4話 ひらめきは暴走と妄想から

 アイの研究所に向かって一直線に歩を進める魔王。

 研究所は魔王の城を正面に見て、庭の西側に位置している。

 庭の西側の建物には、アイ、ダイヤ、アーム専用の建物が並び、東側にはフレアとクールの建物が並んでいる。

 幹部達はそれぞれ東西南北の領域をそれぞれ任されているため、招集や会議がある時以外は、幹部が魔王の側にいることはなかった。


 その日、アイは研究所に設置してある大型の炉を使って『鉱物アルテタイト』を溶かそうとしているところであったが、只ならぬ気配を一階の玄関から感じ、急いで階段を駆け下りた。


「これはこれは魔王様、このような研究所にどのようなご用件でございましょう」


「先程の会議で伝えわすれたことがあってな。その確認をしに来たのだ」

 魔王はさっきまでの興奮を抑え、淡々と話す。


「お主達幹部は…私とは距離を取って接しておるよな?私はそれは尊敬の念からくるものだと理解しているし、尊重もしたい。そのためにお主達には自由裁量、最終決定権を与え、各自の判断で行動できるようにしている」


 アイは頭を上げ、魔王の話を真剣に聞いている。

「だがしかし、聖剣エクスカリバーの件については、緊急性や脅威レベルの高さを鑑み、アイには随時、私への連絡や報告を行って欲しいのだ」


「……」

 アイは何と言って良いか分からなかった。連絡、報告、これらは当たり前のことであるが、裏を返せば信頼関係の低下をも意味している。


 アイには任せられない


 そう魔王が思っていると考えるのが通常であった。

「わ、私目はそれほどまでに、今回の件で信頼を無くしてしまったのでしょうか!?」

 アイの足が震えた。そんなアイを見て魔王は間髪入れずに答える。

「それは違う!聖剣破壊の件において、お前ほど信頼できる者は他にいない。お前も知っているであろう。この件は私の生命に関わる重大事項。私自身が積極的に関わらないと気がすまないのだ。これはある種、私の我儘と思ってほしい。」


「我儘なんて、そんなことはございませぬ!私目がしっかりしていれば良かったのでございます。しかし、魔王様と共にこの件に関わることができる喜び、大変光栄にも思っている次第でございます!」


ここで魔王はゆっくりと語りかける。

「ならばアイよ、私と共に聖剣破壊を目指してくれるか。」


「もちろんでございます。このアイ、全身全霊でこの件に取り組む予定でございます」


魔王はアイの言葉を聞き、辺りを見回す。

「よし!では、さっそくではあるが今後のスケジュール表を提出せよ。また破壊方法の案も教えてほしい。そしてあの神々しくかっこい…い……」


 魔王は少し下を向き、「おほん!」と咳払いをする。

「あの忌々しい聖剣を今一度見たいのだが、可能か?」


「もちろんでございます!ささ、こちらへどうぞ!」

 アイはなんの疑問も持つことなく魔王を聖剣の下へ案内する。

 聖剣は地下に厳重に保管されており、見るためには複数の扉をアイの特別な鍵を使い開ける必要がある。無理にこじ開けそうとすると、最大級のトラップ魔法が発動され、その威力は幹部ですら無事では済まないと言われていた。


ガチャ、ギィィィ!

 アイが重々しい扉を開ける。


「こちらに聖剣が保管されております。呼び出しますので、今しばらくお待ちください」

 その場所は部屋というよりは洞窟にちかく、岩を削って作ったような空間で、こじんまりしていた。部屋の中央には大きな穴があり、底が見えない。


 アイはその穴の前で両手を広げ呪文を唱えた。

「天地深くに眠る厄災よ。己の支配者からの呼び出しに応えるのだ……エクスカリバー!」


 ゴォォォーーー!


