第56話【VS〝アイナ〟子育て日記二日目 終結編その4】


【屋敷内道場】


 平然とそして淡々とアイナが言葉を発した瞬間、一同は驚愕きょうがくして静まり返ってしまった。


晦冥かいめい奈落ならくって言えば、高level危険種だらけの未解明区域だぞ」


「人、一人のためにそこまで命を賭す意味があるのか?」


「俺は絶対に行かないね……」


 落胆する周囲の男達を見回すとほとんどの者は、先程の威勢いせいを失い、【無謀な行い】や【償いのつもりか】等の罵声も度々アイナの耳に入ってきた。


「どうやら答えは決まったみたいね。今、手を挙げた者は……【バルクス】にそれから――――【ミフィレン】と【ラシメイナ】ね」


 意味がわからず両手を高く挙げている赤子と、静かに立ちあがり、透き通った蒼色の眼を見開きながら、真っ直ぐアイナを捉える錦糸卵の姿があった。


「他の者は、もう結構よ。今日から当面の間は、稽古は中止よ。それと……師匠には、私から連絡するから心配はいらないわ」


 ニッシャの手当てをしていた者達や周囲にいた男達は、その一言で各々の部屋へ戻っていく、そんな弟子達で唯一残ったバルクスは子ども達を心配し、目上であるアイナに意見をした。


「アイナさん。まだ幼いこの子達を連れてくのは、流石に酷だとおもうのですが……」


 それも当然の反応であり、実力や経験も豊富なアイナに比べ、素人に程近いバルクスと子ども2人を連れてく等、それこそ【自殺行為】に等しいのだ。


 アイナはその意見を聞いたか聞かずか、ミフィレンの元へ歩み寄ると小さな肩を持ち、真剣な面持ちでこう言った。


「ミフィちゃん……こんな状態で悪いけどいいかな?私からの大事なお願いがあるの。貴女しか出来ないとても重要な事よ?」


「私は貴女に此処で残って欲しいかな。統率者がいなくなるとね、他の者は宙に浮いてしまうのよ。だから、まだ幼いミフィちゃんだけど、リーダーとして皆をまとめて欲しいの。傷付いた貴女を一番見たくないのは、そこにいるニッシャなのよ?」


「必ず元気な姿で私達は戻って来るから、お利口さんにお留守番頼めるかな?」


 目線を合わせ優しく頬笑むアイナは、今のミフィレンにとっては仇であるはずだが、どこか母親に似た面影を感じ、素直に提案を受け入れた。


「うん……わかっ……た。ミフィレンは、皆を……お守り……」


 そう言って泣きながら抱き付くと、小さく答えるように背中をさする。


 手のひらで震えた体を感じながら、自分が奪ってしまった者の重さを実感して、アイナ自身も号泣してしまう。


 そんな2人をラシメイナと共に見守るバルクスは、盾となりアイナやニッシャを必ず守り通し、誰一人も欠ける事なく、また平凡な日常を取り戻す――――と深く心に誓っていた。


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