第9話【その男危険につき】


【避難所内ニッシャ到着20分ほど前】


 先程の事もあり、兜武者は上機嫌そうに目の前の男へ問いかける。


「ここへ来て、2人の強者と呼ぶにふさわしい魔法使いと死合しあいをしたが、主はどうかな?」


 寝転びながら話を聞いているようだが、どこか上の空みたいで、興味なさそうに遠くを眺め、髪の毛をいじりながら聞いてきたが、勿論目など合わしていない。


「へー。まぁ、ここに居るってことは、勝ったんだよね?どうだった?知り合いなんだよね。」


 兜武者は、己の「進化」と「強さ」にどこか自惚うぬぼれていたのもあり会話を楽しんでいた。


「みなまで聞くな。望む答えなど、この刀を見ればおのずとわかろう」


 重量級の刀を軽々と片手で持ち上げ、「ドシン」と地面へ押し付ける。

 振動と共に地面から炎が吹き上げ、後方の燃える道筋からは火柱が上がる。


「そんな事は、いいからさ、ちゃちゃっとっちゃおうよ?」


 尚も挑発を繰り返す若造に痺れを切らし、刀を差し向ける。


「ほう……名を記憶するのにふさわしい男か判断してやろう」


(しかしまぁ、こんな大物がいるなんて老体シバから緊急事態エマージェンシーを受けてあらかじめ別の場所に避難者を転送していてよかった)


「あー。ちゃんと覚えとけよ、俺の名はセリエだからな。一生もんだぞ?まぁ、お前が生きていたらな」


 男は右指を兜武者に照準を合わせ、まるでわたあめを作るように、指先を回しだした。

 兜武者は「臆せず」、それでいて「恐れず」、その身軽になった肉体で宙を舞うように疾走する。


 楽観的に考えていたが、予想外の行動につい口に出てしまった。

「あらら~。真っ直ぐ来ちゃうかー、案外危険度level-Ⅳってのも脳筋だね」


 片手で持つ刀を勢いに任せて正面へ投げ入れ 、己はその後を追うように走る。

 兜虫の角の様に先端が二股に別れているその刀は、 速さもしかることながら一瞬の判断が命取りになるほどの選択を迫る。


 期待外れと言わんばかりに目が「ポカーン」となる。

「こんなのに、負けちゃったか~まぁどうでもいいか」


 男の指は、音速を超え寝ながら放たれる魔法の名は、


【level1-風災散壊ふうさいさんかい


 螺旋状にとどろく一陣の風は、地面や柱材などを巻き込み、その剛腕から投擲とうてきされた刀を失速させ、柄の部分で兜武者を押し返しながらその身に突き刺さる。


「ぬおおおおぉぉ!!」


 セリエの人差し指から放たれた、見た目からは想像出来ないほどの狂風きょうふうとなる。


その声を相殺させ、堪らず両手で刀を抑え込むが両足は地面を掴めず、羽で無理やり前進する。


当然その体はあらがう事が出来ず上空へ飛ばされ、魔法壁マジックウォールを突き破りどこかへ行ってしまった。


「あー。一個言うけどさ、アイツらは強いよ?特に女の方は手が付けられない程だからさ、ってもういないか」


「クスクス」と笑うその眼前には、亡き天井から射し込める光の温かさと嵐の後の静けさも相まってか、温かな陽気に包まれた男は眠りについた。


【非常通路ニッシャ側】


 時間差で兜武者を追いかけるニッシャであったが、長く広い道中にイライラが隠せない。


「くそ!!この廊下長すぎだろ!!金ばっかりかけやがって!!」


 兜武者を追いかけ、道を辿りながら消火をするニッシャは、愚痴をこぼしながら走る。

 すると、前方から大きな火柱がニッシャに向かってくるのだ。

 驚き過ぎて口から虚しく煙草が地面へ落ち灰に変わる。

 無言で振り返ると兜武者とは真逆のノーメンがいる方へ、全力で逃げる。

「うわぁぁぁぁあ!」

 後方を振り返る余裕もなく走っていくと、ドレスが少しずつだが燃えているのがわかり、耐熱の限界を迎えているのだ。

 これは、感覚でもなんでもない100のがわかる。

 あんな高熱を浴びたら私なんて人溜まりもない。

 下手したらで走り回るのだってありえる、それは絶対に避けなければいけないし、つうか嫌だ。

 広場へ出たニッシャは右へ綺麗な曲線を描き回避すると、炎は一直線にノーメンへ襲いかかる。

 カッコつけて冷静に右手を前へ出し、その手のひらには、小さな子犬タイニードックがお利口そうに口を開けてエサを待っていたのだ。

まるで掃除機にでも吸われた様な音がし、炎はやがてお腹の中へ貯蓄され、満足そうな笑みを浮かべてまた眠りについていた。


「さすが私の魔法、ナイスだぜ!!ノーメン!!」

「ニッコリ」とノーメンに向かい微笑むと少し笑っている気がした。


(しかし、死ぬかと思ったぞ。それは、いいとして......いつの間にか傷が治癒している。この子犬タイニードックのおかげか?)


「あー。そうそう、何か焦げ臭いと思ったら、お前の右手焦げてないか?」


(またか!!?)

