第41話死の臭う街、死の襲う城
「本当に人影はおろか気配すらしないとは。」
ヴォルフガング等冒険者の一団はそれぞれ分かれて調査に乗り出している。
とはいえ、表面上は普通の街だった。誰もいないという点を除いては。大通りから小道に入って見てみてもそれは同じで、大人や子供は言わずもがな猫やネズミの姿さえなかった。
「不気味でやすねぇ、ヴォルフさん。見た感じは何もなさそうでやすが、何かありそうでやす。」
隣を歩くゾルタンが言う。この男は鈍い様に見えるが存外鋭い。見た目は小狡い痩せた盗賊の様に見えるのだが、実力のある冒険者でヴォルフガングとはもう長い。
「通りを歩いているだけではただの観光ですし、家の中も調べてみましょう。家人がいれば何かしらの対応もあるはずですし。」
後ろからヴィートの声がする。確かに道沿いに歩いていても仕方ない。何もないかもしれないが家の中を調べてみるのはありだろう。
「お、お邪魔しま~す。」
ヴォルフガング達に続いてヤナも民家の中に入っていく。多少おっかなびっくりだが、不気味な無人の街で危機感を持たないよりはずっといい。
一同はさして広くもない民家の中を物色、もとい調査していく。
とは言え
「目立った物は何も無いか、普通の民家だ。他の家も同じだろうな、これは。」
とりわけ目立った物がある訳では無かった。家人がいないと言うだけで普通の民家。家具も雑貨も民家相応と言えるだろう。生活感は無かったが。
「おかしな街だ。家の中には家具がある。引っ越した訳じゃないという事だ。しかし人の姿は無し。流行り病の類にしてもおかしい。」
今すぐここに住んでも不自由しない程度に家具は揃っている。どこの家もそうなのか、この家だけたまたまなのか。
「ヴォルフ、来てください。」
ヤナが大きな声でヴォルフガングを呼んだ。声のした方に目を向ければ、どうやら地下があったらしく、ヤナはそこで何かを見つけたのだろう。
「どうした、ヤナ?」
地下に降りてヤナの視線の先をみれば、そこには人が丁度一人入りそうな箱が四つ程置いてあった。
「これは、棺か?」
この世界で使うものとは少し形が違うが、パっと見でこれは棺だと思える物だった。
流石に中を改める気にはならなかったものの、墓では無く家の地下に棺を置くと言うのはどうなのだろうか。そういう文化、風習だと言ってしまえばそれまでなのであろうが。
しかし腑に落ちない。未来永劫一族が動かないのならばともかく、そうでなければ棺を家の地下に置くと言うのは無理な話だ。一同は他の家も見て回ったが、どこも大体一緒。家具はそのままで、棺が地下にあった。
違和感を感じたのは数軒回って出た所だ。ヴォルフガング達は立ち止まり、考える。
「どの地下も、地下独特の臭いはしたが、腐臭がなかったな。」
そう、地下に棺なぞおけばどういう事になるかと言えばそういう事になる。中に何も入っていなかった訳では無い。いくつかの棺を一応揺すってみたが、ちゃんと中に収められている重量感があった。
「死者の街だな、まるで・・・」
外に出たヴォルフガングが呟く。生きた人間に遭遇せず、地下の棺に眠る者達の為の様な街。街が一つの墓場に思えてくる様な感じに思わず背筋が寒くなる。
「街はもう良いだろう、冒険者達を集めて城の方に向かうぞ。アチラならば何かあるかも知れん。」
落ち着かないソワソワした感じを払しょくするように、ヴォルフガングはゾルタンに目配せした。そして大通りに出ると、ゾルタンは狼煙を上げる。集合の合図だ。
「どこにも人影は無し。家の地下に棺というのはどこも一緒か。こぞ、アルベールのパーティに合流して俺たちも城を調べるぞ。」
そうしてヴォルフガング達は冒険者を引き連れて城へと向かった。
一方
跳ね橋の下り切った所でアルベール達が見たのは、帰ってこなかった兵隊二百名だった。
「あれって消息不明の兵隊さん達じゃない?今まで中に捕らわれていたって事?」
セリエ達は頭に疑問符を抱えつつ、彼らを見る。格好は確かにリッシュモン王国の兵隊のものだ。しかし様子がおかしい。隊伍を組んで整然と歩いてこなければならない兵士の足取りは皆覚束ない様に見える。しっかりと握って穂先が上を向いていなければならない槍も、だらんとだらしなく持っているだけの様だ。
「ウォール!」
アルベールはいきなり魔術を使い、跳ね橋の上に土壁を展開していく。それも一枚や二枚ではない。波状に幾重にも壁を作り出し、兵士たちの行く手を阻んだのである。
「おいおい坊主、なにしてんのさ。これじゃぁ兵隊さんたち困っちゃうぜ?」
ジョンが困惑して言う。しかしアルベールの顔は鬼気迫っていた。
「皆武器を抜くんだ!彼らはもう生きていない!」
アルベールは彼らの姿が見えた時、遠視の魔術で彼らの様子を間近に見た。
鍛えられ、口元をしっかと締めて行進する王国の兵士達。その姿は今の彼等には見られない。
だらしなく開いた口からはよだれが流れ、目は焦点も合わず虚ろだ。列など端から無いかの様にバラバラで、土気色の顔色に生気などあるはずもない。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ!」
先頭の兵士たちが叫ぶと同時にこちらに走り出す。生きているとか死んでいるとかではなく、敵意丸出しのその叫びにはおよそ理性と言うものが感じられない。
人間の命を弄ぶ邪法。リッチの使ったあの魔法の道具と同じ物を使ったのかどうかは分からない。しかし眼前の兵士たちはその命を奪われ、そして操られているのだろう。
目前に見える死者の群れ。死が明確に敵意を持ってアルベール達を襲わんとしていた。
「何と邪悪な。またも人の命を弄ぶ不届き者か。」
ジェラールは剣を構え憤っている。そしてそれは皆同じだ。
「近づかれる前に遠くから魔術で仕留めていくしかない!」
そう言ってアルベールはウインドカッターを撃ち出す。兵士たちは二百人、近寄られてしまえば多勢に無勢だ。それにこちらに敵意をむき出しにはしているものの彼らは被害者だ。はっきりと視認できる所からの戦闘となればともすればこちらの戦意が挫かれかねない。
彼等とて国の為に戦う兵士だったのだ。好き好んであのように操られている訳では無い。さりとて、これを撃破しなければまず間違いなくアルベール達は殺されるのだ。
殺られる前に、殺らなければならない。
跳ね橋の向こうの兵士達、跳ね橋に作られた壁。魔術を使って戦えるのは四人。マリオンも来てはいるが、向こうの世界とは魔術の成り立ちが違う可能性がある以上彼女は魔術を使えないかも知れない。
大きな魔術も使えない、もし跳ね橋を落としてしまえば事だ。城の中には確実に悪意のある者が潜んでいる。中に入れなくなるような、或いは入りにくくなるような事態は避けた方が無難だろう。
ともあれ眼前の二百名をどうにかしないといけない。こちらは七人。冒険者達が騒ぎを聞きつけて助けに来る事を視野に入れても、それまで持ちこたえなければならない。
気持ちの良い初夏の昼下がり、空の下は鉄火場と化した。
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