第2話 降伏を勧める

魏延は五丈原で戦死した直後、長沙で韓玄に仕えていた時代に転生した。一隊長だった前世とは異なり黄忠に次ぐ地位にいる。


「魏延将軍、韓玄様がお呼びです。至急政庁へお越し下さい。」


「敵襲か?」


「はい、劉備軍が郊外に現れました。」


「すぐに向かうと伝えてくれ。」


使いを見送った後、使用人を呼んで武具を準備させた。


劉備軍の総大将はおそらく関羽殿に違いないと魏延は武具を身に着けながら当時の事を思い出していた。


黄忠が関羽と一騎打ちを行ったが途中で起きた不慮の事故(黄忠が落馬)が切っ掛けで韓玄が疑心暗鬼になり、黄忠が謀反の罪で捕えられ死罪とされた。刑場に連行されている最中に魏延が部下を率いて蜂起。黄忠を解放して韓玄を殺害した。魏延はその首を関羽に差し出して劉備軍に降伏している。


韓玄が余計な考えを起こさなければ長沙の無血開城は可能である。幸運な事に現世の韓玄は劉備寄りの考えを持っているので自身が不利になるような動きをしない筈だと魏延は考えた。


前世の韓玄は状況を読まず劉備軍との徹底抗戦を選んだが部下を信頼するという上に立つ者として最も大切な部分が抜けていた。現世の韓玄は帝を傀儡として政を牛耳る曹操を嫌い呉に協力して曹操を退けた劉備の力量を買っている。


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「これより評定を行う。皆も聞いていると思うが劉備軍が郊外に陣を構えている。明日には攻撃が始まるであろう。抵抗するか降伏するかを問いたい。」


韓玄は抗戦か降伏かを参加者一同に問いかけた。


「降伏すべきでしょう。先年、劉備軍は赤壁において魏軍を撃退しております。その後は巴丘を拠点に武陵・零陵・桂陽の三郡を苦戦する事無く手中に収めております。勢いある劉備軍を抑えるのは至難の業でございます。」


魏延は手を挙げて降伏論を述べた。


「荊州を売った劉綜の失態を帳消しにした上に魏軍に大打撃を与えた劉備の力は際立っている。それに関羽・張飛・趙雲・諸葛亮など才ある者が揃っている。その劉備相手に抵抗するのは愚策であろうな。」


韓玄は劉備が荊州全域を治めるべきという考えである。魏延の発言は自身の考えと合致しているので自身も劉備軍の現状を述べた上で降伏する方向へ話を進めようとした。


「お待ちくだされ!」


韓玄の近くに座っていた一人の老将が手を挙げた。前世では五虎大将軍の一人として劉備を支えた黄忠である。


「確かに劉備軍の勢いは止める事は至難の業。しかし何ら抵抗せず降伏すれば長沙は組み易しと韓玄様が軽んじられるのではないか?そうならない為にも劉備軍に対して一撃を加えて長沙は侮り難しと思わせた方が良いと思う。」


黄忠は魏延や韓玄とは逆に抗戦論を述べた。しかし徹底抗戦ではなく韓玄の地位を守る為にある程度の抵抗をするべきだと言っている。


「黄忠将軍、確かに何ら抵抗せず降伏するのは危険が伴うのは確かです。しかし抵抗するにしてもこちらが無傷で終わるという保証は何処にもありませぬ。」


「文長の言うとおり抵抗すれば将兵が傷付くのは事実だ。なので儂が単騎敵陣へ赴き敵将と一騎打ちを行おうと考えている。」


「お待ちください、敵将は関羽と聞いております。黄忠将軍に万が一の事態が起きれば長沙全体が動揺致します。」


「魏延、儂が関羽に後れを取るとでもいうのか?」


「決してそういう意味ではありませぬ。」


「ならば一騎打ちをしても支障はなかろう。」


「うーん・・・。」


黄忠の出撃をを止めようと反論したが関羽と黄忠の実力がそれほど変わらない事を知っているので魏延は言葉に詰まった。一騎打ちが始まれば前世の繰り返しになる事が分かっているものの黄忠を止める決定的な案が思い浮かばなかった。


「黄忠の思いは受け止めた。明日一度だけ出撃を認めよう。但し結果はどうであれ明後日には劉備軍に降伏する。」


「有難き幸せ。関羽相手に思う存分戦って参ります。」


韓玄は魏延の様子から黄忠を説得出来ないと判断して二人の意見を折衷した案を出した。黄忠は自身の案が通ったこともあり笑みを浮かべながら同意した。


「魏延、よいな?」


「御意。」


黄忠と関羽の一騎打ちは防げなかったものの、韓玄から戦闘後に降伏する言質を取れたので魏延は折衷案に同意した。

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