一章 怪しすぎる招待状 2—3

 *



 玄関を入ると、なかは吹きぬけのエントランスホールだった。

 正面に華麗な大階段。

 右手よこに奥へ向かう廊下。廊下はガラスのブロック壁で仕切られている。


 ホールには、たくさんの椅子があり、そこに思い思い、男がすわっていた。二十代から三十代の若い男だ。


(僕たちと同じゲストか)


 ヤクザっぽいのや、パンクっぽいのや、ホームレスっぽいの。

 この館にふさわしくないのばっかりだ。

 もっとも、僕と猛も、東南アジアを旅するバックパッカーみたいで、ふさわしいとは言えない。

 ふさわしいのは、蘭さんだけだ。フロックコートが、バッチリ、きまってる。


 その蘭さんを見て、ヤクザっぽい昇り竜のアロハシャツの男が叫んだ。

「うわッ。宝塚やで。あんた、岩下志麻の息子やろ」


 ああ、似てるかもね。妖艶な目元なんか。

 やっぱり極道は、極妻、好きなんだ。


 蘭さんは動じない。

「九重です。よろしく」

 と、かるく帽子をもちあげる。


「なんや。ちゃうんか。一瞬、期待したわ。おれ、三村みむら鮭児けいじ。見てのとおり大阪もんや。さきに言うとくけど、ヤクザちゃうで。東京もんは、すぐ誤解しよるからな」


 あれ、違うんだ。すみません。京都もんでも誤解してました。

 ほかのゲストたちが見るからに、ほっとする。みんな、すでに誤解してたみたいだ。


「なんだ。違うんですか」

 ぽっちゃり丸っこい人が、そう言って口をひらく。色白茶髪で、なんか大福みたい。

 僕は身長百七十ギリギリだが、たぶん、この人、十センチは低い。

 ちなみに、さっきの大阪もんは、猛と同じくらいの高身長。


「あ、どうも。ぼく、湯水ゆみずです。東京もんです。いちおう、イラストレーターです」

「なんや。職業も言うんかいな。ほなら、おれはお好み焼き屋の二代めやな」


 それで、すっかり名前と職業がセットになってしまった。


 困ったな。早めに名乗っておけば、名前だけですんだのに。他人の姓名を口にするだけで、心臓バクバクなのに、職業まで偽るなんて!

 僕にはできない。

 こんなことなら、僕も教員免許、とっとくんだったかな……。

 いや、美術教師なんて、専門的なこと聞かれたら、どうしよう。


「おれ、長谷部はせべ明人あきと。アルファベットのAKITOで、モデルしてる。近いうち俳優デビューするし、サイン貰うんなら、今のうち」


 自慢げに髪をかきあげる彼は、なるほど。ノッポでハーフっぽい顔立ち。

 でも、うちの兄ちゃんのほうが、ずっとハンサム。

 もちろん、蘭さんには遠く及ばない。あれは、なんかもう、規格が別仕立て。人間の域じゃない。


「……淀川よどがわ。職業、ロッカー」

 怠惰に言ったのは、赤く染めた長髪をハリネズミ状に立たせた男。

 ジャラジャラのシルバーアクセに、ドクロのTシャツ。顔は真っ白にぬりつぶされたうえ、半面に黒々とドラゴンが描かれている。もう顔の良し悪しはわからない。が、おれに話しかけんじゃねえぜ、という意思は伝わった。


 淀川くんは推定だが、ここまでの四人は二十代。

 残る二人は三十代のようだ。

 一人はいちおうスーツ姿。けど、ノーネクタイだし、色彩がビジネスマンに見えない。なんとなく、くずれた感じっていうか。

 この人、さっきから、ほうけたように、蘭さんの行動、目で追ってるなあ。


柳田やなぎだです。一般知名度、ぜんぜん低いんだけど、極小劇団の座長なんだ。ほんとは連休中に舞台の予定があったんだが……この話が気になって、延期してきたよ」と、ひととおり自己紹介したあと、目の前までかけよって、おおげさに蘭さんの手を両手でにぎった。


「九重くんって言ったね。お願いだ。うちの劇団に入ってくれ。芝居なんかできなくていい。舞台のあいだ、ずっと、すわってるだけで。いや、そのほうが面白い! 筋に無関係に、ただそこにいる謎の美青年! お願いだ。君ほど華のある人物、生まれて初めて見たよ!」


 うわあ……すごい熱の入れようだなぁ。

 気持ちはわかるけど、役者デビューと宣言したアキトには面白くなかったようだ。ろこつに口をゆがめている。


 しかし、蘭さんの態度は、そっけない。氷のまなざしで座長を見たあと、冷たい声で、つっぱねる。

「お断りします」

 座長の手をふりほどき、僕らのほうへ、笑顔でやってきた。

「川西さん。東堂さん。すわりませんか?」

 座長に申しわけないほど、雲泥の差。

 なんか、すいません。


「どっちが川西で、どっちが東堂なんや?」

 三村くんが一人で占領してたソファーに手招きしてくれる。僕、猛、蘭さんは三人で、そのスペースにすわった。


 答えたのは、猛。

「おれが東堂。こっちが川西。ぐうぜんなんだが、おれたち、高校のクラスメートなんだ。こいつに相談されてなきゃ、来てないね」

「うさんくさい話やもんな」

 三村くんは笑う。

「財産、いくらなんか知れへんけど、赤の他人に、そないなことするんかな」


 ナイス! 猛。話が職業からそれた。

 この話には、蘭さんが乗ってきた。


「財産は推定三十億。岸画伯は晩年の作品を、最近まで手元に置いて離さなかった。それを数年前のオークションで、ほぼ全作、売却した。一点が数千万から数億ですからね。総額は三十億以上」


「あんた、くわしいな。あんたも美術関係者か?」

 猛が聞くと、蘭さんは首をふる。

「まさか。招待状をもらったあと、ネットで調べたんですよ。岸天生は米寿の現在まで、生涯、独身。だから、財産分与の話なんか出たんでしょう」

「ふうん」

「絵には、たしかに有無を言わせぬ力があります。絶望にも似た深い悲しみと苦しみの色がかさなりあい、漆黒の闇となった憎悪のなか。永劫にいやされぬ傷口から血をふきだす、魔神の雄叫び——そういう絵です」

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