第1部 1話

「わぁ、本気で異世界だ。え、本当に?本当に、私ってこれから冒険者とか?」


私は、目の前に広がる光景に、興奮で震えながらも呟いた。

それは、これはテンプレートですからと言わんばかりの中世風の街並み。異世界とは中世ヨーロッパ風であるべきだって、宇宙の法則かマニュアル本かなんかがあるのかも知れない。


「あ…ああ……ああああ………」


私はキョロキョロと街中を見渡して、行き交う人々を観察した。

「獣耳だ!獣耳がいるッ!!エルフ耳ッ!!あれエルフ!?美形だし、エルフだよね!さようなら引きこもり生活!この世界なら、私ちゃんとお外出るよ!」

「ああああ……あああああ………あああああああああああッ!!」


私は隣で頭を抱えて叫び声を上げている、神の方を振り返った。


「ねぇ煩いんだけど、私まで頭の可笑しい男の仲間だって思われたらどうすんだよ」

「ああああああああああああああああああああああああああッ!!」


叫ぶと同時、神は泣きながら私に掴みかかってきた。

「や、やめてぇ!ぼ、暴力はやめたまえ!というか何だよ、悪かったよ!もういいよ、帰ってもらっても。後は自分で何とかしてみるから」


私の首を絞めようとする神の手を振り払うと、面倒臭そうにシッシと手をやる。

すると、神はワナワナと手を戦慄わななかせた。


「馬鹿ッ!!帰れねぇから困ってんだろ!?お前、どうすんの!?なぁ、どうしよう!!俺これからどうしたらいいッ!?」

 

神は泣きながら取り乱し、頭を抱えてバタバタしていた。

水晶の様な綺麗な宝石の髪飾りで結んだ美しい髪を振り乱し、なんというかもう、黙っていれば凄い美人なのにこれでは唯の残念なイケメンだ。


「ちょっと神、落ち着いて。まずはこういう時の定番としては、冒険者ギルドだよ。冒険者ギルドに行って登録とかすれば、身分証とか作ってもらったりお金貸してもらったりして、その日の宿代稼げるような簡単な採取任務とか紹介してもらえるもんよ。いいから、ついて来て」

「なッ…!!ショタコンの引きこもりJKだった筈なのに、な、何故こんなに頼もしいんだ?あ、カズナ、俺の名前はアクシズだ。神じゃなく、アクシズって呼んでくれ。

俺が神だってバレたら、俺を崇拝する信者達でこの街が大変な騒ぎになるから。住む世界は違っても、一応俺、この世界で崇められてる神様の一人なんだよ」


余裕のある私の後ろをバタバタとついて来ながら、その神はアクシズと名乗った。ガン〇ムの組織か何かかな?……ツッコミがいないから話を進める事にする。

さて、こういった時にはまず冒険者ギルドを探すものだけど……。

よく考えたら、コイツは神なんだし、コイツに色々聞けば良いんじゃないか。


「アクシズ、とりあえずギルドの場所だけど。何処に行けばいいの?」

私がアクシズに尋ねると、アクシズはキョトンとした表情で、

「え?俺にそんな事聞かれても知らねぇよ。俺はこの世界に送る事は出来ても、たまに人々の暮らしを覗いてたくらいで特に詳しい訳じゃないし。というか、大量にある異世界の内の一つだぞ?そんなもの一々知るわけないだろ?」


