32魔王の悩み、勇者とどのように話をつければいいだろうか
「どうやって、勇者と話し合うための場を設けようか。」
魔王である皇子は悩んでいた。魔王である自分の役目は勇者を倒すことだが、あいにく皇子にその気はなかった。そのため、何とかして勇者に会って話し合いで戦いを回避したかった。
「魔王様、勇者たち一行は、我々のアジトであるシーロープに向かっているようです。現在は本州のマウンテンマウスで滞在しています。」
魔王に忠実な配下が勇者の動向を報告する。ふむと意味深につぶやき、自分で確認するために、皇子は自分の手のひらに水晶を取り出し、勇者の様子を直に観察する。
「最初に見たときに思ったが、これが勇者だというのか。私のクラスメイトと変わらないただのクズ野郎ではないか。」
皇子の目には、勇者はただのクズ野郎に見えていた。とはいえ、今回の勇者は確かにこの男のようだ。魔王の配下である彼らが勇者といっていること、何より、水晶越しの男が自ら勇者と名乗り、魔王を倒す手立てを話しているところを見ると、本当のようだ。最大の決め手となったのは魔王の直感だった。なぜか、頭にこの男が勇者だという確信があった。
「とりあえず、こんなにもバカそうなら、話し合いもできたものではないが、一応、やってみるとするか。」
皇子は、こんなクズ野郎の習性を知っていた。自分の高校でのクラスを思い出し、苦虫をかみしめた表情になる。そんな表情をしても、今の皇子の外見から、美形の文字が消えることはなかった。勇者は、クラスの片隅にいた、暗そうなオタクのクラスメイトの集団によく似ていた。そのクラスメイトの中の数人の男子が、ライトノベルという、小説を読んでいたことを思い出す。彼らは鼻息荒く、ライトノベルの挿絵を見て、興奮していた。
勇者の対処法は見つかったが、その思い出とともに、過去の自分に対するクラスメイトがしてきた数々の嫌なことも一緒によみがえり、皇子は気分が悪くなる。嫌なことを思い出してしまったが、今はそんなことはどうでもいい。彼らは自分が処分してしまったのだ。そのことについても、思い出すだけで吐き気がするが、それでも皇子は、頭を振ってそれらのことを頭から追い出す。
「サキュバスとバンパイアの女性を集めよ。」
皇子は、手始めに勇者を自分の配下である女性を使って篭絡しようと考えた。勇者の様子を見る限り、女性に対して、でろでろと気色悪いぐらいに鼻の下を伸ばしている。バンパイアやサキュバスたちに勇者をたぶらかして、魔王の場所まで連れてきてもらおうと思ったのだ。
「お呼びでしょうか、魔王様。」
集まったのは、魔王の配下でも上級の部類に入る美女たちだった。サキュバスとバンパイアの精鋭六人だった。その中のリーダー的存在であるバンパイアのカーミラが前に出て魔王に頭を下げて、敬愛を示す。カーミラに続いて、他の女性たちも同じように頭を下げて、魔王の命令を待つ。
「お前たちにはこれから重要な任務を託したい。心して聞くように。」
『はい、魔王様。』
「今から言う任務をお前たちにはこなしてもらおう。」
任務を伝える前に、魔王は彼女たちに視線を向ける。
「その前に、お前たちの恰好を何とかしなくてはな。」
魔王は思案していた。彼女たちの今の格好でも、充分に勇者を虜にしそうだが、念には念を入れた方がいい。それに、最初から彼女たちをサキュバスやバンパイアと素性がばれるような格好で勇者のもとに行かせるのはまずい。いくらバカそうな勇者でも、突然、バンパイアやサキュバスが目の前に現れたら、警戒するだろう。
サキュバスは、その名の通り、男を誘惑するようなきわどい恰好をしていた。布の面積がこれでもかというほど少ない上半身。もはや、胸の頂だけを隠すためだけに布が存在しているかのような破廉恥な格好である。下半身も同様にきわどい部分しか隠されていな超絶に短い布を身につけていた。魔王である皇子も、その姿にくらっと惑わされそうになってしまうくらいの色気を放っていた。服装でも勇者に警戒されるだろうが、何より、人間ではないと示す、黒い尻尾と背中からはコウモリのような翼がついていた。
対するバンパイアの女性は、サキュバスとは反対にかっちりと着こんでいた。太陽に弱いのだろうか。異様に白い肌をしていた。上下黒い長袖に膝下まであるスカートを履いていた。彼女たちにも、口元を開くと見える、長い八重歯が明らかに人間にはない特徴を持っていた。そして、彼女たちも尻尾は生えていないが、背中にコウモリのような翼がついていた。
「心配には及びません。自分たちが魔王の配下などとばれるようなまねは致しません。勇者のもとに行く前に変装はするつもりです。」
