診察と畑と図書館
朝です。おはようございます。
昨日落ち込んでいたシオンもなんとか元気を取り戻し、若干抱きつき魔になっている以外は、いつもどおりです。
「おやおや、今日はいつにもまして甘えたさんだねえ」
「そうなんです、私にはルイ成分が必要なんです」
宿屋の女将さんに茶化されても、シオンはボクを膝上に載せようとする。
チョップを御見舞しつつご飯を食べる。
日に日に肉の質と量が上がっていってる気がするのは何故だ。
「ふふん、美味いな。今度<料理>スキルでも取ってみるかな」
「おや、習ってみるかい? 旦那も喜ぶよ」
「良いのか? 暇なわけではないのだろう?」
「いつものお返しってやつさ」
モミジは上機嫌そうに、キログラム単位でステーキを食う。
見てるだけで胃もたれしそうだ。
ボクはサンドイッチでいいや。
それにしても、食べるだけではなく、作る方にも興味があるのか、モミジは。
「お前らも習ってみてはどうだ? 生産もやるのであろう?」
「モミジが<料理>やるなら他のにしようかな」
「同じく」
「私は<裁縫>あたりかしら」
ボクは料理をやったこと無いし、「食べる」という事自体にそんなに興味はない。
極端な話、点滴だけで生きていけるなら、まあそれでも良いかなとか思ってしまうタイプのどうしようもない人種だ。
生産に関しては、同じものをするよりも分散する方が効率良いだろう。
ボクは<調合>か<錬金術>あたりを頑張ろうかなとか思う。
そんな感じでご飯を食べてると、外部アプリでメールが届く。
「先生から検診だって」
「ふむ、ログアウトの必要は?」
「ゲーム内でやるってさ。喫茶店を指定された。一時間後だ」
手早く済ませて外に出る。
◇
「やあ」
「お久しぶりです」
「私からしたら3日ぶり程度だけどね」
「確かに。ボクとしてはもうこっちの世界の住民のつもりですよ」
それは良かった、と笑うのは、ボクたち主治医の山本さんだ。
リアルの方で、ボクたちはずっと彼のお世話になっている。
いつも白衣の姿を見ていたので、初期服の姿だとなんとも新鮮だ。
ボクたちは指定された喫茶店に入って席に座る。
オーダーを手早く済ませて本題に入った。
「昨日、シオンくんの脳波に乱れが見えたからね。運営さんに確認してもらって特に問題はないと言われているが、心配だから来てみたよ」
「ご迷惑をかけて申し訳ありません。少し取り乱してしまいました」
「うん。大丈夫そうだね。少しだけヒアリングしようか」
シオンと先生の邪魔にならないように、ボクたちは席を移って時間を潰す。
喫茶店はファンタジーな世界観でありつつ、なんというか懐かしい雰囲気だ。
朝という時間もあるのか、はたまたゲーム内でわざわざ需要はないのか、人は少ない。
甘みの少ないケーキを楽しむ。
◇
その後、ボクたちも軽くお話をさせてもらい、先生はログアウトしていった。
で、日課としてギルドに来てからクエストを受けようと思ったんだけれど、新しいクエストが張り出されていた。
「畑の草むしりと手入れ」
報酬も少ない。
「あの、これってなんですか? ギルドが募集するほどのことなんですか?」
「ああ、ふふ。貴方達ならそれに気づくと思っていたわ」
にこっと微笑む受付のお姉さん。
ついでに昨日の決闘についてモミジとシオンがちょっと怒られた。
二人は素直に謝る。ボクも頭を下げておく。
さて、草むしりについてだ。
ギルドとしては、報酬さえ出ればどんな仕事でも基本的に斡旋する。
とはいえ、流石に草むしりレベルの仕事は普通クエストとして発行しない。
ではなぜか。
これは今の街の現状に問題がある。
物資の不足が懸念されている中、薬草用の畑を拡張しようということだ。つまり国からの仕事だ。
プレイヤーたちが物資を食いつぶしているのだから、プレイヤーたちにその補填をさせようと考えたわけだ。
これ自体は特に問題ない。自分たちが消費する分くらい、自分たちで用意しなくちゃならないよねってボクも思う。
しかし、そこは国。
