20旅の道中は問題だらけです①~部屋割り~

「ユーリ様、今日こそ、私と一緒に寝ましょう。」


「いや、抜け駆けは良くない。」


「なんてふしだらな。でも、どうしてもユーリ様が一緒にというなら……。」


「わたしと一緒にねるって、ユーリ様はいっていた。」



 カナデたちは、魔王「皇子」がいる場所に向かっていた。今回の魔王はジャポンを侵略する気はないのか、ジャポンの南に位置する「シーロープ」にとどまっているらしい。そのため、カナデたちは首都NOH(ネームオールドハウス)から、シーロープに向けて旅をしていた。海がきれいな観光地に行くようなものだ。ただし、観光目的ではなく、魔王を倒すという目的で行くのだが。


 今は、今夜泊まる宿で、メンバーの寝る部屋の相談をしていたところだ。首都に向かうのと同様、なぜか転移装置で魔王がいるとされるシーロープに、勇者一行を飛ばすということはしないようだ。地道に、電車と徒歩で目的地まで移動することになった。電車といっても、新幹線ではなく、蒸気機関車というところが、やはり元いた世界とは違うところだ。




 話を戻し、現在は旅先での初めての宿。勇者がこの世界に召喚されたということは、民衆にも広まっているようで、自分たちが勇者だと伝えると、町の宿泊所は、快く宿を提供してくれた。もちろん、宿は人数分の部屋がしっかりと用意されていた。


 勇者のメンバーは全部でカナデ、ユーリ、イザベラ、エミリア、シーラ、ルー、ソフィアの七人。ユーリが一人部屋、後の女性陣は二人部屋となっていた。現在、女性陣がもめている理由をカナデは理解できないでいた。さらに、げんなりする事実に気が付いてしまった。


「旅のメンバーに女性が多すぎる。しかも、なぜ、男がくそ男しかいないのか。これもまた異世界転移・転生物の宿命か。」


 はあとため息をつくが、誰もカナデの様子に気遣うものはいない。皆、いかにユーリに気に入られようかと必死になっていた。あわよくば、一緒に寝たいという始末。そして、迫られているユーリはと言えば。



「お、オレと一緒に寝るなんて、うれしいが、だが、誰か一人を選ぶことはできない。皆、オレの大事な仲間だしな。」


 鼻の下を伸ばしてデレデレしていた。しかし、ユーリの思い通りにさせないように、カナデがいるのだ。ユーリが思うような展開にはさせないと、カナデは心に決めていた。だからこそ、嫌々、しょうがなく、あくまで、女性陣の貞操を守ろうと働くことにする。


 ちなみに、ユーリたちが首都NOHにたどりつくまでの道のりでも一緒に旅をして、宿泊もしていたのだが、女性陣がこんなにもユーリに執着する様子は見られなかった。ユーリと同室になろうと言い出すものもいなかった。特に問題なく旅を続けることができた。それなのに、いざ、魔王を倒すための旅を始めたとたんに、なぜかユーリ争奪戦が幕を開けたのだった。


「みんな、落ち着いて。くそお、いやユーリと一緒の部屋がいいのはわかるけど、うら若き乙女が男の部屋で一緒に寝るなんてはしたないでしょう。それに、くそお、いやユーリは誰か一人を選べないと言っている。誰か一人を選ぶ根性がない奴を好きになっても悲しいだけだから、あきらめた方がいい。」


 やんわりと、ユーリのことをあきらめろと諭すカナデだが、何をどういおうと、この後の展開は覆らないとなかばあきらめかけていた。知っていたというより、既視感を覚えた。


 実際にこのようなハーレム状態の経験をしたことはもちろんないが、知識だけは豊富にあるのだ。異世界転移・転生物のラノベに多い展開の一つだ。他人が忠告したところで引くような女性たちではないのだ。ハーレム状態にかかっていて、主人公である異世界転移・転生者にイケメン補正がかかってしまい、彼女たちは正気を失っているのだ。




「そんなこと言って、カナデが一緒にユーリ様と寝たいんでしょう。カナデが一番ふしだらではないのですか。」


「カナデが言っても説得力がない。」


「そうです。」


「そうだあ。」


 せっかくの忠告なのに、誰一人、カナデの言葉に耳を傾けるものはいない。こうなったら、どう思われようと強硬突破だ。カナデはできれば使いたくなかった手段を講じることとなった。


「そうね。私が一番ふしだらね。わかっているなら、ここは私に譲るのが正しいとわかるでしょう。」


 カナデはねっとりとした声で、女性陣に話しかける。そして、本当は鳥肌が立ち、絶対に触れたくないくそ男、ユーリの腕に自らの腕を絡ませる。そして、ユーリの耳もとでささやく。


「私と一緒の部屋にした方が無難だと思うけど。ここで、誰か一人を選んだとしても、何もいいことがないことは明白。全員と関係を持とうなんて、そんなことは私が断固阻止するから無理だしね。」


 さらに、カナデは悪魔のささやきを続ける。


「お姉さんで我慢しとく方がいい。」


 カナデは自分で言って、恥ずかしくなる。そもそも、カナデ自身、オタクで、彼氏がいたことがなかった。いたとしても、二次元の中であり、リアル三次元では存在したことがなかった。こんな気持ちの悪いことを三次元の男に口走る機会はなかった。




「なっ。」


 ユーリは突然のカナデの行動にパニックになっていた。カナデも女性であり、露出の低い色気のない恰好をしてはいるものの、女性特有の柔らかさはもっている。腕を絡ませているので、当然、ユーリの腕には、二つの柔らかな感触があった。童貞で、こちらもオタクで彼女がいたことがない。いたのは、二次元の中の彼女だけだ。ユーリもこんなことをされたのは初めてだった。お互い初めて同士で、この後どうしたらいいのか、二人で迷っていた。


 二人は顔を赤くしたり、青くしたり、せわしなく表情が変わっていく。それを見ていた女性陣はイライラが募っていく。旅が始まって一日目から、問題が発生していた。



「ユーリ様。そんな女がいいんですか。色気もないし、男みたいな女。」


「ありえない。」


「お、オレは誰も選ばないぞ。オレの部屋に来るなよ。絶対だ。守れない奴はどうなっても知らないからな。」


 カナデの身体を必死で話し、距離をとったユーリは女性陣に宣言した。そのまま、一目散に自分の部屋に駆け込んでしまった。結局、ユーリは自分の部屋に誰も近づけないことを選択した。そうなると、次は、女性陣の二人部屋の割り当てを決める必要がある。


「ま、まあ、結果オーライ。誰も一緒にならなかったんだから、これこそ平等だね。」


「私はカナデさんと一緒がいいです。」


「私は、エミリアと。」


「私とルーさんが一緒で決まりですね。」


 部屋割りはあっさりと決定した。カナデとソフィア、エミリアとイザベラ、シーラとルーという組み合わせになった。部屋割りが決まると、夕食の時間だった。


 夕食を食べ、続いて、温泉に入ることになった。NOHを出発して、最初に到着した町は、温泉街だった。旅の疲れをいやすにはちょうどよかったのだが、カナデの表情は暗かった。


 一難去って、また一難。風呂場でも何か問題が起こりそうな予感がした。

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