙人のようだと思っていた。人のことは言えないのだった。
ダリルはクリスが冒険者ギルドに登録していると聞くと、指名依頼を出すと言い出した。
他にも補修してほしい家があるようだ。
悩んだが、明後日ならいいかと請け負うことにした。明日はペルを連れて外へ行くのだ。
そんな話をしていれば当然時間も経ち、暗くなってしまった。
乗合馬車に乗るつもりだが、表通りまでは遠い。ダリルは送っていこうと付き添ってくれた。
道中、クリスは思い出してゲイスに襲われた事件について語った。
あの時、ゲイスはクリスを誘拐して奴隷として売るつもりだったらしい。ゲイスは取り調べで、一緒にいた男二人のことを「北地区でチンピラを雇った」と白状した。
その二人はまだ見付かっていない。
「なんだと。うちの奴らが加担していたってのか?」
「オジ、じゃなかった、ダリルさんのところの若い衆かどうかは知らないよ。北地区全体が一枚岩ってわけじゃないんでしょ」
オジサンと言いかけて、ダリルが目を細めたために慌てて言い直した。
ダリルはそのことには触れず「そうだな」と頷いた。
長老の考えに背く人も結構いるらしい。下町だからこそ一致団結すべきなのに、好き勝手に活動する。そうなると治安も悪くなり、行政だって武力介入するだろう。迷惑を被るのは一生懸命生きている庶民だ。
「人攫いの手伝いなんぞ、とんでもねえ。俺たちでも捜してみる」
「ありがと。主犯のゲイスは捕まって刑が確定したんだけどね。いくら雇われだって言っても、いたいけな少女を誘拐しようとするのは良くないから」
「……まあ、確かに少女だけどな。いたいけか?」
ギロッと睨んだら、ダリルは両手を挙げた。
「でも、北地区に一人で来るぐらいだ。何か、スキルでも持ってるんだろ?」
「そういうんじゃないけど、必殺技ぐらいは」
「はは。そうだろうな。そうじゃなけりゃ、地元じゃない普通の女の子がここへ入ってきたりしないさ」
ともかく、以前から続く誘拐事件のこともあり、気をつけろと念押しされた。
ダリルは乗合馬車の御者にチップを払って、クリスが降りるまで見てやってほしいと頼んでくれた。
*****
翌々日、ギルド本部で指名依頼を受けた後に北地区へ向かった。
ダリルが乗合馬車の乗降場所で待っており、なんとなく嬉しくてクリスはふふっと笑った。
この日はイサとプルピは付いてこなかった。プルピの仲間から連絡があって、万年筆の軸の材料を取りに行ったのだ。ついでにイサも一緒に連れていくと、夜のうちにあちらの世界へ行ってしまった。
踊り橋がどうなったか見なくていいのだろうかと思ったが、彼は精霊だ。自由に飛んできて自由に過ごすのだろう。
頼まれた家の修理は三軒だった。けれど、踊り橋のところほど難しくなく、午前中で終わってしまった。
ついでに気になる箇所を見付ける都度、補修していく。町の人たちは小さなクリスがせっせと補修しているので不思議そうだった。そのうち、ダリルに文句を言い始めた。
「こんな小さな子にやらせるなんて!」
「この子が何やったのか知らないけどね、罰にしたってやり過ぎだよ!」
という感じである。
クリスは、クリス自身の名誉のためにもきちんと説明した。仕事として請けているのだということ。スキルを使っての仕事だが、女の子だと大工仕事に就けないから冒険者ギルドで働いているのだということもだ。
下町の女性は強い。クリスの話を聞くと一緒になって憤慨してくれた。
それから外から来た人間に冷たいガレルについても言及した。彼女たちは彼女たちで、古くから住んでいるのに行政の態度が良くないと文句があるらしい。
昼は近所の人たちが持ち寄って、通路で食べることになった。
ここではよくあることらしい。
形の違うテーブルや椅子が各家から持ち寄られ、各自お得意の料理が出てくる。
こういうのも面白い。クリスは楽しんで過ごした。
踊り橋の様子も確かめ、安全に渡れることが分かった。手すりを付けたから、大人も子供も通れる。ただし、二軒の家の人だけが使うようにした方がいい。誰でも通るとなると痛みも激しくなる。
そんな注意点を話してもまだ早い時間で、クリスは「明るいから」と見送りを断った。
それが間違いだった。ダリルがいれば、その後の事件は未然に防がれたのに。
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