この街の現状、プレイヤーたちの行動原理を理解せずにクエストを発行しちゃったもんだから、誰もクエストを受けてくれていないのが実情だ。
プレイヤーたちはゲームを遊びに来ているのであって、土いじりをしに来てるわけではないのだ。
現地ギルドとしてはそんなことはわかってる。
しかしクエストは発行しなければならない。
「困ってはいたんだけれど、貴方達ならやってくれるかなって」
あれだけ大暴れしたんですもの、体力あるわよね、とお姉さんは笑う。
つまりボクたちへの指名依頼みたいなものだってわけだ。
「はい、受けさせてもらいます」
特に皆も反対意見は無いので、そのままクエスト受注。
ほかにもいつもの奴を受注。
入り口隅で茶を飲んでる片目の兄さんに軽く挨拶してギルドを出た。
◇
――<光魔法>を習得しました。
――<光魔法>のスキルレベルが一定値に達しました。魔法【ライト】を習得しました。
「あ、<光魔法>を覚えました」
「……私も覚えました。」
「そうかね。ふむ、やはり旅人たちはスキルの習得が早いな。以後はそれぞれで魔法の習得に励むように」
「「はい」」
日課の訓練場で、ついに<光魔法>を覚えた。
【ライト】はただ光球を出すスキルだ。だからなんだって思うけれど、これには拡散と維持のルーンがある。これを他の魔法に使えってことなんだろう。奥が深いなって思う。
シオンの方は<闇魔法>だ。
こっちは【ダーク】で暗い霧を出すようなスキルになっている。
煙幕として使えるんじゃないかなって思う。
そのまま教室を後にして広場へ。
多数のプレイヤーが見える中で、ボクたちはそれぞれの訓練。
ボクとシオンはランニングしたり反復横跳びをしたり、<体術>を重点的に。
ボクたちはもう武器スキルをそこまで必要としていないので、最低限の体力づくりって感じだ。
ゲームの中とはいえ、筋トレ的な行動は無駄にならないのが面白い。隠しステータスで筋力量とかがあるのだろう。
モミジとウヅキは素振りから軽い模擬戦で戦闘系スキルを重点的にだ。
プレイヤー同士の戦いでは、スキル経験値はそこまで多くならない。ただ、無意味というわけでもない。
……だからといって、お互いわざと切りつけながら、【リジェネ】をするのは傍目から見てどうなんだってちょっと思う。
筋肉が少女にナイフで襲いかかる絵面は相当やばい。
毎朝の光景ながら、異様な空間になっている。
周りのプレイヤーたちからしてもわりと慣れた光景だろう。
他にもやっている人がいるし、ゲームだと定番の光景なのかもしれない。
気にしないことにしよう。
運動しながら、最近スキルレベルが上がりづらくなってきたなと考える。レベル25くらいまでは一気に上がるが、それ以降は遅々とした感じだ。
モミジたちにしたってそうだ。そろそろ森に入っても良いかもしれない。
◇
「すいませーん」
「ああ、どうもどうも」
訓練場を後にしたボクたちは畑に来ていた。
街の外に出て脇道をそれたらすぐだ。
6面ほどある畑は、2面はキレイに整備されていて薬草が埋められているが、もう4面は荒れ放題だ。かろうじて畑があったんだろうなってわかる程度。
ちなみにこの畑はプライベートエリアだ。
さっきまで周りに見えていたモンスターやプレイヤーが見えなくなった。ここらへんのゲーム処理は面白いなって思う。
クエストを受けたパーティーとかプレイヤーがダブっても、大丈夫なようになっているんだろう。
「いやあ、昔は全部やっていたんだがね。もう年でね。いきなり増やせって言われてもねぇ」
「大変そうですね」
「年々手を出せる範囲が狭くなっていくよ。年には勝てんよ」
ふぇっふぇっふぇ、みたいな笑い方をする畑の主はまだまだ元気そうなおじいちゃんだ。
クワをもらい、早速畑を耕す。
ここまで荒れていると、草むしりの前に土を掘り返した方がいいとか。
そういうものなのだろうか。
しかしまあ、きつい。訓練場で主に下半身を中心に鍛えているが、上半身はまだまだだ。