六人の中でもリーダー的存在であるバンパイアのカーミラの一言で、背後の女性たちは一斉に姿を変えた。煙に包まれ、その煙がはれるころには、この世界の庶民が来ているような普通の格好の女性が五人立っていた。カーミラも同じように姿を変える。人間にはない、尻尾や翼、八重歯が見事に消えていた。見た目だけは、人間に見えた。
「どうでしょうか。これなら、勇者にもばれることはないでしょう。」
自慢げに話すカーミラに、魔王は頭を悩ませる。確かに一見、庶民にしか見えない服装である。白い清潔そうなブラウスにベージュの膝丈までのスカート。この世界の庶民が来ている一般的な服装を彼女たちは身につけていた。しかし、元の素材がいいので、胸はブラウスのボタンがはじけそうになっているし、魅惑的な下半身は隠しきれていなかった。顔についても、目鼻立ちが整いすぎていて、服装と容姿が絶望的に似合っていなかった。
「これはこれでいいとは思うが、やはり、勇者みたいなクズが好きそうなのは……。」
彼女たちの倒錯した姿でも充分、勇者を誘惑できるのだろうが、何か違う気がした。ライトノベルの挿絵に描かれていたものに近づけた方がいいだろう。初めてその挿絵を見たときは、オタクの男子を気味悪く、嫌悪感しか湧かなかったが、こんなところで役に立つとは。皇子は、今は亡きクラスメイトに感謝した。
「まあ、私の想像ではこれが精いっぱいだな。」
皇子は、オタクたちが見ていた挿絵に似た服装を彼女たちに装備しようと試みることにした。
「今から、お前たちに姿を偽る魔法をかけるが、これも勇者を倒すためと思い、耐えてくれ。」
皇子は彼女たちに魔法をかける。挿絵はただのコスプレした女性だった。皇子は挿絵を見て彼女たちに魔法をかけただけである。ライトノベルの内容まで知ることはなかったことは、ある意味幸運だったと言えるだろう。話の内容を知っていたら、彼女たちにこのような魔法を施すことはなかったかもしれない。
「これは。」
「なんて斬新な服装なのでしょうか。」
「これでは逆に私たちが敵だとばれてしまうのではないでしょうか。」
魔法をかけ終えた皇子は、彼女たちを直視することができなかった。オタクが好きそうな服装ということで、ライトノベルの挿絵の格好に似せればと思いついたのだが、皇子にとっては刺激が強すぎたようだ。
「この服装は、魔王様のご趣味ですか。何やら私たちが来たことのない異国の服装のようですが。」
「でも、これはこれで可愛らしくて私は好きですよ。」
「魔王様のかけてくださった魔法ならば間違いはありませんね。」
女性たちの目には、皇子の施した魔法によって変えられた服装が斬新に映ったようだったが、特に異論は出なかった。こうして、ユーリたちがマウンテンマウスで出会った女性たちの恰好が完成したのだった。
女性たちを勇者のもとへ向かわせた皇子は、水晶で彼女たちの動向を観察する。弱くてクズそうに見える勇者だが、一度、自分の配下が捕まっている。彼らを助ける必要は結局なく、助け損に終わったが、今度はそうはいかない。彼女たちはこの世界で生まれた女性たちだ。何かあったら助けるという気持ちで水晶越しの彼女たちを見つめる。そこには、勇者に近づく彼女たちの姿が映っていた。
「うまくいきそうだな。」
ぽつりとこぼした皇子の言葉は、ものの数分で覆ることになった。先頭切って、カーミラが勇者に近づき声をかけているところまでは良かったのだが、その後、皇子が予想していないことが起こり始めた。
「ピヨピヨピヨ。」
皇子の水晶は、音もこちら側に聞こえるような作りになっていて、突如、皇子のいる謁見の間に間抜けな音が響き渡る。幸い、この場所には防音の魔法が施されていて、さらには、人払いがされていて、皇子以外に人はいなかった。間抜けな音を皇子以外に聞くことはなかった。
謎の間抜けな音に驚いた皇子は、水晶を落としそうになるが、すんでのところで落とさずにすんだ。慌てて、女性たちがどうなっているのか水晶を覗くと、音のした直後、女性たちはいったん、勇者から離れたようだ。その音は魔王や魔王の配下を発見するためのものだったとは驚きだ。まさか、そんなに早くばれるとは魔王にとっても、水晶越しの女性たちにも予想外だったようだ。
「まだ、彼女たちは捕まってはいない。私が出る幕ではないな。」
魔王は引き続き様子を見守ることにし、最終的に自分が直接、勇者のもとに飛ぶ羽目になったのだった。
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