第91話【餓鬼の断壁と奈落への道行きその7】


 巨体のバルクスさえ、幼子に見えるほどの巨躯と同等の砲身が砂煙越しだが垣間見える。


 バルクスは逃げ出したい気持ちを押し殺し、決意と共に拳を握ると同時に敵の出方を伺った。


『ここまで来たんだ、オトコとしての覚悟はとうに出来ている。何処かにいるアイナさん達に認めて貰うためにも!!』


 バルクスは声を張り上げながら己を奮い立たす。だが――――その決意は、瞬時に崩されていった。


『あら、バルクス……魔力を使うなってあれ程言ったわよね?』


 緊迫した状態ながらも、聞き覚えのある声に思わず気が緩み、舌を噛みそうになりながらも、やっと出会えた感動で声高らかに男は言った。


『その可憐で美しく、時に儚い運命を辿る天使にも似た声は――――麗しのアイナさん!?』


 視界を覆う程の砂煙が晴れると、砲身から硝煙を発する戦車大猿の肩には、二人の人物が悠然と立っていた。


 相変わらず無口な男〝ノーメン〟は、貫禄ある仁王立ちをし、両腕を組ながら辺りを見渡しており、依然として周囲への警戒アンテナを張り巡らしている。


 一方で黒を基調とした愛用の傘を差し、高さ数Mもの景色をご満悦に一望する〝アイナ〟。


 何処から出したのか分からないが、優雅にお気に入りの紅茶をすすっている。


 魔力を解いたバルクスはいつも通りの二人の行動に、少しだけ落ち着きを取り戻すと膝を崩し、唇を噛み締め無念と己の無力さを嘆きながら言った。


『二人共に無事で何よりですが、先へ行ったセリエさんが殺られました――――俺には……何もすることが……出来なかったです。あの時、俺が勇気を出して先に行ってれば、戦力になるセリエさんは死なずに済んだのに……』


『えぇ、その事何だけど――――』


 アイナの想像よりも男泣きするバルクスに対し、励ましの言葉を掛けようとしたが、間髪入れずにバルクスが後悔の念を告げる。


『まだ、〝晦冥の奈落〟へも着いていないのに……臆病者で足手まといの俺に一体、何が守れるんだ!!チクショウ……』


 無念の声を聞いたノーメンは、マスク越しにアイナとバルクスを交互に見ると、この状態に戸惑いながらもこう思っていた。


(二人で魔方陣から出た頃には、先に入ったセリエの姿は無く突然、が戦車大猿と共に俺達を遠方へ吹き飛ばし、やむ無く交戦して声のする方へんだが……)


 しかし、そんな事は知らないバルクスは力強く振り下ろす両の拳を、幾度と無く叩きつけると、にじむ血液が落涙する雫と共に、岩を伝い何処かへ流れていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る