013 家つくりスキル
家つくりスキルを発動させると、クリスは周りのことが見えなくなる。集中しすぎるのだ。
元々、細かい作業の好きな性格ではあったが、スキルによって強固になった。
この、集中しすぎて「周りが見えなくなる」のは弊害でもある。だから、外で使う時は危険だ。
そのため「誰かがいる」という状況で発動する必要があった。
その点、今の状況は最高だ。クリスの作業の様子を、ガオリスの弟子たちの誰かが必ず見学している。
スキルを使うには、まず最初に「これから家を作るのだ」と強く思うことが大切だ。設計図は脳内で開いたままにする。ただそれだけで、勝手にスキルが発動して体が動き出す。
道具にしても、一番良いと思えるものを一瞬で選び取ることができた。馬車の土台の補強に必要な板を前にしても、どれだけ削ればいいのかが瞬時に分かる。
重い板を運ぶことも、底に潜って片方の支えが必要な場合でさえも、一人でやってしまえる。まるで「もう一人の自分」がいるかのような、不思議な力が働くのだ。
あくまでも、ほんの少しの力だ。そこを支えてくれたら組みやすいのに、そう思った程度の「もう一人の自分」の力だった。
さすがに何人もの能力までは使えない。
それだけでも、たった一人で足回りの補強が終わった。
大きな車輪に巻くクッション代わりの革、外側の金属、車軸などの重い部品も一人で付け替えた。
解体していた部品たちをそれぞれ組み直していき、最後に支えとしていたジャッキアップ用の木材を抜く。
「大丈夫、かな」
ふうと一息ついたら、スキルは勝手に切れていた。
クリスが休憩、あるいは今日はここまでと思えば勝手に解除される。
スキルを発動するには自分の魔力が必要だ。レベルが上がれば調整しながら長時間使うことも可能である。魔力の少ない人は、まずはこの調整から始める。全力でスキルを発動させないことも大事だ。
また、魔力は増やすこともできる。その代わり、毎日使い切る必要があった。これが意外としんどい。クリスが魔女様の手伝いをしていた頃には、口酸っぱく「毎日昏倒するまでやれ」と言われていた。大変だったが今はそこそこの量が溜められるようになった。
「問題なさそうだね、クリスちゃん」
「うん」
「あ、そうだ。さっき、この部分を貼り付けるのに支えてなかったよね」
「よく見えたな、お前。俺はクリスちゃんの動きを追うのに必死だったぞ」
作業が一段落すれば、こうやって皆で話し合う。
もちろん本業や先輩方の手伝いもあるため、クリスにつきっきりというわけではない。が、珍しいスキルということもあって先輩たちも午後の時間をなるべく空けられるように手配しているらしかった。その先輩たちも、たまにやって来てはオヤツを差し入れてくれる。
「おー、車輪部分が終わったかー」
「例のスキルで全部やったのか? すごいもんだな。大工スキルよりすごいんじゃないか」
「羨ましいよな」
こうなると、皆が夢中になって話が始まる。
ガオリスの木材加工所はいい雰囲気で、弟子たちからの質問や疑問にも先輩たちは丁寧に答えている。いわゆる職人気質の「見て盗む」系ではない。
クリスも部外者だというのに、どんどん質問していた。
だから逆に聞かれたことにも素直に答える。
「大工スキルよりすごいかどうかは分からないけど、大工仕事はできると思うんだよね。でも仕事したいって言っても断られちゃうの」
「そっかー。勿体無いよな」
「先輩、さっきクリスちゃんは支えがないまま、三メートルの板を貼り付けたんですよ。あんなの大工スキルでも無理です」
「そりゃあ、すごい」
その後は、最高何時間使えるのか、調整したとしてどの部分を落とすかで盛り上がった。たとえばスピードを落として丁寧に作り上げるか、集中力を落として全体像を把握しながら作った方がいいのか。
そうしたことを、違うスキルを持つ者だが、同じものづくり仲間として話すのは楽しかった。
木材加工所で働くだけあって、彼等は木工や組立・解体スキルなどを持っている。
木工なら、木材に関することへの能力が高い。各自のスキルを理解し合って仕事をしていた。
「スキル発動の時間も長いみたいだし、よく勉強してるんだな。偉いよ。お前たちも頑張れよ」
「はい!」
「俺ももっと頑張ります!」
「お、いい返事だな。クリスちゃんがここで作業してくれて、本当に良かったよ」
そう言われると何やら恥ずかしい。クリスはえへへと頭を掻いて照れた。
その後も、組立スキルを持っている先輩に頼んで確認してもらうなど、作業を続けた。
いつもよりも時間は少なかったが、やはり来てよかったと思う。
毎日毎日が勉強で楽しい。
しかし、それも、あともう少しで終わりだ。
「足回りが終わったら、残るは
「はい。あともうちょっとで材料が揃うので!」
そうしたら、早い。
なにしろ上物は完全な「家」であり、何度か作ってきた経験があるからだ。土台が馬車というのは初めてなので時間がかかったが、木製の家ならば問題はない。
どうかしたら一日で終わるかもしれなかった。
ここでの作業が楽しかっただけに、少々寂しい。
けれど、長く居座ってガオリスの親切に甘えるべきではない。線引きしないと際限なく甘えてしまいそうだからだ。
早く終わらせるには、お金が必要である。
クリスはこの日も内職を頑張って、せっせと紋様紙を貯めた。
寝る前には魔力を排出しきるために専用の紋様紙を使う。魔女様がクリスの魔力総量を増やすためだけの魔術紋を作ってくれたのだ。それを自分で紋様紙に写して使う。
以前なら、家つくりスキルを半日使っただけでフラフラだった。でも、ちょっとずつ増やしたおかげで容量が増えている。
魔力は、魔力素や魔力粒というものが空気中に漂っており、寝ることで充填される。じっとしているだけでも充填されるものらしいが、一番いいのは寝ることだ。
手っ取り早く集めて充填する魔法もあるが、体に負担をかけるため推奨されていない。魔女様はその魔術紋も編み出していて、当初はクリスに「これでドーピングしろ」と言っていた。
その前に魔女様のぐちゃぐちゃな本棚で見つけた「魔法の基礎」という本を呼んでいたクリスは、既の所で彼女の破天荒な命令を断れたのだった。
そもそも魔力枯渇の状態にするのも良くないことらしい。別の本を後で見付けて、おそるおそる指摘したのだが――。
「そんなカビの生えた学者の唱える、なんとか論なんぞ気にするんじゃないよ。魔力の増幅に必要なのは根性さ。あんたは他に大した能力がないんだから、人より努力しないとね!」
などと根性論を持ち出し、クリスに「やれ、やるんだ」と言い張った。
その頃のクリスは素直な可愛い普通の子供だったので、村にはいない「偉大な魔法使い」の魔女様の言うことを信じるしかなかった。
結果的に魔力の総量は増えてきているので正しかったのかもしれないが、それにしても滅茶苦茶な指導だった。
ともかく、いつものようにクリス専用の小さな紋様紙に描いた【魔力排出】を発動させると――。
「ピルル!?」
イサの慌てたように鳴く声が聞こえた。
でもクリスはいつものことだから、そのまま深い眠りに入ったのだった。
おやすみも言えないままだと思い出したのは、朝になってからだ。イサが心配そうに顔の上に乗っていたのを、一瞬わけが分からずに投げ捨てたのは申し訳なかった。
クリスのバカ力で握り潰さなくて良かった。
案外、妖精は頑丈にできているのかもしれないが。
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