30魔王と勇者の邂逅ですが、仲良くとはいきません

「様子を見ていれば、女性に対して、ずいぶんひどいことをしているようだな。」


 魔王は姿が美形だけでなく、声も色気を含んだハスキーな声をしていた。魔王の姿を見た配下の女性たちは、彼の登場に色めき立っていた。「魔王様」と自分たちの主に群がって喜ぶ様子は主従の関係を越えて、ただのアイドルとそのファンのような様相だった。


『死ねよ。この色男。』


 ユーリは、自分の存在を脅かそうとする魔王を早々に倒すことに決めたようだ。それ以上に、目の前の光景がユーリの理想だったので、嫉妬したという理由が魔王を倒す決め手となったのだろう。ユーリの言葉が魔法となって魔王に降り注ぐが、魔王は一向に苦しむことはなかった。


「死ねなんて、ずいぶん勇者様は残酷なことを言うね。私は君たちに提案をしに、わざわざ姿を見せに来たというのに、ずいぶんな態度ではないか。」


 ユーリが子供っぽく怒っているのを魔王は涼しい顔でいさめている。その図はバカな息子にあきれる父親の態度のようだった。これでは、ユーリの怒りが更に増すだけだ。火に油を注ぐようなものである。案の定、ユーリはさらに怒りが増して、ぎりぎりと音を立てて、歯を食いしばっている。




「提案とはいったい何ですか。魔王と勇者は戦い合うことが決められているようですが。」


 このままでは、らちが明かないと、カナデは魔王とユーリの間に割って入り、質問する。


「おや、勇者様はお怒りのようだが、あなたは違うようだ。私の話を聞いてくれるというのかな。」


「まあ、こんなにイケメンの魔王のいうことを聞かないというのも悪い気がしますから。」


「では、こんな場所ではゆっくり話もできませんから、私たちのアジトで話すとしましょう。」


 あっさりと物騒なことを言い放ち、ユーリたち勇者側の人間と、魔王とその配下である女性たちは、黒い光に包まれて、次の瞬間には、その場からいなくなっていた。


「ざざざざー。」


 波の音が響き渡る、静かな海岸が姿を取り戻した。





「いやいや、ここってさ、あれだよな。俺たちってここ目指してどれくらいの旅をしていたんだっけ。カナデさん。」


「一カ月は軽いと思うよ。ユーリ君。」


 魔王に連れられて、ユーリたち一行は。突如、謎の城の前におろされた。その城は周りの風景から明らかに浮いていた。海風が気持ちいいその場所に立っていたのは、真っ黒な外観をしたヨーロッパに残っている城みたいな建物だった。そんな城がエメラルドグリーンの透き通った海に、雲一つない青い空がきれいに見える丘の上にぽつりとそびえたっていた。


「ここが私の住処だ。何を驚いているのだ。最初は違和感があるが、慣れれば特に問題はなくなる。私はこの者たちを城の内部まで案内するが、お前たちは一度休んでおくといい。案内は私一人で行う。」


 魔王は配下のバンパイアとサキュバスに休みを言い渡し、そのままその城を目指して進んでいく。そこが魔王の現在の住処のようだった。いろいろ突っ込みたいことはあったが、ユーリたち一行は黙って魔王の後についていくことにした。魔王の配下の女性たちは、殺気のこもった目でユーリたち一行を睨みつけていたが、魔王の言葉に逆らうことなく、その場からいなくなった。




「魔王様って、すごいおかたなんですねえ。私、今まで勇者様よりすごい人を見たことがなかったんですが、これなら、魔王様にお仕えした方がいいかもしれません。」


「魔王様、かっこいい。」


「魔王様にお仕えしている方がうらやましい。」


「魔王様、大好き。」


 城の内部も驚くほど黒かった。明かりは廊下の両端にともるろうそくの明かりのみで、昼間だというのに城の内部は薄暗かった。魔王についていて廊下を歩いている最中、ユーリたち一行の女性陣は、手のひらを返したかのように、魔王に媚を売り始めた。


「お前たちは、そこの勇者とともに私を倒すために旅をしているようだったが。」


 魔王はあまりの彼女たちに態度の変わりように困惑していた。




「なんか、俺の存在が空気みたいになっているのは気のせいか。今までの俺への態度の急変、もしや、こいつも俺と同じ異世界主人公補正がかかっているのでは。」


「お前が空気なのは気のせいではないが、魔王が異世界から来たというのは、あり得ることだな。ふん、ざまあみやがれ。」


 ユーリは悔しそうに小声でカナデに文句を言うが、その中の主人公補正という言葉に、カナデはひっかかりを覚える。魔王が動き始め、勇者が現れる。その理屈だと魔王も勇者と同じように誰かにこの世界に呼ばれたということも考えられる。そういえばと、カナデは魔王の名前を聞いたことがあると思った。しかし、どうしても思い出せない。


「そんなことは、これから直接魔王に聞いてみればいいだけか。」


 無駄なことを考えるのは良そうと、カナデはユーリがその後も魔王に対しての文句を言うのを無視して、魔王についていくことにした。




「では、改めて私は魔王。悪魔によって、私はこの度の魔王に選ばれた。」


『魔王様、万歳。』


 謁見の間と呼ばれる大広間の中央にある玉座に座った魔王は、そこで自らの紹介を始める。いつの間にか、ユーリたち一行の他にも、人のようなものが集まり始めていた。魔王の配下ということで、人間ではない異形の者たちだった。ゴブリンや。オーガやオークと呼ばれる者たちが魔王の帰還を祝福していた。魔王が自らの城に連れ込んたユーリたち一行を興味深そうに見つめる者もいた。


