第7話
気付けば七月も半ばになっていて、どんどん夏はその存在を隠さなくなって、ぼくは高校生になって初めて夏服に袖をとおした。夏休み前の終業式まで、あと一週間と少し。今日から短縮授業の期間に入り、授業は午前で終了して、その分放課後の時間がずいぶんと長くなった。
あの日を境にしばらくのあいだ、空半先輩が図書室に現れることはなかった。通学路や学校で山田くんを見ることもなかった。そして、空半先輩は秋の始業式の日にはもうこの学校にいない。なんというか、あまりにあんまりではなかろうか。
あの日の放課後、山田くんが激怒した理由もぼくにはまったくわからないままだった。とはいえ、ぼくにはふたりがいるのであろう美術室へ直接向かう勇気などなかった。
夏休みへの期待に膨らんださまざまな想いが教室いっぱいにひしめいていた。誰の顔を見ても、ぼくを見てはいない。ぼくは彼らの前向きで明るくとても健康的で健全な感情を白黒に変換してぼんやり見ながら、ひとり昼食を済ませ教室を出た。
「おっす。今川くん、今日もよろしくねー」
司書教諭室へ挨拶に行くと、昼食中のみゆき先生がトンカツサンドをかじっていた。ぼくはあの日以来、トンカツが嫌いになった。理由は語らない。とても苦い思い出である。
「よろしくお願いします」
「あっ、先生、今日途中会議でちょっと離れるかも」
「いてもいなくても、あんまりぼくには関係ないです」
「いまなんか言った?」
「いえ、なにも」
夏休み前の図書室は普段に比べて少しだけ忙しくなるそうだ。
『どれもこれも読書感想文なんて悪習のせいよ!』と、みゆき先生が教師にあるまじき発言をしていたので、きっと本当のことだろう。いつもは誰もいない図書室にちらほらと見たことのない顔の生徒がいることからもわかる。やはり一番人気は小説の本棚らしい。
返却ボックスから返却された本を取り出し、もとあった本棚へ戻していく。続けて新しく入ってきた本を貸し出せるようにする。それが終わったら『夏休みにオススメの読書コーナー』を展開しなければ。夏休み前にホームルームで配布される図書だよりの作業もまだ手つかずだ。ぼくは気合いを入れた。
仕事をテキパキとこなしていく時間はなんだかゲームのようでたのしい。余計なことを考えなくて済む。あたまのなかのノイズがすっと引いて、整理されていく感じが少し不思議でぼくは好きだ。
ひととおり仕事を終えて、ぼくは受付に座った。時計を見ると午後四時を少し回っていた。いつもなら空半先輩が図書室へやってくるぐらいの時間。ひとり勝手にそわそわしながらぐるりと図書室内を見渡すと、もう誰もいなかった。
図書室の扉を隔てた廊下から吹奏楽部の演奏が薄く聞こえる。運動場からはホイッスルの音やエネルギーに満ち満ちたかけ声が聞こえてきた。空半先輩は美術室で絵を描いているのだろうか? 孤独がむくむく膨れ上がるのを感じ、ぼくは考えることをやめた。
受付にあるパソコンの画面を前に図書だよりに掲載する本のことや推薦文などを考えていると、ふらっと睡魔がやってきた。そんなタイミングで図書室の扉が開いた。ぼくははっとして、自分でも驚くような反応速度で図書室の出入り口に視線を向けていた。
「こんにちは……」
ぼくはなにを勝手に気落ちしているのだろうか。入ってきたのは空半先輩ではなく、週に何度かやってくる女子生徒だった。
女子生徒がぼくの展開したオススメ本コーナーで立ち止まり、そのなかの一冊を手に取り借りていった。いつもなら内心でとても喜んでいるだろう出来事だったのに、なぜだか全然うれしくなかった。
『いけないいけない』とあたまを左右に数回振って持ち直すも、そのうちにまたふらっと睡魔がやってきて、ぼくはいつのまにか眠ってしまっていた。
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