12続ハーレム能力発動中です②

 犬たちはこの場にいる人間を根こそぎ殺すつもりのようだ。遠くから見ていたカナデたち一行に気付くと、すぐに狙いをこちらに定めてきた。


「これほどのものとは思わなかった。面白いとは噂になっていたが、まさか、こんな残酷なことになっているとは。」


 イザベラが腰から下げている剣を鞘から抜き、戦闘態勢に入る。エミリアもローブに仕込んでいた杖を手にもって、いつでも魔法が発動できるように準備していた。


「ええと、私はどうしたら。」


 シーラはおどおどとこの状況をどうしようかとあたふたしているが、ユーリを守ることだけは使命だと思っているのか、ユーリの前に立ち、守ろうとしていた。



「お待ちください。彼らは、ただ、あの狼族の少女に命令されているだけ。殺すことはありません。」


 カナデたち一行の女性陣が殺気立っているのをいさめたのはソフィアだった。


「私になら、この犬たちを鎮めることが可能です。ここは私に任せてください。」


 犬たちはすでに目の前まで迫ってきていた。ただし、イザベラとエミリアの殺気に恐れてか、遠巻きにじりじりとスキをうかがっているようだった。ソフィアは犬に一歩一歩近づいていく。


『静まりなさい。元の主のもとへ戻りなさい』


 心の奥底まで響くような澄んだ声で犬たちに語り掛ける。ソフィアの身体が金色に輝き始める。その輝きは次第に広がり、犬たちにまで広がっていく。今まで威嚇していた犬たちはその光に包まれる。



「うっ。」


 光が消えて、犬たちはおとなしくなる。犬たちは、今までの暴走が嘘のように広場にいた元飼い主たちのもとにゆっくりと戻り始めた。


 犬たちがその場を去ると、ソフィアは胸を押さえてしゃがみこむ。慌ててユーリが駆け寄ると、顔色が真っ青で今にも倒れそうな様子だった。


「すいません。力を使うと、いつもこんな風に力が抜けてしまって……。」


 弱弱しそうにつぶやくソフィアにユーリはウっと言葉がつまる。


「そんな風になると知りながら、オレ達のために……。」





「私たちのショーの邪魔をしたのは、あなたたちでしたか。」


「お前は。」


「そんなに警戒しないでくださいよ。彼女のせっかくの技を邪魔した輩が誰なのかを確認しにまいった次第ですよ。そして、邪魔した者たちには、消えてもらいます。」



「ウルフ。」


 道化師は先ほど、犬を操っていた狼族の少女を呼んだ。いつの間にか檻から出ていたのだろうか。音もなく、彼女は道化師の隣に控えていた。


「犬がダメなら、お前が殺るまでだ。いつものように食らいつくせ。」


「グルルルル。」


 狼族の少女は低いうなり声をあげると、身体に変化が起こり始める。徐々に身体が大きくなり、全身が毛でおおわれていく。四つ足で立ち、最終的に巨大な狼の姿に変化していた。人間を背中に乗せることが可能なほど大きくなっていた。


「私たちにお任せを。行きますよ。エミリア。」


「わかってる。」


「私も微力ながら加勢します。」


 イザベラとエミリアとシーラが狼となった彼女と対峙する。



「やばい。どうしよう。いざ、自分の身に降りかかると、震えが止まらない。」


 勇ましい女性陣に対して、ユーリは立っているのがやっとのようで、足が恐怖でがくがくと震えている。同様にカナデも今の危機的状況に頭が混乱していた。


「や、やっぱり根が引きこもりだけあるね。わ、私はこんな状況でも冷静だから、あんたよりは使い物になるわ。」


「抜かせ。」


 カナデとユーリが互いに無意味な口喧嘩をしている間に戦いの火ぶたは切って落とされた。


「これでもくらえ。ファイアーボール。」


「お前なんかこの剣でたたっ切ってやるだけです。」


「ユーリ様に仇名す敵は倒すのみです。」


 三人が一斉に攻撃を仕掛ける。エミリアは魔法を、イザベラは渾身の一撃を剣に込めて突進する。シーラは地面に手をつくと、そこから植物が突如現れて、彼女めがけて攻撃する。


 それらの攻撃を彼女は軽々とかわしていく。そして、三人に突進していく。一進一退の攻防が続いていく。



「あ、あんたこの世界の主人公的存在なんだから、この状況を平和的に収めなさいよ。ああ、異世界特有の服だけ破れが発動している。」


「おお、これが噂に聞く……。」


「ああああああああああ。ダメだあ。神様でも何でもいいから、何とかこの場をおさめてえええええええええ。」



 カナデはこの時、すでに正気を失っていた。そもそも、神様がそんな都合よく助けてくれるはずはないのは知っているはずだが、その一方で、もしかしたらという希望もあった。よくある異世界転生・転移の中には神様が危機的状況で現れて窮地を救ってくれるということがあるのだ。