恥ずかしいことに、ボクたちはわりかしすぐにへばってしまった。
「はぁ、これはきついな」
へたり込んで草をむしり食べながら、モミジがこぼす。
おい、おじいちゃんドン引きしてるぞ。
シオンはボクと同じ理由で体力があまりない。
ウヅキはスピードファイターでこういう作業に向いた体ではない。
そしてモミジは見た目からして筋肉で、体力仕事はお手の物に見える。けれどもそれは見た目だけの話で、ゲーム的なデータ上はただの人である。それ以前の話として、速攻で満腹度が減ってステータスが半減するというハンデも持ってる。
畑仕事はボクたちに向いていないということがよくわかる。
とはいえ、受けたからにはきちんとしなければならない。
少し休息して、MPで体力を回復させて作業を繰り返す。
とりあえず2面を耕し終わり、今日のところは作業を終わることにした。
「このあたりは魔力が濃いから、雑草もすぐ生えるんだよ。今日は耕しただけだから畑に根が残ってる。しばらくは草むしりが大変だろう。それでも来てくれるかね?」
「ええ、受けたからには最後までやりますよ」
「嬉しいねえ。じゃあ今日のクエストは達成扱いとして報告しておくよ」
「はい、それではまた」
魔力が濃いと草の生えるスピードも早いのか。
図書館で調べた方がいいだろうか。
◇
「ようこそ図書館へ」
「はじめてなんですけれど」
他のクエストも終えたボクたちは、ギルドで報告した後、教会へ顔を出さずに図書館へ来ていた。
受付さんに説明をしてもらう。
図書館の利用は旅人は基本的に無料。貸出は1万Gと結構高額だ。
中で飲食はできないとのこと。
モミジが悲しそうな顔をした。
見る人が見れば、保護欲をそそる顔だ。捨てられた犬みたいだ。
少しの時間、飯を禁止されただけでこの顔ができるのは、大したものだとボクは思う。
モミジの意外な特技を発見できた。
畑や農耕関係の本がある場所へと案内してもらう。
ずらっと並んだ本に圧倒されるが、同じ本がいくつもあることに気づく。同時に読めるようにということか。
最初の街ということで、実際の蔵書はそこまではないのかもしれない。
ボクは適当に本を取る。
植物の育て方、図鑑、農耕関係といった具合。
ウヅキはモンスター図鑑。
モミジはモンスターの美味しい部位とかいう本を持ってきていた。
欲望に充実な奴らだ。
もう少し、ボクの手伝いをするとか、そういうのはないのかな?
まあ、別に良いのだけれど。
「シオンも何か取ってくると良いよ」
「うーんわかった」
そういって持ってきたのは恋愛小説だ。
……まあいいだろう。
というかゲーム内なのにそういうのもあるんだね。
それから机に腰掛けてそれぞれ本を読む。
農耕関係の本にて、さっそく面白い記述が見つかる。
この世界には畑、というより人が住むのに適した土地があり、そこには魔力が溜まりやすいらしい。
畑はそれを利用して、魔力が溜まりやすくなるように促した土地で、植物がかなりの速さで成長する。その変わりに雑草も一気に成長する。
雑草を取り除くための除草剤のレシピなんかも記述されているが、ボクたちにはスキルがないので作れない。
おじいちゃんが今のところ2面でもキレイに畑を整備できているので、今のところ手作業でも問題ないかなと考える。
訓練にもなるし、とりあえず今回はそのままクワを振るうことにしようと思う。
その後は植物の育て方について。
基本的には植えて水をかけるだけだが、魔物の骨を<錬金術>で骨粉にすることで肥料になるらしい。魔物の骨は魔力を持っているので、それが骨自体の栄養と合わせて肥料に最適とのこと。
あとは植物の種を獲得するために、<錬金術>の下位変換が手早く楽らしい。
農業をするのには<錬金術>が必須なようだ。
図鑑へと本を変え、パラパラと適当にめくる。育成に注意が必要な植物だけ軽く目を通す。
今回は薬草だけだけれど、今後何が必要になるかわからない。
<植物知識>もあるので無駄にならないのが嬉しい。
ボクが図鑑も読み終えたところで、モミジが顔をあげた。