 ノーメンは慌てて子犬を消すと、しゃがみこみ、右手を地面へ擦り付け小さな煙が立つ。


「しかし……ちと、派手にやり過ぎたな」


 ニッシャは腰に手を当て、周りを見渡すと随分、変わり果てている景色に困惑した。



 before

 ①歴史的彫刻やその他展示物。

 ②特殊な魔法により、四季折々の景色が眺められる床材。

 ③支柱は有名魔法使いの汗と涙の結晶。

 ↓

 after

 ①見るも無惨な姿に成り果て目も当てられない。

 ②無数の歪な穴が空き、もはや火山地帯。

 ③見える支柱はニッシャが溶解したため残るは焦げの塊。


「支払いよろしくな~」

華麗に振り返り、ニッシャは手を振るとノーメンを置いて走り出す。

逃げ出す様な音が響か――――なかった。

 ニッシャは鼻息を荒くし、大袈裟おおげさ過ぎる動きで前へ進もうとしたが、その努力もむなしく空中で空振りするだけだった。


「やぉニッシャ。あのとき以来だねぇ~元気してる?あの小さい錦糸卵きんしたまごみたいな子はどうした?」


 一瞬だけ引釣るが気にせず返答する。

「セリエ、てめぇ、何しに来た?」

 あの時の出来事を根に持っているため物凄い形相で睨みを効かせる。


 そんなことには、気にも止めない自称優男やさおのセリエは、相変わらず変わらないトーンで答える。

「あ~僕?暇だから散歩がてら協会にきたら、デカい兜虫みたいなのに会ったからさ、とりあえず大気圏まで飛ばしといたよ。まぁなら当分は戻らないだろうけどね」


 少しだけ和らいだのか「やれやれ」とため息をつくと

「相変わらずお前の魔法は無茶苦茶だな......んで?何でずっとニヤニヤしてんだよ」


 にやけ面が気に入らないのか、再びがんを飛ばす。


「別に~?ここの後処理は僕たちに任せて、君はあの子のところ行ってあげなよ」


「ふんっ!!」と不機嫌そうな顔をし、ノーメン、セリエ達を後にする。


「ん?さっきから熱い眼差しでどうしたの、ノーメンさん?」


 その豪腕を組み合わせながら、無機質な真っ白のお面は真横のセリエを見つめ何かを訴えている。

(んで、本当の理由はなんだったんだ?)と言っているみたいだ。


「ゴロん」とうつ伏せになり、かったるそうに話す。

「あー、あれ?いやね、ニッシャは生き返るために代償払ったのかなって思ってね、この前会った時より魔力量が桁外れに上がってたからさ♪本人は気づいてないみたいだけど」


 ノーメンは状況が理解できず無言のまま首をかしげる。

 それをみたセリエは頭を掻きむしると、ざっくりとした説明をした。

「まっ!ようするに、精霊付きでも無敵じゃないってことさ♪ここの後処理は自動修復オートリペアに任せて俺らは任務へ行きますか♪」


 二人は協会を後にし闇へと消えていった。


【協会内応接室】


 各場所の映像を確認し負傷者への救護、救助者への「ケア」の要請を出していた。


【シレーネへの危険生物襲来】


【危険度level-Ⅱ】→【蜂、蜘蛛、蠍、蟻、飛蝗】=【討伐】


【危険度level-Ⅲ】→【牛人】=【討伐】


【危険度level-Ⅲ→Ⅳ】→【兜虫→兜武者】=【逃亡】


【犠牲者総数】


【討伐隊】=【300人】→【51人】


【精鋭隊】=【200人】→【46人】


「ここに、犠牲者403名への哀悼の意を表する」



 一通りの仕事が終わり、老体シバは、「ホッ」と胸を撫で下ろす。

「これでひと安心じゃな。あらかじめ遠方にいるセリエに救援を頼んどいて良かったのぉ」


 珈琲を飲もうとカップに手を添えようとしたその時だった。

 小さな「波紋はもん」が断続的に現れ、小刻みにカップが揺れ始める、耳を貫く様な地鳴りの音が鳴り、次第にその音の主が接近してくるのが手に取るように伝わる。


 老体シバは、いまだに気絶している護衛達を扉から遠ざけると一口珈琲を含ませ扉の方へ視線を送ると、頑丈な筈の扉は、まるで飴細工あめざいくのように足を型どる。


 髪を逆立てまるで、「鬼」の形相のニッシャは、およそ人間では、聞き取れない程の凄まじい怒号を発しながら乗り込んできた。

 あまりの凶悪面きょうあくづらに少しだけ、珈琲を口から洩らすと「ゴホゴホッ」と咳込んでしまった。


「どうしたニッシャ?そんな、か……」


「顔」と言う所でニッシャに話を被せられ早口でまくし立てられる。


「ミフィレンが協会ここ何処どこを探してもいねぇんだよ!お前の玩具おもちゃで探してくれねぇか!?」


 老体シバはガラス張りのテーブルに吹きこぼれた茶色の液体をぬぐうと直ぐ様ミフィレンの居場所を探り画面へと写しだされる。

「ほれ、ここにおるぞ……ん?もういないのか」

 そこにいた筈のニッシャは既に姿を消しており、立っていた場所には小さな炎が立つ足跡が残り、焦げ臭い香りが部屋に充満していた。

「まったく昔からそうだが、奴のせっかちは死んでも治らんな」


「やれやれ」と思ったが、いつもの事なので、あまり驚く素振りもなく珈琲を一口含むと黙々と残りの作業へ移る。



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