十四.愛米
それから試験は何事もなく進んでいった。予想通り、次は秘書女が魔法みたいなのを使って試験室内を極寒仕様にした。
──七時間経過時、ムセンの呟きが聞こえた。
「イシハラさんの言っていた通り……猛暑の次は極寒ですか……念の為スーツの機能を変えていてよかったです……このスーツは旧型なので耐熱耐寒を切り換えるのに少し時間がかかるんですよね……さすがイシハラさん。また私を助けてくれました……どれだけ先を読んでいるんでしょうか……あの人は……」
──八時間経過時、眼鏡秘書女が今度は室内で雨を降らせた。
しまった、雨合羽を転生時に置いてきてしまった。水に濡れると制服が臭ってしょうがないんだ、帰って洗濯しなければ。
【属性検定(まほう)【水】二級技術(ハイクラススキル)『スコールレイン』】
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◇主観によるMEMO
・属性検定【水】二級取得により使用可能になるとかいう技術。無から水を産み出し操作する事が可能、それを雨のように降らせる技術っぽい。
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「寒いと思ったら今度は雨降ってきたぁ、すごいねー室内なのに。んー、でもちょうど良かったぁ。ちょっと喉渇いてたんだよねー、いただきまーす♪」
そんな事を考えていると、水色髪の女は小学生みたいに天に向かい口を開いて水分補給していた。バカなのかあいつ。
──九時間経過時、ハゲのせいで再び室内気温が40度くらいにされる。
生き残っていた俺以外の三人の面子は予想通りだった。残り一時間、それぞれがそれぞれぶつぶつ呟いたりしている。
「ぅぅぅ……暑かったり寒かったり……きつい…やめてしまいたい……しかしあと少しなんだ……家族を養っていくために私がここで負けるわけにはいかないんだ……っ!」
「あー疲れたぁ、でもそろそろ終わりだねー♪」
「ふぅ……やっぱりイシハラさんの言っていた通り……少し前にトイレに行って正解でした。今まで長い時間耐えてきた分、ラストスパートの残り時間がほとんど無いに等しく感じます。そのための戦略だったのですね……やはり凄いですあの人は………でも、これでようやく私もイシハラさんと同じスタートラインに並ぶ事が……できたんですね! まだまだ頑張ります!」
もうこれで決まりだろう。俺は切り替えて、再度『フレアおばさん』の脳内読書を開始した。
『そう、フレアおばさんの死中の秘密。彼女はにこやかに微笑みながら銃を暗殺者に向けた。何故彼女は迫り来る銃弾全てをわざと喰らったのか……それは……』
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〈十時間経過.試験終了〉
「はい、お疲れ様でした。一次試験合格者は4名ですね、名を呼ばれた者はこちらに整列してくださいね」
試験ナンバー1番 【セーフ・T・シューズ】
試験ナンバー21番 【スズ・キイチ・ロウ】
試験ナンバー55番 【イシハラ・ナツイ】
試験ナンバー56番 【ムセン・アイコム】
「ちぃっ……! 厄介者ばかり残りおったか……だが浮かれるな! 貴様らがグズな事に変わりはない! ようやく人としてのスタートラインに……」
「マルボウ、今はいいですから休ませてあげましょうね。皆様、次の試験は明日となりますので本日はお休みくださいね。一次試験合格者で希望する者はこちらで食事と寝床をご用意致しますので仰ってくださいね」
「…………」
なんかハゲが秘書に黙らされてる。どっちが上の立場かわかりゃしないな。しかし、食事と寝床つきとは中々待遇がいい。さすがに腹は減ったしここは思う存分利用してやろう。
「はぁ……はぁ……良かっ…………た。リィナ……お父さんやった……ぞ……」
バーコードハゲのおっさんはフラフラになってか細く何かを呟きながら地面に倒れた。
「! だ、大丈夫ですか!?」
おっさんにムセンが駆け寄った。このおっさん相当無理をしていたからな、試験中一滴も水分補給すらしてなかったし。
見上げたおっさんだ。
「ムセン、俺がおっさんを運ぶから回復してやれ。そこにいる大神官様とやらも手伝え。たぶん脱水症だろう」
「はい! わかりました!」
「お任せください、イシハラ様」
「では救護室までご案内しますね」
「んー、じゃあアタシも行くよ。落ち着いたら話、させてね?」
おっさんを運んでいくと何かぞろぞろついてきた。一次試験合格者の変な女と取り巻きの暇人達まで。滅茶苦茶邪魔だ。
*
〈試験会場内.救護室〉
「すぅ……すぅ……」
おっさんは無事回復した。過労と脱水症のようだったが重度ではなかったのと大神官様とやらの回復魔法で一気に顔色が良くなり大事には至らなかった。
今は安らかに眠りについた。死んだわけじゃないぞ。
「では……私はこれで。イシハラ様、ムセン様。これからのご健闘もお祈りしております」
大神官様とやらは帰っていった、何の為にここに来たんだろうなあの美人。というかいつの間にいたんだ。
「ワタクシも仕事がありますので失礼しますね。この会場内の施設は自由に利用して頂いて構いませんが……一次試験通過者のみという事で。利用時間を過ぎたり不正利用をした不合格者の皆様は強制退去させて頂きますのでね。それでは」
副試験官の秘書もどっか行った。救護室には俺とムセン、変な女とその取り巻きどもが残っていた。
早く帰れよこのくそファンクラブども。まぁどうでもいい、俺も休むとしよう。
「あ、ねぇねぇ話しようよ。イシハラ君」
なんか変な女に手を握られ引き止められた。なんだこいつ、俺に何の用があるんだ。
「イシハラさん……そのお方……お知り合いですか……?」
「そんなわけないだろ、こっちに来てずっと一緒だったから知ってるだろう。この世界に知り合いなぞいない」
「そ、そうですよねっ」
ムセンもなんか変な顔して睨んできたり機嫌良くなったりわけわからん様子だ。
「アタシはね、【セーフ・T・シューズ】っていうんだ。シューズでいいよ? アタシ……君に話があるんだよー。でもその前にさー、今ずっと一緒にいるって言ってたけどそっちの子はイシハラ君の彼女?」
「……んなっ!?」
「違うぞ」
「……………………そ、そうですけど……そんな抑揚無くきっぱり言わなくてもいいじゃないですか……はぁ……まぁ、貴方ならそう言うのでしょうけど……」
なんか取り巻きどもも俺を睨んだりムセンが百面相したりてんやわんやになっている。いい加減にしろ、俺は腹が減ったんだ。こんな騒ぎに付き合っている暇などない。
「そっかぁ、じゃあいいよね。アタシ、イシハラ君に頼みがあるんだー」
「………………一体何でしょうか?……面識の無いイシハラさんに頼みとは? イシハラさんを何かに利用しようとしているのでしょうか……? それは私が許しませんよ!」
「イシハラ君、アタシとさー結婚してほしいんだ」
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