第33話たまには普通の依頼を

 アルベールとミリアムのお出かけから数日が経過した。王都はいつもの賑わいを見せている。


 訓練は順調に進み、三人の実力も上がってきている。




 とはいえ、先日の事件から仕事をしていない。実力が上がったのは確かだが、実戦で生かせないようでは仕方がない。そこで五人は、北の村で目撃された魔獣グリフォンの討伐依頼を受けたのだ。




 グリフォン。頭と前足が鷲のそれで体がライオンというこの魔獣は、飛来して獲物を補足すると一目散に飛び掛かり獲物を持ち去ってしまう。人間は襲われてはいないものの、家畜が被害に遭う。


 勿論北の村にも既に王国の兵が駐屯している。しかしグリフォンが獲物を持ち去るのは一瞬の事で、対応しようとしても直ぐに逃げられてしまうのだ。




 これをどうにかして欲しいと言うのが依頼の内容である。しかしそんな魔獣を一体どうすればいいのか皆分からず、冒険者ギルドの依頼の中に埋もれていたのだ。




「要するによぉ、巣を叩けって話な訳よ。矢を番える暇も無いってんなら、おねんねしてるとこに乗り込めばいいのさ。」




 意気揚々とジョンが言う。北の村への道すがら、いつものメンバーと談笑しながらの移動である。




「ジョンの言う通りだな。私なら遠視の術が使えるし、飛び去ったグリフォンを魔術で捕捉すればいい。そして巣を見つけたら、改めてそこへ乗り込めばいいんだしな。」




 依頼書から判断するに、グリフォンは馬より二回りほど大きいとの事。他に攻撃の手段を持つかどうかは分からないが、恐らく無いだろうという見解だった。




「巣まで行ったとして、飛んで逃げられないようにしなくちゃねぇ。」




 セリエが言う。確かに巣まで突き止めておいておめおめと逃がしたとあっては間抜けな話だろう。


 グリフォンの強さが如何なるものかを皆知らないのだ。用心するに越したことは無い。それが単純な強さでも、例え逃げ足の速さでも、油断は出来ない。




「ま、何が気の毒って、巣を突き止めるために家畜一頭無駄にしなきゃなんない村人だよな。」




 ジルベルタが頭の後ろで手を組んで言う。飛来するグリフォンをそのまま迎撃できるのであるならばいいのだが、そう上手く事が運べば苦労は無い。大体何かをするには代償と言うものが必要となり、この場合は村の家畜一頭がそれに当たった。




 村に着いて一行は、とりあえず村長に作戦を説明した。


 当然嫌な顔をされたが、先の通り飛来して獲物をそのまま持ち去っていくグリフォンの迎撃は困難。巣に戻って油断している所を仕留めるのが最善だと思われた。




「これ来るまで待ってるって言うのも辛い所だよね。すぐ来てくれればいいけどさ。」




 ミリアムが言う。牛を放牧している所に一緒について来ているのだ。


 飼料を集めて室内に入れてある冬の間ならいざ知らず、今は初夏だ。辺り一面に家畜の餌が生えているのにいちいち刈って持っていくのは、村人にとっても負担だ。


 その所為でグリフォンに付け入る隙を与えているのだが、こればかりは誰を責める訳に行かない。




 結局グリフォンを待つだけで二日を要してしまった。アルベール達も気が緩みかける。そしてそんな時をこそ待っていたのか、ようやくグリフォンはやって来た。




「はっや!確かにこれを直接迎撃するのは無理だわ。」




 グリフォン襲来と獲物を持ち去るその手際の良さに、おもわずジョンはもらした。


 何せ上空から狙いをつけて滑空し家畜の牛を一瞬で引き倒したかと思えば、次の瞬間には前足で掴んで飛んで行ってしまったのだ。




「アル!」




「分かっている。既に遠視で追っている。」




 アルベールは遠視の魔術で既にグリフォンを捉えて追っている。


 グリフォンは真っ直ぐ北上し、森と山の切れ目辺りに来るとゆっくりと旋回しだした。




「あそこ等辺りに巣があるのだろうか?・・・うわ。」




 少し引いて見ていたアルベールが思わず声を上げた。旋回して周囲に敵がいない事を確認していたのだろうか。グリフォンは上空から牛をそのまま地面に落としたのである。


 地面に叩きつけられた牛はそのまま絶命。成程効率的と言えば確かに効率的だ。見ていて気分は良くないが。




「・・・まぁ、巣は分かった。北上した所にある洞窟だ。急いで向かうが決して気取られないようにしよう。そこまで深い洞窟ではなさそうだったし、入り口を塞いでしまえば逃げられないだろう。」




 アルベールの先導で一行は洞窟へと向かう。入り口を固める事が出来ればグリフォンは飛ぶことが出来ない。そうなればグリフォンと言えども翼の無い獅子に等しい。十分脅威であった。




 北の森の外れにその洞窟はあった。入り口付近には先ほどの牛の死体が転がっている。




「ここだな、間違いない。」




 小声でアルベールが言った。グリフォンの耳がどれほど良いのかは分からないが用心に越したことは無いだろう。抜き足差し足で一行は洞窟の入り口に進む。




「結構広い洞窟だなぁ。俺とジルが前に出るから、坊主とセリエは後ろでいつでも魔術が使えるようにしててくれ。」




 そう言ってジョンは盾を構えて先に洞窟へと入っていく。ジルベルタは盾を持っていないが、彼女ならばグリフォンに向かっていく際攻撃を避けながら殴りつけられるだろう。


 少し進むと程なくして寝ているグリフォンに遭遇した。御馳走を食べて御満足頂けた様だ。ここいら辺りには敵となる生き物がいないのだろう。警戒心が全く無い。




 ジョンはこの起きる気配の無いグリフォンを見て一瞬呆れたが、すぐに後ろを振り向いてアルベールとセリエに手招きをする。そして二人はグリフォンの手前で魔術を行使し、寝ている魔物をライトニングボルトで仕留めた。




「楽だったけどさぁ、私何もする事無かったよね?」




 ミリアムが零す。そんな事をいったらジルベルタとジョンも殆ど何もしていない。間抜けなグリフォンは成敗できたし、日が暮れる前に村に戻ろうと皆が踵を返した。


 村で待っているのが一番の重労働だったのだ。しかしこんな楽な仕事で依頼料はゴブリン討伐の何倍も美味しい。その上このグリフォンの死体を村にいる王国兵に言って王都に持って行って貰えば、ささやかながら追加で金銭が貰えるだろう。


 マルティコラスの時はそのままにしてしまったが、アルベールはすぐさま魔術でグリフォンを凍り付かせてしまう。肉を腐らせるのも勿体ないのだ。




「何にも無いみたいだし、もう帰ろうぜぇ。」




 不満げにジルベルタが言う。自分の力を披露することなく仕事が終わってしまいむくれているのだ。


 そんなジルベルタをミリアムがあやしつつ、一行は洞窟から出る。するとそこには、二人の人影が待ち構えていた。

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