009 馬車のお買い上げとムキムキ大男




 馬車の代金は分割にしてもらった。

 いくら中古とはいえ長距離用の荷馬車だ。乗合馬車に改造したため壁は取り払われているが、屋根はしっかりした造りのままである。足回りも良いものを使っており、正直破格の値段だった。

 それでも、手に入れたばかりの紋様紙の売り上げが軽く吹っ飛んでしまう。道具類を貸してもらったとしても、必要な材料はまだまだ多い。とてもではないが、一括払いは無理だった。


 そのあたりも含めて交渉したが、ガオリスはやっぱりクリスに甘い条件で契約してくれた。というのも、馬車自体は押し付けられて買い取ったもののようだった。

 損はしていないとの言葉を信じて、クリスは契約書にサインした。


 翌日の午後からガオリスの店へ通うことになった。午前中は日課になっている薬草類の採取だ。これはペルの運動と食事がてらなので外す気はない。

 午後はまるごと木材加工所での作業に回す。夜に、紋様紙の内職をするつもりだった。

 細切れでの作業は慣れないが、材料を集められないことや「初めての自分の家」だから丁寧に作り上げたかった。

 ガオリスも何ヶ月かかってもいいと言ってくれたので、甘えることにした。



 クリスが買い取った馬車は大きさで言うなら小型のアメリカンスクールバスタイプだ。通常サイズのスクールバス、ましてや大型トレーラータイプではない。だからこそ中古とはいえ買い取れた。

 隊商の中には、大型トレーラーほどもある大きな馬車を連ねて街道を行くものもある。

 大抵は大型の魔物をそのまま運びたい時に使われるものだ。たとえば竜種系統だと、中級の解体スキル持ちでは厳しい。上級にあたる解体士スキルでなければ、せっかくの大物も無残な姿になる。そもそも、皮を剥ぎ取ることさえできないだろう。ましてや、一般的な「解体(小)」スキルではどうしようもない。

 商売人には収納スキル持ち、あるいは大型の収納袋を持っている者もいる。が、大きさと重さの制限がかかっていることが大半だ。生き物も入れられない。そうした制限もあることから、荷馬車は必要な運搬具として大いに活用されていた。


