32話  それぞれの思惑

 紫の魔法陣……


 通常であれば紫の魔法陣は失敗を予兆させるものであるが、先の天候を操るノゼの魔法は見事に成功していた。


 今回のもヤバそうだな


 人知を超えた魔法を何度も目撃したベアは、ノゼの魔法の脅威をよく知っていた。


 ベアは慌ててリンを見る。

「リン! 下手に動かない方が良い! 私達2人は大丈夫だと思うけど……何が起こるか分からない!」


「うん。安心してほしいのね……。動けないから」


 ノゼの魔法を間近で、しかも初めて見たリンは全く動けずにいた。


「……」


 2人の硬直が1分程経過した後、ノゼはパチンと手を叩いた。

 そしてベアとリンに静かに語る。


「もう大丈夫だ。終わったぞ。ここにいるお主達以外の者は全員、先ほど起きたことを忘れておる」


「忘れている……?」

 先ほどの大事件をそう易々と忘れられるものか。

 ベアは半信半疑であった。


「私の記憶操作によってあの小太りの馬鹿の顎に、隕石落下したことになっている。イシカワが咄嗟にかばったお陰で直撃は間逃れたのだ……。我ながら笑える設定だが、2人とも話を合わせるようにな」


「ぷぷ、何なのね、その設定」

 ノゼの唐突な説明にリンは吹き出してしまった。


「確かにアホらしい設定だなー。衛兵の反乱ってことにすれば良かったのにな!」


 ベアも気が抜けたのか、椅子に深く座る。

 体の力が抜けていくのを感じるのと同時に、ベアはとある疑問を持つのであった。


 うん……? なんでリンの記憶も残したんだ? リンに魔法を見られるのは大丈夫なのか?


「あのね、ところで……」

 ベアが考えているとリンが口を開いた。

「ノゼさんさんね、あなたもしかして魔王か……竜族の王か何かなのね?」


「!?」


 リンのズバリ的を得た問いにベアは言葉を失った。


「ガスタマニアの闘いとさっきの魔法を見る限りね……あれは魔法を創造することができる人種なのね」


「魔法を創造!?」

 思わず声を出すベア。


「そうなのね。この世界の魔法はかつて神と呼ばれた『信者達』によって創造されたと言われているのね。魔法がなぜ発現するのかまだ解明されていないけど……魔力を持った者が、魔法陣を思い描けば誰でも魔法を発現させることができるのね」


 ベアは「そうだったのか」と相槌を打つが、いまいちピンと来ていないようである。


「紫の魔法陣はね、本来は魔力の暴走と呼ばれているけど、あれは魔法の創造と紙一重なのね。それに……もっと確信的なことを言うとね、神と呼ばれた信者達はね、紫の魔法陣を操ることができたと言われているのね」


「……」


 リンの丁寧な説明を前に暫く黙っていたノゼであったが、深く頷いた後、すぐにリンを見つめる。


「リンよ、お主の説明通り私はこの世の支配者。つまり……」

 ノゼは軽く息をふーっと吐き覚悟を決めた。


「魔王である。ノゼは私の本名、ノゼ・ガルーディアからきている」


「お、おい!  ノゼ、お前それ言って良いのかよ!?」

 思わずベアが話に割り込む。


「いくらリンが『武器こよの会』の副リーダーだとしても!  バレちゃまずいだろう!  それとも……まさかリンにもさっきの魔法使うつもりなのかよ!?」


 ベアはリンを庇うようにノゼの前に立ちふさがり、睨みつける。


「さっきの魔法は割と魔力を使うからな……やめておく。それにリンよ、お互いの秘密交換といこうじゃないか。お主は、何代目の鍛冶屋頭首なんだ?」


 頭首……?一体何の話だ?


 ベアは話についていけず、疑問が頭を駆け巡る。


「私はね……、8代目の鍛冶屋頭首なのね。今は9代目に引き継いだのね」


「そうか……では聖剣エクスカリバーを作ったのはリンの父か……?」


「あれは……あれは私のおじいちゃんとお父さんが作ったのね。私はまだ生まれてなかった」


 聖剣を作った??  何を話しているんだ!?

 ますます混乱し、頭から煙が吹き出しそうなベアであった。


「リンよ。端的に言うぞ……。その聖剣エクスカリバーは私の城に保管してあり、その聖剣が部下によって破壊されようとしている。私はそれを阻止したい」


「おい!  全部言っちゃったよ!!」  

 ベアの声が酒場に響き渡る。3人以外は未だ意識が戻っていないが、ベアの大声に何人かがピクッと体を動かした。


 慌てて口をふさぐベアを見てノゼがため息をついた。


「私はな……あの聖剣をどうしても振るってみたいのだ。あの神々しく鮮やかな聖剣を!  だが、あの武器を魔族が扱うことは不可能でな」

 ノゼは自分の手を大きく開く。


「武器の頂点、いや万物の頂点と言っても過言ではないあの聖剣を破壊するなど……愚の骨頂!  あの武器こそ世界最強なのだ!」


 ノゼは顔をしかめ、拳をぎゅっと握りしめた。


「そう言って貰えておじいちゃんとお父さんも嬉しいのね。ありがとうノゼさん……でも……」

  少し戸惑いながらもノゼ達の真剣な表情を見て、リンも覚悟を決めた様子であった。  

 その内に秘めたものを明かし始める。


「でも……あの武器には弱点があることは知っているのね?」

リンは上目遣いでノゼ達の反応を見つつ、話を続ける。


「おじいちゃんとお父さんは……あの武器にわざと弱点を残したのね。いつか勇者が私利私欲のために聖剣を振るう時が必ずくると言ってた。だから、アルテイタトを少し改良して、サクラミ樹林帯のとある水に弱くしたのね」


「リンも聖剣の弱点を知ってたのか!?」

 ベアが前のめりになりながらリンに問う。

 それを聞いたリンも少しばかり驚いている。


「え!?  じゃあやっぱり魔王軍ももう知っているのね?  聖剣がノゼさんの所にあるということは……聖剣破壊まであまり時間がなさそうね」

 リンの発言に、ノゼがこくっと頷く。


「部下からの魔法レターによると聖剣破壊は着々と進み、あと4ヶ月程で完全に破壊できるそうだ」


「そうなのね……」

 一呼吸置き、深いため息が後に続く。リンのため息は重く、3人にのしかかるようであった。


「ここからは更に悪いニュースだけどね……」

 リンは下を向き、話を続けることを躊躇っていたが、ノゼの「大丈夫」という力強い言葉にリンは意を決する。


「私の一族の中に、聖剣を作るのに反対してた人達がいたのね。勇者なんか信用出来ないって主張していたの。でも武器を作るのが一族の使命だから……最終的にはその人達も作ることに賛成したのね」


「その反対勢力が問題なのだな?」

ノゼはほぼ話の内容を理解したようであった。


「そうなのね。その反対勢力が、ここにきて聖剣破壊に本格的に乗り出したのね……」


「え!  何だよそれ!?  反乱ってことか !?  リンの一族のことは良く知らないけど……普通じゃないだろう?」


 魔王軍以外にも聖剣を破壊しようとする奴らがいるのか!?

 ベアの表情は苦悶と焦燥に満ちていた。


「ベアの言うとおりなのね。普通は反乱なんて起こさない。一族の掟に逆らうってことは、反逆罪で大罪になるから……。でも事実、ここ最近で、反対勢力が一斉に村を出たらしいのね……。だから私はきっと裏で何者かが手をひいていると思うのね」


「……竜族だな」


 ノゼが間髪入れずに即答する。

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