第42話 南鄭集結

黄忠と魏延が巴陵で魏軍と衝突している最中、葭萌関にも魏軍が襲来した。葭萌関を守る孟達と霍峻は応援を要請、劉備は法正の助言を受けて張飛と雷同を応援に向かわせた。二人は葭萌関を攻める魏軍を一蹴すると勢いに乗り南鄭に殺到した。南鄭太守の夏候淵は瓦口関からの急報を受けて自ら一軍を率いて韓浩と共に向かっていたため不在だった。


夏候淵の代わりを務めていた夏候尚は城外で迎え撃ったものの張飛の相手にならず一瞬で討ち取られてしまった。守将が討ち取られた南鄭の兵士は大混乱に陥り我先にと張飛や雷同に降伏した。その影響で南鄭は呆気なく陥落、益州軍の支配下となった。


張飛からの知らせを受けて劉備は法正を伴い自ら近衛軍を率いて南鄭に向かった。劉備は瓦口関にも使者を送り黄忠と魏延に対して南鄭に集結するよう指示を出した。影響のない地域の太守にも動員をかけたので十万を超える大軍が集まることになった。


*****


「定軍山には夏侯淵が腰を据えている。あの男は魏軍きっての猛将であるから我々も苦戦するだろう。今回は誰に任せるべきか。」


劉備は集まった諸将に対して定軍山攻撃を諮った。魏延は近衛軍大将の役目があるので手を挙げずに様子を見ていた。


「俺に任せてくれ。」


「儂に任せてもらいたい。」


張飛と黄忠が同時に手を挙げた。


「爺さん、巴陵と瓦口関で散々暴れたって聞いてるぜ。ここは俺に譲ってくれよ。」


「そういうお主こそ葭萌関と南鄭で手柄を挙げておるではないか。」


「そうは言うけどよ爺さんの相手は曹休と張郃だ。こっちは歯応えのある相手じゃなくてな身体がうずうずしてるんだよ。」


「言われてみればそうだな。それなら此度はお主に譲ってやろう。」


「恩に着るぜ。」


定軍山攻撃は張飛が受け持つことになり、補佐役として法正が軍監役に就くことが決まった。


*****


「魏延、残念だったな。」


「我が君、どういうことでしょうか?」


「私の独り言だ。気にしなくてよい。」


軍議が終わり幕舎の中で劉備は魏延に語り掛けた。劉備の中では二人が一歩も引かないときは魏延に任せるつもりだった。劉備は魏延の実力と謙虚な人柄を評価しており荊州時代のおける襄陽のように枢要な地を任せようと考えていたが上手く事が運ばず劉備は苦笑するしかなかった。


「魏延、曹操は出てくると思うか?」


「間違いないでしょう。夏侯淵や曹休が救援を求めているはずです。漢中を失えば我々や西涼軍が長安を容易に窺えるので曹操も動かざるを得ないでしょう。」


「私が曹操の立場なら間違いなく動く。奴もそうであろうな。」


「漢中北部に動ける体制を整えつつ張飛将軍と法軍師からの朗報を待つべきです。」


「その通りだ。お主から諸将に伝えてくれ。」


「承知致しました。」


魏延は劉備から指示を受けて幕舎を後にした。


*****


許昌では漢中や長安からの急報を受けて大混乱の最中にあった。曹操は徐晃と于禁に昼夜兼行で南鄭に向かうよう命じて自身も許緒や曹彰を率いて長安に向かおうとしていた。


文官として地位を築いていた司馬懿だったが処罰覚悟で曹操に対して漢中救援の非を説いた。曹操が許昌を空ける事で徐州の呉軍や荊州の劉備軍が中原を窺う隙を作る事になるからである。


曹操は司馬懿の諫言を黙って聞いていた。曹操も司馬懿の言い分が正しいと思っていたからだ。しかし夏候淳と並び最古参であり魏の柱石である夏候淵を見捨てるわけにはいかなかった。


曹操は敢えて司馬懿に東南二軍から中原を守る方策を尋ねた。司馬懿は呉と和睦して共同で荊州を攻めるべきだと答えた。呉内部には荊州領有を目論む一派が存在していることを司馬懿は耳にしていた。


曹操は司馬懿に対荊州強硬派への裏工作を含めた呉との交渉を一任した。司馬懿の策は理に適っており前世なら間違いなく荊州は呉軍によって蹂躙され悲劇的な結末を迎えていた。


しかし現世の荊州には龐統が健在で趙雲も長沙に居る。加えて交州の士燮も劉備配下として南から呉を窺っている。司馬懿や呉にとって一番の誤算が前世の記憶を持ち転生した魏延が劉備配下に居ることだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る