「皆の者、私はこの者たちと話がある。席を外してくれ。」


「魔王様、もしかして、その者たちは……。」


「私は席をはずせと言ったはずだ。聞こえなかったのか。」


「承知しました。魔王様。」


一匹のゴブリンがユーリたち一行のことを尋ねるが、魔王の一言に口を閉ざし、退出する。他の配下たちも謁見の間から一匹一匹退出していく。あっという間にその場にはユーリたち一行と魔王のみとなった。




「外野がうるさいと、話が進まないから、人払いをさせた。話を続けよう。私は悪魔のもとにこの世界に呼ばれた。今までの魔王と勇者のことは聞いている。だが、私は、魔王に選ばれたが、殺生は好まない性分でな。」


 何やら深刻そうな顔で語り始めた魔王だったが、今の配下の言葉から察せられるように、殺生は好まないと言いながらも、配下の言葉を一蹴する姿は言っていることと矛盾していた。その矛盾に魔王は気づいていなかった。


 ユーリたち一行の女性陣は、相槌を打ち、話を促している。もうすっかり、女性陣は魔王の虜のようだった。


 それから、魔王の話は続いた。カナデとユーリは女神と呼ばれる存在によって、この世界に召喚させられたが、魔王は違ったらしい。魔王は悪魔と呼ぶ女性によってクラスメイトとともにこの世界にやってきたようだ。




「それで、クラスメイトはどうしたんですか。」


 カナデがふと疑問に思ったことを聞くが、魔王の答えはあいまいだった。遠い目をして、その目は何を移しているのだろうか。これ以上突っ込んで聞いてはいけないような雰囲気を感じ取り、カナデは、それ以上は聞かないことにした。


「それが、私以外の奴は、魔王の適性がないようで、どこかに行ってしまった。魔王謎一人で充分だからな。なぜ、クラス丸ごとこちらの世界に呼ばれたのか、謎だ。」


「お前の話はどうでもいいんだよ。それで、本題の提案っていうのは何だ。さっさと話せよ。」


「確かに、ここにお前たちが長時間いるのも問題だな。人払いをしたが、念には念を入れるとしよう。」




 ぱちんと、指を鳴らした魔王。キーンとした音が広間全体に響き渡り、魔王が何か魔法を発動したことがわかった。


「おや、私は勇者と二人きりで話をしようと思ったのだが、そこの女性には魔法は聞かなったようだ。もしや、あなたも私たちと同じこの世界のものではないということか。」


 カナデはあたりを見渡して、今の自分たちの状況を理解した。魔王は自分たち以外の時間を止めたようだ。カナデの後ろにいたイザベラたちがぴたりと動かず、その場に立っていた。


「私が居ては不満でしょうか。こんなくそ男と話しても、解決策なんて出ませんよ。私なら彼よりもうまく交渉できる自信があります、よ。」


 じっと魔王がカナデを観察していた。あまりにもじっと見つめられ、カナデは言葉を言い終えるころにはどっと冷や汗が流れていた。何しろ、この魔王という存在は、二次元から抜け出したかのような美形なのだ。それこそ、二次元の媒体にでもなかなかいない美形で、そんな奴に見つめられ、ただでさえ、人見知りなコミュ障のカナデには耐えられなかった。




「まったく、この女のことは気にしなくていいぞ。それで、提案というのは、殺し合い以外の平和的解決という奴か。」


「話が早くて助かるよ。そう、きみも私と同じ境遇というならば、殺し合うのは嫌な話だろう。だから、我々は協定を結び、殺し合いをしないで済む道を歩みたいと思う。」


「いやいや、そんな簡単な話なら、今までの魔王と勇者だってその道を歩んでいますよね。それができないから、戦って勇者が勝利していた。そんな感じだったのに、突然、設定を変えても大丈夫なんですか。」


 カナデが思わず突っ込みを入れてしまったのも無理はない。そんな簡単に協定を結び、勇者と魔王が仲良くできるのなら、今までの歴代魔王や勇者たちはきっとそうしているだろう。それができていないから、戦い合っているというのに。




「お前のところの配下はそれで納得するのか。」


「私はなぜか、心底、配下に惚れられていてね。忠誠を誓う奴がほとんどだから、問題はない。問題があったら……。問題あるやつを排除するまで。」


「なるほど。そういうところが逆らえない理由かもな、いいぞ、その話に乗ってやっても。もちろん、ただでとはいかないが。」


「本当に話が早くて助かる。最初にお前を見たときは、こんな頭が軽そうなやつに話が通じるか不安だったが、物分かりはいいんだな。サルのくせに、見直したぞ。」



「マジで殺すぞ。」


 ユーリと魔王との話は一見、和やかに進んでいると思われたが、魔王は存外口が悪いようだ。魔王の余計な一言で、このままだと、まとまった話がチャラになりそうだった。




「思い出した。魔王の名前。『八王子皇子』だ。」


 思わず、カナデは叫んでいた。このまま、二人の話がチャラになるのを避けるため、とっさに何か話さなければと思って出た言葉だったが、それは魔王にとって禁忌となっているようだった。


「あははははは。今流行りのキラキラネームだな。おうじにさらにおうじ重ねるとか笑えるな。」


「先ほどはサルとか言って悪かったな。それで、条件とはいったい何なんだ。」


 魔王は、よほど自分の名前について詮索されるのが嫌らしい。話題を変えてごまかしていた。


「名前の件で俺の悪口はチャラにしてやるよ。条件だが、お前の主人公補正を何とかしてもらうことだな。」




「そう言われても困る。なんのことだかわからないが、治せるものなら、治すことにしよう。」


『それは困るかのう。』


『勝手に決めていいものではないぞ』


 面倒事が起こりそうな気配を感じ、カナデは天を仰いだ。二つの声は、どこかで聞いたことのある女性の声だった。


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