第一話

 ジェームス・ミスティルは悩んでいた。

 このところ漁獲量がよろしくない。確かに海は時化気味で魚をとるのにはあまり適切な環境とはいえないのだが、魚を獲る身としてはそうもいえない。

 最近は大型の漁船が増えている。大型の漁船なら多少時化ていても魚獲りができるのだろうが、小型漁船のマリー・アントワネット号ではそうは行かない。

 したがってジェームズは海の機嫌が良い日に賭けなければならないのだが、そうなると大型漁船との一騎打ちになる。商業的には船を大きくすればいいのだが、それはジェームズとしては不愉快な選択だった。

 この、小さなマリー・アントワネット号で大きな船に対抗する。

 マリー・アントワネット号には魚を生かしたまま港に持って帰ってこれると言う大きな武器がある。これを生かしてなんとかして漁獲量を増やしたい。ここのところ毎日ジェームズはそればかりを考えているのだった。

…………


 悩みに悩んだ末、ついにジェームズはダベンポートに相談してみることにした。

 父上に相談するのはどうにも癪だ。どうせ船を大きくしろと言われるに決まっている。だが、叔父と二人で気に入ったマリー・アントワネット号を乗り換えると言う選択肢はジェームズの中にはない。

 ジェームズは馬車を飛ばして魔法院に赴いた。事前にテレグラムを飛ばしておいたのでダベンポートは待っているはずだ。

 約束していた十二時ちょうどにダベンポートの家の扉を叩く。

 ダベンポートの家ではすでにランチの準備をしてジェームズを待っていた。

「いらっしゃいませ、ミスティル様」

 ダベンポートの家のハウスメイド、リリィがにこやかに扉を開けてくれる。

「やめてくださいよ、ジェームズさんで十分だ」

 ジェームズは帽子をとってお辞儀をした。

 ダベンポートの家は小さいながらも快適そうな家だった。

 玄関からみて左奥には日当たりの良いダイニングが見え、反対側には暖炉を備えたリビングがあるようだ。

「簡単ですけど、お昼の準備をしておきました」

 部屋の中にリリィが誘う。

「やあ、いらっしゃい」

 ダイニングの向こうでダベンポートが立ち上がり、右手を差し出しながらこちらの方に歩いてくる。

 握手をかわすと、ジェームズは勧められた椅子に座った。

「今日のお昼はタラのフライをサンドウィッチにしました」

 リリィが大きなお皿を持ってきてくれる。

「ソースはタルタルソース、付け合わせはチップスフライドポテトです」

「やあ、美味しそうじゃないか」

 ダベンポートが両手をすり合わせる。

「このタラはうちのかい?」

 ジェームズが訪ねた。

「そうです。昨日、ディビットさんのところから買いました」

「へえ」

「まあ、眺めていないで頂こうじゃないか。ジェームズ君の悩みは食べながら伺おう」


「思うように魚が獲れないのです」

 サンドウィッチをかじりながらジェームズは話し始めた。

「予定漁獲量に届かないと言う事かい?」

「いえ、」

 ジェームズはチップスを摘んだ。

「うちの船は小さいので予定漁獲量も何もないのです。ですが、港に帰ってきた時に生簀がかなり空いていることがここのところ多くて」

「ふむ」

 ダベンポートは頷いた。

「君のところの漁獲量はうちの食卓を直撃する。何しろリリィが君の魚しか買わないのでね」

「一度ジェームズさんのお魚を頂いたら、もう他のお魚は食べられません!」

 とリリィ。

「とまあ、こういう訳でね、僕としても協力は惜まない」

「ありがとうございます」

 ジェームズは軽く頭を下げた。

「ところで初歩的な質問で恐縮なのだが、魚はどうやって探すんだい?」

 サンドウィッチをつまみながらダベンポートはジェームズに訊ねた。

「うーん……基本的には勘です」

 ジェームズは少し考えると答えて言った。

「あとは経験かなあ。何回も海に出ていますとね、よく魚が獲れる場所と獲れない場所がだんだんわかってくるんです。なので、少し間をあけて同じような場所に行くことが多いです。ああ、あとは鳥かな? 鳥が集まっているところには魚もいますね」

 上品にお茶を啜る。

「僕の場合、南の入江で漁をすることが多いんですが、最近成果がはかばかしくないんですよ。沖合にいる大きな漁船が根こそぎ持って行っちゃうのかとも思ったのですが、それも考えにくいし、漁は難しいです」

「他の入江に行ってみてはどうなんだい?」

 ダベンポートは訊ねてみた。

「いやあ、勝手がわからないところはやっぱりダメです。それに縄張りと言っては変ですけど、やっぱりいつもそこで漁をしている他の漁師さんもいますしね。邪魔をしては申し訳ない」

 妙なところに育ちが出るものだ、とダベンポートは感心した。漁師によってはそんなことは気にもしない奴もいるだろうに。

「だとしたら、やはり効率的な魚の探し方が重要なんだね?」

 ダベンポートは腕を組むと考え込んだ。

「双眼鏡は持って行っているんだろう?」

「それはもちろん」

 とジェームズは頷いた。

「鳥山を探す時にも使いますし、障害物を避けるためにも使います。双眼鏡は海では必須です」

「ふむ、鳥山か……。じゃあ、ここは一つアシカでも連れて行くかい?」

「アシカ、ですか?」

 突拍子のないダベンポートの提案にジェームズは驚いたように眉を上げた。

「ああ。イルカも考えたんだが、おそらくアシカの方が手間がない。彼らは陸の上で寝るからね。アシカを猟犬がわりに使うんだよ。うまく仕込めばすぐに魚を探す君の目になってくれるんじゃないか?」

「うーん」

 ジェームズは腕を組んで唸った。

「確かに、マリー・アントワネット号を停泊させているハーバーならアシカくらい飼えそうですけど」

「なに、餌なら獲った魚を少し分けてやればいいんだ。ミスティル家ならセントラルの水族館アクアリウムにも顔が効くだろう? 一頭分けてもらいたまえ」

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