第34話 雒城奪取
魏延は法正と孟達の降伏を受け入れたが綿竹関には入らず劉備の到着を待った。魏延は劉備と合流した後に綿竹関へ入城、法正と孟達を劉備に対面させて降伏申し入れと臣下の礼を改めて取らせた。
*****
警戒のため関外で陣を構える魏延を法正が訪ねた。胡車児・向寵・傅士仁は偵察に出ていたので魏延は一人で応対した。
「魏延殿は張任から痛い目に遭わされたと聞きましたが。」
「臨江でこの通り手傷を負わされました。」
魏延は武具を外して傷を見せた。以前と同じように武器を扱えるが傷跡は大きく残っている。
「あの男の得意とする策。死なずに済んだのは幸いです。」
魏延は素直に頷いた。前世では龐統が、現世では自身が身を以て経験したからだ。
「あの男は雒城に居ます。おそらく荊州軍を陥れる策を立てているでしょう。」
法正は地図に記されている雒城を指さした。
「それを打ち破る手は有りますか?」
「囮になる者が必要でしょう。劉備様のような大物なら効果覿面です。」
魏延は囮の言葉を聞いて前世を思い出した。
「その囮は私が引き受ける。我が君と私は体格が似ているので武具を身に付ければ一目だけでは分からない。」
「それでは策を説明しましょう。」
話を聞いた魏延は法正に自陣に留まるよう依頼すると馬に飛び乗って綿竹関へ向かった。
*****
魏延は綿竹関に入り劉備と龐統に目通りした。そして法正との話し合いの内容を伝えて許可を求めた。
「私は賛成しかねる。囮になるお前が危険にさらされるではないか。」
劉備は魏延の話を聞くなり顔を顰めて嫌悪感をあらわにした。
「張任を破るには法正殿の考える策が最上と思っております。」
魏延は劉備に怯む事なく臨江で経験した事や法正の言葉を伝えて張任がいかに危険な存在かを伝えた。
「お前さん、囮になるのは良いけど死ぬ気じゃないだろうね?」
「我が君による漢室復興を見るまで死ぬわけには参りません。」
魏延は本心を伝えると共に策の実施を再度願い出た。囮にはなるが龐統を死なせない為であり、自身も死ぬつもりは一切無かった。
「我が君、あっしは法正の案に賛成するよ。魏延は嘘を言うような男じゃないね。」
龐統は法正の策に賛成した。魏延の事を知る龐統から見て魏延は嘘をついていないという判断である。
「そこまで言うなら認めよう。」
劉備も龐統が認めた事で折れざるを得なくなり渋々だが実行を許可した。
*****
荊州軍は雒城に殺到して戦闘が始まった。荊州軍は優勢に進めていたが陥落させるまでには至らず龐統の判断で一旦後退する事になった。荊州軍は警戒しながら後退していたが、綿竹関から張任自ら追撃してきた事に驚き散り散りになって逃げ出した。張任は逃げる荊州軍の中に劉備の姿を見つけて先日の魏延と同じように我を忘れた様子で追撃を始めた。
「劉備、お前もこれまでだ!」
劉備は張任の呼び掛けに答えず、ひたすら馬を走らせた。
「いい加減諦めたらどうだ!」
誰が追い掛けているのか振り返ること無く逃げる劉備を張任は不思議に思ったが絶好の機会を逃がしてはならないという思いが強かったので頭の片隅に追いやられてしまった。
劉備と張任は草が生い茂る湿地帯に入り込んでいた。そして金雁橋と呼ばれる沼地に掛けられた橋渡ると劉備は突然立ち止まり馬首を返した。
「ようやく観念する気になったか。」
張任は笑みを浮かべながら馬を止めた。
「誰が貴様に観念するか。」
返事をした劉備の声に聞き覚えがあるので張任は違和感を覚えた。
「張任、私の事を覚えていないのか?」
「貴様は!?」
張任は魏延が劉備の武具を身に付けて囮になっていた事にようやく気付いた。
「謀られたのか?」
張任は唖然とした。
「策士、策に溺れるだな。」
魏延は臨江での一件を思い出しながら張任を見据えた。
「こうなれば貴様を道連れにして。」
張任は剣を抜いて魏延に斬り掛かろうとした。
「掛かれ!」
草の中から声がした途端、多数の荊州兵が飛び出して張任に襲い掛かった。
「な、何だ?」
張任は大柄な荊州兵によって馬から引き摺り降ろされ、縛られてしまった。
「益州の張任だな?俺は荊州の胡車児だ。」
張任を捕らえたのは胡車児だった。張任は暴れようと試みたものの胡車児が上から押さえ込んでいるので逃げる事は不可能だった。張任は縄で厳重に縛られ本陣に連行さえた。
*****
張任は荊州軍本隊に連行された。劉備は張任の縄を解き礼を尽くして投降を呼び掛けたが劉璋への忠誠心を崩す事が出来なかった。これ以上の説得は難しいと龐統と法正に指摘された劉備は遺憾ながら説得を諦めて張任を処断した。翌朝、雒城守備兵は門前に掲げられた張任の首を見て抵抗は不可能になったと判断して荊州軍に降伏した。
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