 何かが上がってくる音が鳴り響き、薄暗い部屋が次第に明るくなっていく。

「おお、来るのか……!」

魔王の目が輝き始めるが、アイはまるで気づいていない。


 そしてついに聖剣が姿を現した。

「……久しぶりだな。この聖剣を見るのは」


「魔王様にとっては憎っくき剣でございましょう。心中お察し致します」


  魔王は聖剣に向かってゆっくりと歩を進める。

 …素晴らしい。

 魔王はこみ上げる感情を切り離し、右足を後ろに下げ、体を構えた。そして次の瞬間、


 バギィーーン!!


 魔王の渾身のパンチが聖剣に向かって放たれた。

 これ以上ない威力。力の真骨頂であった。

 しかし聖剣は「キィーン」とその力を受け流し、何事もなかったかのようにただ悠々と立っている。


「ま、魔王様、一体何を!?」

アイがあたふた慌てている。


「やはり簡単には壊れぬか。アイよ、今一度、最高の力でこの聖剣を破壊しようかと思う。すまぬが、席を外してくれぬか?」


「はい、すぐさま!」

 アイは急いで部屋を後にした。


 ……行ったか?

 静まり返る部屋で魔王はゆっくりと頭を下げる。


「す、すまぬ!!今の攻撃はなしだ!!」

 魔王は渾身の思いで聖剣に謝罪した。

「許してくれ!!部下が見ている以上、仕方がなかったのだ……!本当は、本当はな……」


  聖剣に取り憑かれた魔王がここにいた。

 一見滑稽な情景であるが、それほどまでに聖剣は見る者を魅了するのである。


「これでどうだ!」

  魔王一歩さがり、頭を冷たい地面についた。もちろん聖剣からの返答はない。

「許してくれないのか!?このようなことは金輪際、一切ないと思ってくれ!」

妄想と暴走。魔王を止める者は誰もいない。

「とはいえ、滅多にないチャンス……。せ、せっかくだから、せめて、お主に触れさせておくれ。一度で良いから。あの凄まじい破壊力、今一度、見せてくれ!」

 魔王が聖剣を握ろうとする。すると


 バリバリ!


  聖剣から白い雷が放たれ、魔王に猛威をふるう。

「やはりだめか。選ばれし勇者しかこの聖剣には触れないか……」


 魔王は取り乱したように頭をかきむしる。

「何故だ!不公平ではないか!私は1人の聖剣ファンとして触りたいだけなのだぞ!ある意味、私は勇者という存在から最も遠い所にいる!……一度で良いから、世界最強の武器、お主を振ってみたい!強い武器とは、男の夢なのだ!この願い叶わぬのか!」

 そして魔王は地面を見つめ、思考を巡らせ始める。


 そして数十秒後、魔王の脳内でとある案が思い浮かんだ。

「まてよ……。もし私が勇者になれば……。私が仮にでも勇者になれば、聖剣を扱えるのではないか?」

 暴走とも思える魔王の案。

「なんだ簡単なことだったではないか!!……しかし魔王である以上、勇者になることはまず不可能……」

 魔王はさらに熟慮する。


「ならば、魔王という身分を隠しつつ、勇者になるのはどうだ……?お忍びで、さらっと勇者になれば何も問題ないのではないか。しかも私が勇者になることで、勇者という脅威を排除できるのでは」

 魔王の考えは論理的であった。しかし実現するには数々の課題が発生するのは目に見えている。

 

 ギィ


 静かな空間に扉を開ける音が響く。

「魔王様、先程の炸裂音、いかがなさいましたか!?」

魔王の身を案じたアイが扉を開けたのであった。

「え!?魔王様!大丈夫でしょうか!どうなさりました!」


  魔王が聖剣を向いて膝をつき、頭を下げている。


 異常事態。

 アイは急いで緊急医療班を呼ぼうとする。


「アイよ!私は大丈夫だ。このすば……忌々しい聖剣の耐久性は私の想像を遥かに超えていた。まさか私を攻撃してくるとは」

 魔王の目が激しく動く。


「なんと、魔王様に攻撃を!?なんと愚かな!憎たらしい駄剣め。今すぐに壊してやりたい!」




「そんなこと言うな!!」





 咄嗟に聖剣をかばった魔王の目は回遊する魚のごとく右往左往していたという。

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