第88話 楊儀罷免

楊儀は劉備から厳しい処分を下され政庁から追い出されるように出て行った。文官の大半からは楊儀が出しゃばり過ぎたからこのような事になったのだと批判的な声が上がっていた。また上層部も沈黙を貫いていおり楊儀を助命する声は聞こえてこなかった。


「我が君から直々に免官されました。」


「謹慎だけで終わると思っていたが。」


「我が君と丞相に啖呵を切った以上こうなる事はある程度予測していましたので。」


「騒動が終息した時には我が君と諸葛丞相から弁明をしてもらわなければならないな。」


楊儀は魏延に政庁での出来事を報告したが表情は暗く落胆していた。諸葛亮と事前に話をした上での事だったが話になかった免官という処分に対して不安を隠し切れなかった。魏延も楊儀を見て諸葛亮が裏で何か画策しているのではないかと疑念を抱かざるを得なかった。


◇◇◇◇◇


「楊儀様、大変な事になりましたね。」


「諫言しただけで免官と謹慎になるとは思っていなかった。」


「楊儀様のような忠義の臣を遠ざけるとは我が君と丞相も見る目がありません。」


「確かにその通りです。黄皓殿の言った事が身に沁みて分かりましたよ。」


その日の夜、黄皓が楊儀の屋敷を訪ねた。黄門職ならその手の情報は難なく入手出来るのだろうと楊儀は思っていたが黄皓は政庁の兵士に上手く取り入り自由に出入りするようになっており楊儀が免官された場面を実際に見ていたのが真相である。


「楊儀様、昨晩の話は覚えておられますか?」


「伝がある件ですね。」


「その通りです。」


黄皓は楊儀が蜀漢に留まる限り日の目を見れない事を述べて協力するよう説得した。楊儀は話を聞いている内に黄皓が主犯格の一人だと考えた。別室で聞き耳を立てている魏延も同じ事を考えていた。


「私も思うところがあるので黄皓殿の助言に従う事に決めました。」


「それは重畳です。」


「私はどうすれば良いのです?」


「楊儀様は丞相府の従事として上庸に向かって頂きます。その後の事は改めてお伝え致します。」


魏延は上庸の名前が出て来たので嫌な予感がした。上庸は中原に抜ける間道があり、帝が利用して西蜀に逃げ込んだ事があったからである。魏延は帝を保護したのでその事を鮮明に覚えていた。


「私は免官されているのです。向かったところで捕まるのが目に見えてますよ。」


「成都周辺には数日以内で伝わるでしょう。遠方になれば情報が伝わるのに時が掛かります。」


「素早く動いて一足早く上庸に向かえと?」


「その通りです。これをご覧下さい。」


黄皓は懐から割符を取り出した。割符は領内を行き来する役人が所持しており各城や関所を通る際に必要な物で楊儀は成都〜荊州の往復に使用しており帰朝後に返却していた。魏延も劉封から割符を預かっており成都までの道中で使用して今も所持している。黄皓が所持しているのは明らかにおかしかった。


「これをどうやって手に入れたのですか?」


「割符を管理する役人に賄賂を渡して作らせました。」


「分かりました。直ぐに準備を始めましょう。」


「某の事は楊儀様の従者として扱って頂くようお願い致します。」


「承知致しました。こちらも条件があります。道中二人だけでは安全面から不安です。腕の立つ従者を一人同行させたいのです。」


「確かに道中で何者かに襲われては話になりません。人選はお任せ致します。」


黄皓は楊儀の提案に同意したので魏延を従者として連れて行く事が決まった。黄皓は準備の為に一度帰宅するので門の前で落ち合う事になった。


◇◇◇◇◇


「黄皓は何を企んでいるのでしょうか?」


「楊儀殿は帝が西蜀に入られた経緯は存じているか?」


「上庸に居た魏延将軍に保護されて成都に来られた事は存じております。確か魏の張郃が帝の脱出の手引をした筈。」


楊儀はある事に気付いた。中原に居る帝が西蜀に入る為には漢中か荊州を通る必要がある。帝はそれをしなかった理由を考えると結論は明らかだった。


「帝が使った間道を晋も利用しようと企んでいると?」


「その可能性が高い。」


「一軍を潜ませているなら対処も難しいのでは?」


「太守の費禕は智略に優れている。副将に関興が居るから簡単には抜かれない筈だ。」


「分かりました。某は黄皓の注意を逸らす事に専念致します。」


「関の通過に付いては私に任せてくれ。」


魏延と楊儀は打ち合わせを済ませると旅の支度をして待ち合わせ場所に向かった。魏延は身なりを替えて腕っぷしの強い従者として振る舞う事になった。

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