「なあ、敵を倒すとすぐ消えるよな?」
「うん? 消えるね」
モンスターを倒すと消えて、インベントリに勝手にアイテムが入る。
実にゲーム的だ。あとは皮とか肉とかが手に入る。
ボクたちは皮は基本的に納品し、肉はインベントリの肥やしになっている。
「肉に部位ってないよな」
「うん、ああ、たしかに」
インベントリを開いてみても、肉は「○○の肉」としか書かれていない。
「この本だとな、<解体>を使用して、モンスターを解体する手ほどきが載っているんだが」
彼の本を見ると、まだ10ページも行ってないあたり。
絵図で皮のはぎ方や血抜きの方法がわかりやすく載っている。
本を貸してもらい、ペラペラとめくる。
ナイフを使用して、様々な動物を解体している様子が描かれている。
疑問なのは、このゲームは内臓や血肉の描写がマイルドだ。
この作業を実際ゲーム内でできるのだろうか。
――スキル<解体>を習得しました。
――道具屋にて「解体用道具」を購入できるようになります。
おっと。
〜〜〜〜
<解体>
倒した敵の死体が残るようになる。モンスターに解体ナイフを突き刺すことで、スキルが発動し、自動でモンスターを解体する。解体速度はモンスターの大きさに比例する。
獲得できるアイテム量や種類が増える。
〜〜〜〜
スキルをゲットしてしまった。かなり有用なスキルなのではないだろうか。
「モミジ、スキルを貰った。手動で解体できないっぽいけれど、これで肉の部位が取れるようになるかもしれない」
「本当か!!」
モミジに本を返す。
明らかに本を読む速度が上がっているので<思考加速>あたりが発動している気がする。
くいしんぼうさんめ。
誰が持ってても良いスキルだと思うので、早速モミジから本があった場所を聞く。
すぐに見つかったので、同じ本をシオンとウヅキの分をとって二人に渡す。
ついでに何冊か、用途不明の本をなんとなくで選んで読む。
今日は沢山動いて気持ち的に疲れているので読書速度はあがらないが、こういうゆったりした時間も良いと思う。
ふと思い立ち、ボクはフレンド欄を見る。ライズさんがログインしている。
「こんにちは」
「やあ、何かようかな? ……もしかしてライブ配信まずかったかい?」
「いえ、全然大丈夫ですよ。あれは町中でしたし。ところで<解体>ってスキル知ってます?」
「良かった。うーん知らないねえ。名前からして有用そうだ」
「流石です。モンスターの死体が残って、解体用のナイフとかで剥ぎ取りができるようです。アイテムが取れるけれど、解体時間がかかるそうです」
「へぇ!! すごいじゃないか!!!」
ライズさんの喜びようだと、相当いいスキルに違いない。
「ボスとかに使うと凄いんじゃないかい?」
「あー、凄いかもしれません。けれど大きさで処理時間が増えるそうなんで、どれだけかかるか未知数ですね」
「なるほどねえ」
「図書館で『モンスターの美味しい部位』って本で習得できました」
「そりゃまた……なんともいえない本だね。今日中にでも行ってみるよ! この事、掲示板とかに知らせるかい?」
「うーん、これは内緒にしておこうと思います。多分すぐ広まるとおもうので、いまのうちに攻略に役立ててください」
「ははは、そうするよ、ありがとう」
「何か聞かれたら、モミジに聞けってはぐらかしてください」
「は、はは……」
この情報はモミジが得たものなので、モミジに一任する。
ライズさんに教えたのはフレンドでお世話になってるからだ。
ドッさんにも同じ内容をフレンドメールで送っておく。ぜひとも役立ててほしい。
ライズさんやドッさんに情報を流すと、いい感じで広めてくれる。二人とも顔が広いのだろう。
おかげで、変なトラブルも抑制出来ているようだし。
今後も仲良くしてもらいものだ。
その後、皆が本を読み終わるのを待ってボクたちは宿に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます