百二.メンディ
俺達は現在、でぶ鳥の引く馬車(鳥車)に乗って町を目指し夜間進行している。
川を地下から越えた先にはまたしてもファンタジーって感じの草原が広がっていた。灯りと呼べる灯りはないが、夜空に満天に広がる無数の星達と超デカイ紫色の月みたいなものが道中を照らしていて視界に困るという事はない。
空気も澄んでいるし、魔物の気配もない。
俺とムセンは見張りを兼ねて馬車から外をぼんやり眺めていた。だもん騎士と骨っ娘は交代で仮眠を取っている。
「なんという心地良い行軍だ」
「本当ですね……辺りも静かで……景色もとても幻想的で……私のいた世界ではとても見れない光景です……シューズさんを救うというのに呑気に夜景を楽しむというのも申し訳ありませんが……」
「ずっと気を張っていても仕方ないだろう、休むべき時には休み、やる時は全力。それが亀仙人の教えだ」
「……すみません、どなたですかその方……」
ムセンは世界的漫画を知らないようだった、仕方ないやつだ。
「当たり前じゃないですか! チキュウの文化なんですから! イシハラさんはチキュウの事『マジメンディー』とか言って教えてくれませんし!」
当然だ、マジメンディー。
「それよりも、ですわ。イシハラナツイ、ムセンアイコム。今一度確認させてはいただけないこと?」
でぶ鳥に乗っているですわ騎士が突然声をかけてきた。
「貴方がたの目的はセーフ家三女を救う事……と仰っていましたが……一体何からですの? セーフ家三女は自らの意志で縁切りされた軍事貴族……家族の元に戻っているのではないのですの?」
「………そうです」
「でしたら貴方がたの目的はセーフ家三女を無事にイルムンストレアまで送り届ける事ですの? つまり魔物から守る事を目的としていますの?」
「何故今さらそんな事を確認するんだ?」
「……単なる確認ですわ、わたくし達は貴方がたの護衛も任されている、一体何から守るのかを明確にしておきたいのですわ。そうしないと判断に迷う場面が必ず出るのですのよ」
ふむ、なるほどな。何となくこいつの言いたい事はわかった。
「だから今一度確認させて頂きますわ、最悪の場合……貴方がたは『守護貴族』と呼ばれるセーフ家……ないしはイルムンストレア国と事を構えるお心づもりがあるのか、という事を」
「場合による」
シューズの過去の話から鑑(かんが)みるにその可能性もあるかもしれないというのは懸念している。もちろん、そんな面倒事を増やすのは絶対にごめんだけど。
「え?……え? イシハラさん、ツリーさん……一体どういう事でしょうか?」
「既にセーフ家とは縁を切ったセーフ家三女が『何らかの理由』で国へと戻るのですのよ? 門前払いで済めばよろしいのですけど……最悪の場合、争いになる可能性があるという事ですわ」
まぁそうだろう。
シューズは何らかの過去の精算をしに家へ戻った。その目的を遂げない以上、こちらに戻ってくる事はないであろう決意をもって。
そうするとどうなるか?
①門前払いされて帰される。
だけならいいが、
②シューズが拘束、若しくは処刑される→それを助けるために俺達はシューズの家族と争い事になる。
③シューズが家族に迎えられる、が、目的を果たしたいシューズはまた家族と揉める→争い事になる。
と、なるのが目に見えている。
単なる予想に過ぎないけど。しかし、大体悪い予感だけは当たるというのがこの世の不条理。
「………」
「そうなった時、貴方がたは国を敵に回してまでセーフ家三女を救うのか、と聞いているのですわ。最悪……ウルベリオンとイルムンストレアはその火種により関係悪化……戦争になる事だってありえるのですわよ?」
「………」
「そうなってしまえばわたくし達は貴方がたの味方になれるかさえわかりません事よ? もしも……」
「勿論、そのつもりです」
そうはっきり答えたのはムセンだった。
「詳しい事は私にはわかりません、シューズさんがどのように目的を成すつもりなのか……目的が何かでさえ。けど……シューズさんは悪い事をしに行ったんじゃない、人々に迷惑をかけるような事をしに行ったんじゃない、それくらいは短い付き合いの私達にもわかります。シューズさんはそんな人じゃありませんから」
「………」
「だったら……私達は全力でシューズさんの味方になります。たとえ……それで誰を敵に回しても……私達はシューズさんの味方でいます」
「………何故ですの? 貴女はセーフ家三女の何を知っているというのですの? オルスに来てからそんなに経っていないというのに……」
「天真爛漫で、マイペースで、可愛らしくて……私の友達で同僚(しごとなかま)の警備兵です。いっぱい知ってるじゃないですか」
ムセンはしっかりとした物言いでそう言った。
その顔と眼は揺らぐ事はない、ですわ騎士を真っ直ぐ見据える。
「………………………そうですの……なら、いいですわ」
ですわ騎士はそう言って前を向き直した。もうそれ以上、ですわ騎士は疑問や質問を投げ掛ける事はなかった。
「………ふふ、随分と変わったな。アイコム、最初に会った時は頼りなさそうな印象を受けたが……」
「アクアさん……起きていたのですか」
「つい先ほどな。話は聞こえていた、安心しろ、私はナツイとアイコムを守るよ。無論、セーフ・T・シューズの事もだ。何があろうと……貴様らはウルベリオンの民だ、それに仇成す者は私が許さん」
「アクアさん……」
「それに……ナツイがいればそんな心配は無用だ。彼ならきっとどんな状況に陥っても切り抜けてくれる、そんな気がする」
「……そうですよね! イシハラさんなら全てを掬いあげて救ってくれるとそう信じてます! 私も……もっと強くなって……必ずお役に立てるように頑張ります! ですから……」
「ZZZ」
「……もう寝てます……ふふ、あなたのマイペースさには慣れましたからもう驚きませんけど」
すると、荷車の車輪が岩か何かに乗り上げたのか一瞬大きく揺れた。
「きゃぁっ……!!」
俺は寝ているので自分で重心を支えきれずに体は一瞬宙に浮き、慣性の法則により前へとよろめく。
「イシハラさんっ……!」
それを俺の前にいたムセンが抱き止める。
勢いにより後ろに倒れこみそうだったが、ムセンは踏ん張ってなんとか俺を支えたようだった。
「だ、大丈夫か?アイコム……」
「へ……平気ですっ……………」
「ZZZ」
「……ナツイはまだ寝ているようだが……よく支えられたな……どこも痛めていないか?」
「大丈夫です………いつか、どんな場面でも……こうやってイシハラさんを支えていけるようになりたいから……絶対……なれるようになりますから……」
「ZZZ」
「ですから……イシハラさんも無理はしないでたまには私を頼ってくださいね?」
ムセンは俺を抱き留めながら小声で俺に言った。
「……ふふ、イシハラさんもやっぱり寝ていると普通の人なんですね。寝顔も……凄く……その……愛らしいというか……」
「ZZZ俺はいつも普通だぞzzzz」
「きゃああっ!? 起きてたんですか!? そういえばいつも思っていたんですけどそれ寝言なんですか!?」
「ZZZ寝ながら起きている、半覚醒というやつだzzzz」
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☆一流警備兵技術『不動の極意』
・意識を保ちながら身体を休息させる技術。これにより睡眠を取りながら周囲の把握も可能
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「それ技術だったんですか!?」
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