神様ゲーム

ODN(オーディン)

1.序章 始まり

0.「プロローグ」

「己の願望をかなえたければ戦え」


教壇から切り捨てるように放たれた言葉。その簡易にまとめた言葉が含む冷たく澄んだ現実とつめたさとしるべを照らす理想が混ざり合うことで洗練された言葉の狂気きょうきは教室中に緊張を奔らせていた。


…ある者は唾を飲み、自己世界に没頭し、首を傾げ、またある者は照らされたしるべに微笑を浮かべる。そして、とある者は教壇に立つ人物を見つめていた。


先の言葉を述べた男――塩崎劉玄りゅうげんである。


白髪交じりの灰色の髪、口角辺りにうっすらと浮かんだしわ。そして、僅かに垂れた二重まぶた。まるで賢明なフクロウを思わせる風貌であるが男から溢れ出るおおちゃくさ・・・・・・が彼の雰囲気を一段階若くみせていた。

服装は襟のない白シャツの上にキャラメル色のジャケット。そして足首が見える九分丈の黒パンツに灰色のスニーカー…と、周囲の生徒等が着用する制服ブレザーや革靴とは身なりが異なっている。服装のせいもあって詳しい年齢は分からなかったが、この塩崎という男が初めて出会った本物の「大人」ということに間違いはないだろう。


「‥‥」


塩崎を見つめていた男は頭の片隅で先程の言葉について考えていた。


『願望をかなえるために戦う』

つまり、この場にいる者達は「かなえたい」とか「かなえなければならない」といった【願望】なるものを持った上で此処にいる‥ということになる。その内容が、どういった経緯で構成されたモノなのかは非常に興味があるが、この世界で生きていく上で彼らは各々の【願望】を目標に捉えながら前に進んでいくのだろう。


…しかし、残念なことに男はそのようなものを持ち合わせてはいない。




—————もしや、これは自分だけではないのか…?


そう思い立った途端、沸々と湧き上がる不可解な感情の脈動が男の中に芽生え始める。ピクリ‥ピクリ‥と脈動する小さな根は徐々に男の心に絡みつき、やがてそれは名を持った「不快感」へと変わっていく…。


「…すぅ……はぁ」


 気がつくと男は息を深く吸い、短く吐き出していた。

どうして、こんなことが出来たのかは自分でも分からないが、色んなものが胸の中で入り交じる内に堪え切れなくなった身体がそれらを吐き出すかのように深呼吸をしていたのである。…正直、無意識に行った動作に自身が一番驚いていたが、どうやら気持ちの収め方というのは頭よりも身体のほうが覚えているようだった…。



気が落ち着いた所で男は塩崎の話した情報を整理することにした。…なんでも、この世界とは異なる別の世界から未知の生命体が現れるらしく、かれらは総じて〈ゲーグナー〉と呼ばれる。男にとっては別の世界も、この世界も、全てが未知そのものなのだが、この正体不明のモノと戦うことが、この世界での日常となり【願望】の成就へと至る大きな足掛かりとなっている。


―――—それにしても、一体どうして戦わなければならないのか。


自らの願いのために戦うこと。それは願いを持たない男にとって、ただの言葉でしかない。叶えたいという【願望】すらない以上「戦う」という行動に至る意志すら生まれない。空の器を傾けたところで流れ出るのは限りない虚無だけなのだ。


…しかし、そんな事よりも重要なのは、この世界を形作る住民たちである。

教壇に立つ塩崎劉玄を始め、男の周囲には自身と同じような服装を身に纏った者達が三十人近くいるのだが、彼等は大きく分けて二つの種類分けられている。


〈…ここは生者と死者―――その両者が混在する世界である〉


塩崎の言った「生者」と「死者」という言葉から男が最初に思ったことは〝死者の定義〟であった。ここにいる生徒達は確かに生きているはずなのに「死者」という分類付けを受けるのは何とも奇妙な話である。まるで今いる世界やゲーグナーが元々いる別世界とも違う、第三の異世界を示唆するような言い方に思えたが、既に男の思考回路は別方面へと動き出していた。


——————…では、自分はどちら・・・に属しているのだろうか…?


‥‥考えども答えは出ず、男は深く溜め息をつく。

自分が知っていることはあまりにも少なく、未知に満ちたこの世界で何のために・どうやって生きていくのかも分からない。…衝動的に机へ突っ伏してしまいたくなってしまう。


———そもそもゲーグナーとは何なのだろう?


―――戦う手段は?


―――戦わないという選択肢もあるのか?


———願望を持たない者は本当に自分だけなのか…。


一つの疑問も片付けられないというのに頭の中では様々な疑問が破竹の勢いで浮上する。


冷ましても消えない「知りたい」という熱が膨れ上がり、それによって止めどなく生み出される疑問のあぶくが男の小さな自我を徐々に圧迫し、やがて泡の網が男を飲み込もうとしたところで男は深く息を吸い始めていた。


「…ほっ」


助かった…と内心思いながら凝り固まった感情を可能な限り吐き出し、ただひたすらに頭の中を空っぽにするように努める事とした。



―――――自分が、今すべきことは何だろう?



その一点にのみ意識を集中させて男は思考する。


今の自分に無いもの―――それは【願望】である。

かなえたいもの、自分が最も欲するモノ‥と色々考えてみても今は「自分」のことぐらいしか思い当たらないが、それでも〝自身が何者であるのかを知る〟という、何とも自分勝手な【願望】でも許されるのならば…。



「———————。」



そして、男は再び前を向く。

凛と澄んだその黒い瞳は世の善悪・表裏を知らない純粋無垢の塊。ほむらの如く煌々とうねり・・・上がった前髪に加え、頭頂部には狼や狐に通ずる獣耳のような髪を構えており、その特徴的な髪型と目はさからんと燃え始めた幼火。無限の可能性を秘めた生命の燈火ともいえる力を持ったものだった…。




男の名は灰原はいばら 熾凛さかり


記憶は無く、何も持たず、何も知らない無知で愚かで空虚な存在である。



そんな男が初めて決意したのは自らを知るという【願望】ではなく、…この未知に溢れた世界——「神」を名乗る創造主によって創られた「神様ゲーム」で生きること。


打ち立てた仮初の『願望』を叶えるべく選んだ人間らしく在らんとする下手くそ・・・・な生である。


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