二章 殺人ゲーム 一幕 3—3
*
赤城秀也は喉のかわきをおぼえて、朝方、目をさました。変な夢をたくさん見た。どうも、すっきりしない気分だ。コーヒーがほしい。食堂に二十四時間セルフサービスのドリンクコーナーがあったはずだ。
ドアをあけると、廊下は窓からさしこむ夜明けの光で明るかった。ただし、その窓には、すべて鉄格子が
(これじゃ、どうやっても外には出られないな)
まさか、このゲームのためだけに、この屋敷を建てたのだろうか。金持ちのやることは理解できない。
(おれなら、それだけの資産運用するなら、自分のブランドのシェア展開に活用するけどな)
今だって、けっこう年商は悪くない。
高級メンズから、数年前に女の子向けの派手で可愛く安っぽい服に路線変更した。利潤だけで言えば、以前の十倍以上だ。ティーンエイジャー愛読のファッション誌には、毎月とりあげられる。国内有名ファッションショーにも出品した。一代で築いた三十代の男としては、大成功の部類だ。
しかし、心の奥には、つねにくすぶるものがある。
(蘭……)
まさか、ここで蘭に会うとは思っていなかった。赤城がファッションに興味をもったのは、そもそも蘭のせいなのだ。
きっかけは、あの事件だ。赤城が十代のころ、あるニュースを見た。小学生の誘拐未遂事件。第一報では、被害少年の顔写真も放映された。
(男が男の子さらうって、ひくよなぁ)
受験勉強しながら、アナウンサーの声だけ聞いていた秀也は、顔をあげて、絶句した。
画面に大きく映った少年の顔。びっくりするぐらい可愛い。フランス人形を黒髪、黒い瞳にしたような。日本人好みに和風のテイストも足して、絶妙に愛くるしい。
(お……女の子、だよな? これ……)
この子が襲われたのか。
そのときの情景を妄想すると、異様に興奮した。血迷う気持ちもわからないではない。
その日から、あの子が秀也の妄想のなかで、特別な存在になった。
毎夜、思春期の少年に甘美な夢をあたえてくれるお人形。
可愛い子ども服を見ると、あの子に着せて、そして、ぬがせた。しまいには既製品では満足できなくなって、自分でデザインを考えた。それが秀也の創造の原点だ。
長じて、それが仕事になっても、秀也の頭のなかでは、いつもモデルは蘭だった。セックスシンボルとしてだけでなく、イマジネーションの扉と蘭は、切っても切り離せない存在になっていた。
その後も、蘭は世間をさわがせて、何度かニュースになっている。
ネットで検索すると、プライベートな写真がかなり流出していた。ダウンロードも簡単にできる。
秀也は仕事に行きづまると、必ずそれらの写真をながめた。すると、心のどこかから、ふつふつと、やる気がわいてくる。
ただ、心配はしていた。
蘭は最後の事件をさかいに、この数年、人前に姿を見せていない。自宅マンションに引きこもっているというウワサだ。
だから、二十歳をすぎたあとの写真は、どこにも出まわっていない。
蘭はもう二十五だから、昔のように男女の性別を超越したような、怖いほどの美少年ではなくなっているだろう。ちょっと端正な、ふつうの男になってしまってるに違いない。
そう思っていた。だが……。
(あいかわらず綺麗だなぁ。蘭。君は……)
以前より色気が増して、いっそう倒錯的で妖艶になった。
赤城だって、自分をゲイだとは思ってないし、これまで何人かの女とつきあった。でも、のめりこむような恋ができないのは、もしかしたら蘭のせいかな、と心のかたすみで思うていどの自覚はあった。思春期に妄想した、あれこれのせいかな、と。
昨日は久しぶりに、あの妄想をした。実物の蘭は、写真で見るより、はるかにまぶしく輝いていたから。
きどったフロックコートを一枚ずつぬがせていけば、その肌は秀也の妄想どおり、ビスクドールのように白くなめらかなのだろうか……。
(自分の気持ちがわからない。どうしたらいいんだ)
とにかく、コーヒーを飲んで落ちつこう。
食堂へ入りかけた秀也は、そこで立ち止まった。
食堂には先客がいた。しかし……いったい、何をしているのだろう? あの奇妙な行動は?
秀也は物陰から、その人の顔をまじまじと見つめた。
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