『呼んだかのう』


「ああ、今回は呼んで正解だった。」


 カナデは異世界に降り立つ前にいた謎の白い空間に立っていた。カナデの叫びは女神に届いたようだ。


『それで、我もそこまで暇じゃあないのだ。この場をどうして欲しいか行ってみろ。』


 目の前には女神が不機嫌そうに立っていた。相変わらず金色に輝いていて、神々しい。


「平和的に誰も死なずにすむ方法で争いを止めてください。」


『つまらん要望じゃな。まあ、さっさと魔王を倒して欲しいから、こんなとこで道草喰っている場合ではないのはわかっている。』


 カナデの要望が気に入らないと言いながらも、何か策を講じてくれるようだ。


『して、お前の代わりの本物の聖女はどうだ。お前みたいな失敗をしないように念には念を入れて呼び寄せてやった。』


「何のことですか。だって、彼女は……。」


『おっと、時間切れだな。では、また何か困ったことがあったら、呼んでも構わないぞ。我が気が向いたら助けてやらんでもない。』


 カナデの疑問に答えることなく、白い空間がゆがんでいく。





「おい、起きろ。クズ女。こんな場所で気を失ってると、置いてくぞ。」


「彼女は一つの役にも立っていません。置いていった方が私たちのためになります。」


「そうだよお。だって、勇者様は、この獣も旅のメンバーに加えるんでしょう。だったら、一人減らさないと。人数が多いといろいろ面倒でしょう。」


「私はどちらでもいいですけど、どちらかといえば、置いていく方に賛成です。」


「お前たち……。」


 頭上で何やら自分の処遇について話されているとなんとなく理解したカナデはハッと起き上がる。きょろきょろと辺りを見回すと、そこにはカナデを心配そうに見守る人の姿はなかった。ただ、不愉快そうに顔をしかめる女性陣と、怒った顔のユーリがいるだけだった。


「やっと目覚めたか。一応、お前はオレの世話役係となっている。こんなところでくたばっては困る。」


 ユーリは親切にもカナデが倒れてからのことを説明してくれた。



 カナデが神に頼むように叫ぶと、そこで突然意識を失ったようだ。カナデが倒れたと気付いたのは、そばにいたユーリとソフィアだった。時間にして数分のことだったらしい。カナデが倒れている間も、イザベラたちの戦いは続いていたが、様子がおかしくなっていたという。


 眠り薬でも飲んだかのように、急に三人がふらふらと足がおぼつかなくなり、狼の少女も同じような感じになったらしい。そして、これはチャンスだと思ったソフィアが力を振り絞って、彼女たちの戦う意志をなくすように力を使ったようだ。犬たちを鎮めたように。


「オレも手伝おうとしたんだが、ソフィアに止められた。まあ、オレはお前がなんで倒れたのか知っていたから、心配はしていなかった。おおかた、女神にでもあっていたんだろう。定番だからな。」



 ユーリは、カナデが倒れている間に女神に会っていたと気づいていた。だから、何かしらのことが起きると予想していたようだ。明らかに不自然なことが起こっていたが、それでも、女神が起こした奇跡だと思うことにして、カナデは少しだけ女神に感謝することにした。


 不意にカナデが後ろを振り向くと、道化師は両手を後ろ手に縛られて、逃げられないようにしっかりと捕縛されていた。


「こいつは、今までもウルフを使って、町や村を襲わせていたようだ。それ以外にも獣人は自分と同じ種の動物を従えることができるから、蛇や猫を使って同じように村を襲わせていた極悪人。」


 ケッと舌打ちして、縛られている道化師を足でけりつけるユーリ。


「それで、これからどうするの。もしかしなくても、あの子を旅に連れては行かないでしょうね。いや、連れて行かないに決まっている。」


『ケモミミ少女はハーレムメンバーに必要だから連れていく』



ユーリの心の中の声がうっかり聞こえてしまった。あまりにも似た考えを持っているユーリとカナデは目を合わせるだけで、互いの心の声を読むことができるようになってしまった。



「はあ。どうせ、サーカスの他のメンバーは、おばさんかおじさん、君の悪いヘビやらの獣人でゆ、う、しゃ、さまの目に留まらなかったということでしょう。」


「そうなのですか。勇者様。私たちというものがありながら……。」


「ユーリ様の浮気者。」


「あらあら、お父様にユーリ様との結婚を認めてもらうためにはその言葉は聞き逃せませんね。」


 カナデの発言に女性陣は殺気立つ。それを眺めながらも、カナデは新たに旅のメンバーとなる狼族の少女に目を向ける。



「それで、あなたは私たちと一緒に来るのか、来ないのか。」


「わ、わたし、は……。」


「無駄だな。彼女は私と奴隷契約を結んでいる。私と彼女は一心同体。私と一定時間離れると、首の鎖が彼女を苦しめることになるだろう。」


 縛られている道化師の男が勝ち誇ったように話し出す。


「これか。えい。契約を解除する。新たに勇者ユーリとの契約をここに誓う。お前の名前は、『ルー』だ。」


 あっさりとユーリは彼女の首元の鎖を壊してしまい、新たに自分と彼女と契約を結んでしまった。流れるような作業に一同は言葉を発する暇がなかった。


「わ、わたし……。」


「ふむ。オレがお前の新しいご主人様だ。有り難く思え。オレはお前を見世物にするつもりはない。エロイことはまあ、たまに頼むかもしれないが。」


 狼族の少女は泣き出してしまった。道化師の男は自分との契約を解かれてしまい、完全に勝機を失ったと思ったのだろう。がっくりと力なくうなだれている。



「ということで、今夜はここに泊まって、明日にでも出発しようか。」



 広場にいた観客に死人はいなかったようだ。重症のものもいたようだが、致命傷になるようなものは奇跡的にいなかった。死人を出さずに、今回の加害者を逮捕することができたので、カナデたち一行はこの村で感謝され、宿を提供されたのだった。サーカス団のルー以外メンバーも、ユーリはしっかりと捕縛していたようだ。道化師と一緒に、しっかりとこの国の警察らしき組織に引き渡されることとなった。

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