 ちなみに、乗合馬車は日本車の大型ワゴンサイズである。ぎゅうぎゅうに乗ったとしても十人が限界だ。もっとも、通勤時間でもない限り大抵三、四人の利用が多い。

 その分、乗降が多く常に走っている。便利な地元コミュニティバスのようなものだった。





 クリスの生活のサイクルが確定した頃、西区にある冒険者ギルドで声を掛けられた。


「もしかして、クリスってチビはお前のことか? 本当にチビ助だな」

「……あぁ?」


 ――つい、前世の強気な自分が出て、低い声になってしまった。

 今は十三歳の可愛らしい女の子なのに。

 いや、可愛いは言いすぎかもしれないと思い直す。


 クリスは年齢の割りにはしっかりしている方だ。記憶を取り戻してからは、子供特有の甘い考え「いつか幸せになれる」などというお花畑脳は綺麗さっぱり消えさった。

 他人になんとかしてもらおうだなんて考えも捨てた。

 自分で自分を助けなければ、どうにもならない世界なのだ。自力で頑張るしかない。

 当然、売られた喧嘩は自分で買うしかないし、敵わない相手なら逃げるだけだ。

 ただし何もせずに逃げるのは腹立たしい。報復の機会は持ちたいところである。

 そんなクリスだから、失礼な相手には失礼な対応でもいいと思っていた。


「クリスはわたしだけど?」


 睨み付けるが、相手は二メートル近くある大男で視線が遠い。

 首が痛くて、クリスは見上げるのを早々に諦めた。

 ついでに相手にするのも止めた。

 スタスタ歩きだすと、唖然としていた大男が慌てて付いてくる。


「待て待て。カインに頼まれたんだ。クリスって小さい女の子を助けてやってくれって」

「『何かあれば頼ればいい』って言われただけで、別に『何もない』から」


 無視して掲示板から依頼書を引っ剥がすと、そのまま受付に向かった。

 最近、このギルドでは端っこの受付に踏み台を置いてくれるようになった。それを使って、カウンターに上半身を乗せるようにしながら依頼書を提出する。


「ユリアさん、お願いします!」

「はい。ええと、いつもの採取ね。後ろにいる彼は、いいの?」

「不審者として通報してください」

「おい!」


 もちろん冗談だ。受付のユリアもそれが分かっているから苦笑している。

 大男もその顔を見てホッとしたようだった。


「なんなんだ、ったく。頼まれたから捜してたのに」

「恩着せがましく言われてもなー」


 クリスが知らんぷりして答えると、ユリアが苦笑したまま大男に話しかけた。


「エイフさん。言葉遣い一つで依頼者に不快感を与えると前にお話しましたよね。同じ冒険者だから大丈夫だと思ってるんでしょうが、クリスさんは礼儀正しい女性ですよ?」

「うっ」

「受付のわたしたちにも、きちんとお話される素敵なお嬢さんなの。そんな方とは正反対の、横柄な口調の人がいる場合、どちらの受けが良いと思います? わたしたちだって人間ですもの。手心を加えるなんてことはありませんけれど、もし同じ評価の人への指名依頼があれば『礼儀正しい』方を勧めますよ」

「……分かった。悪かったな。あー、クリス、ちゃん?」


 クリスも別にそこまで怒っているわけではない。チビをダメ押しされたので、ついムッとなっただけだ。だから、彼の謝意を受け入れた。


「こっちこそ、大人気なくてごめんね。ユリアさんもありがとう」

「いいえ。じゃ、採取仕事、頑張ってね」

「はい」


 クリスは戸惑うエイフに視線を向けた。外へ行こうと合図する。彼は頷いてクリスに付いてきた。


「歩きながらでいい? それとも『ちゃんと』話をする?」

「いや、外へ出るんだろ。一緒に向かいながら話そう」


 ギルドの横には厩舎がある。預けていたペルを連れて歩き始めた。

 エイフは鬼人族で角が二本あった。耳の上あたりから捻じ曲がって伸びている。体付きは逞しく、がっちり筋肉だ。

 冒険者でもここまで綺麗に筋肉は付けられない。鬼人族という土台があってこそだろう。マッチョ系が好きな人などにはモテそうだ。

 クリスはそんなことを考えながらエイフに質問した。


「カインさんが何か言ってたんですか」

「おー。あいつが、小さすぎる女の子が冒険者やってるから心配だって言っててな。見張っててほしいと頼まれたんだ」

「見張る?」

「最近、この辺りの治安が悪くてなー。少し前にも小さな子が誘拐されたんだ」

「……どうなったの?」

「一人は助かった。でも半年前のは見付からないままだ」


 クリスはペルの手綱を持ったまま、エイフを見上げた。


「女の子ばかり?」

「いや、男もいる。でも小さいのばっかりだ」

「どうして治安維持隊じゃなくて、冒険者のエイフが見張るの?」

「数が足りないんだ。だもんで自警も兼ねてやってる。これは俺だけじゃない。上級冒険者の義務ってやつだ。今日ここに来たのは俺がちょうど暇な時期に入ってるからだな」

「暇な時期?」

「ああ、そうか。知らないんだったな」


 エイフは頭をガリガリ掻いて、笑った。

 ちょうど西の大門を過ぎるところだった。クリスがギルドカードと依頼書を出している横で、エイフもまた胸元からギルドカードを出していた。

 それを見た門兵が敬礼する。


「『剣豪の鬼人ラルウァ』ですか!」


 他の門兵も、通りがかった市民まで目をキラキラさせてエイフを見る。

 どうやら有名人らしい。クリスからは彼のギルドカードの文字は見えなかったが、色は金だった。金級ランクということだ。クリスよりもずっと格上である。


 しかも二つ名が付いていた。鬼人だなんて、そのままだけれど。

 それよりもクリスは「剣豪」が気になった。そうした二つ名が付くのは、スキルに関係する。

 当然のことだが「剣豪」というスキルは存在した。上級スキルだ。

 上級スキル持ちには滅多に出会えない。

 エイフは、クリスが思う以上にレアな人物だったらしい。

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