コイツ使えねぇ……。

仕方ないので、その辺の通りすがりのおばさんに尋ねる。

男の人に聞くのは怖いし、若いお姉さんに話しかけるのは私のガラスのハートから言って難易度が高い。


「すいませーん、ちょっといいですか?冒険者ギルド的なもの探してるんですが…」

「ギルドを?あら、この街のギルドを知らないなんて、他所から来た人かしら?ここの通りを真っ直ぐ行って右に曲がれば、看板が見えてくるわ」

おばさんの言葉に、やはりギルド的な物があったかと安心する。

「いやぁ、ちょっと遠くから旅してきたもので、まだこの街に慣れてなくて。どうも、ありがとうございました!……ほら、行くよ」


おばさんにお礼を言い、教えてもらった道を歩いていくと、後ろをチョロチョロ付いて来るアクシズが、ちょっと尊敬の眼差しを交えながら感嘆かんたんの声を上げた。


「なぁ、あんなとっさの言い訳とか、なんでそんなに手際がいいんだ?こんなに出来る女な感じなのに、なんでお前彼氏ゼロの〇女だったんだ?なんでショタコンのヒッキーなんかやってたんだ?」

「処〇なのは別に悪い事じゃない、一生に一度の機会を大切にする事の何が悪い。あと彼氏ゼロのヒッキーは止めろこのチャラ男。引きこもり女子高生は、学校行かなくても生きていける、勝ち組にだけ許される上級職だ。後私はショタコンじゃない、子供が好きなだけ。……あそこか」

チャラ男呼ばわりされたアクシズが首を絞めてくるけど、それを無視して、見つけた冒険者ギルドっぽい施設に入っていく。

冒険者ギルド。

つまり異世界のハロワ的なアレ。

日本じゃハローワークに近付くだけでアレルギー反応が出たものだけど、ここの施設は何故か平気だった。

元の世界じゃ引きこもりだったりいじめられっ子だったりコミュ障で行動的でもなかったヤツが、異世界に来た途端活発になるこの現象は、私にもちゃんと適用されたらしい。


「いい?アクシズ。登録すれば駆け出し冒険者が生活出来る様に色々チュートリアルしてくれるのが冒険者ギルド。

お金を貸してくれるか、駆け出しでも食べていける簡単な仕事を紹介してくれて、オススメの宿も教えてくれるはず。今日の所は登録とお金の確保、そして泊まる所の確保だよ」

「分かった。その辺は、最近トラックに飛び込み自殺して俺の所に来てた多くの人達が、似たような事言っていたから把握してる。俺も冒険者として登録すればいいんだな?」

「そういう事。よし、行こう」


私はアクシズを引き連れて、真っ直ぐカウンターへと向かう。

受付は四人。

その内三人は手が空いている状態だった。

そして、ギルドの受付は美人の女性である事が基本な筈なのに、四人の受付の内二人は男性職員だった。

女性職員の内、より美人な方の受付嬢の所に行く。


「なぁ、他の三つの受付が空いてるのに、何で態々ここに来たんだ?他なら待たなくてもいいのに。……あ、受付が一番美人だからか?全く、ちょっと頼りがいがあると感心した矢先にこれか?」


私の後ろに付いて来た何も分かっていないアクシズに、私は小さな声で教えてやった。


「ギルドの受付の人と仲良くなっておくのは基本だよ。そして、一番美人な受付のお姉さんってのは、何故かギルドの冒険者達に恐れられてたりだとか、実は凄い実力者だとかで、一目置かれている可能性が高い。

これはこういった世界での基礎知識。そういった有力者とコツコツとコネを作っとくと後々助かるんだよ」

「……俺が馬鹿だったわ。そういえば、そう言った話を聞いた事がある。ごめんな、素直にここに並んでおく」


他が空いてるのに、態々ここに並んでいる私達を、他の受付の人がチラチラ見てるけどここはガン無視だ。

やがて私達の番が来る。


「はい、どうぞー。今日はどうされましたか?」

受付の女の人はおっとりした感じの美人だ。

ウェーブのかかった髪と巨乳が大人の女性の雰囲気をかもし出していた。


「えっと、冒険者になりたいんですが。田舎から来たばかりで何も分からなくて…」

田舎から来たとか遠い外国から来たとか言っておけば、受付が勝手に色々教えてくれる。

「そうですか。えっと、では登録手数料が掛かりますが大丈夫ですか?」

後は受付の人の言う事に従っていけば……。


え、登録手数料?


「…ねぇアクシズ、お金って持ってる?」

「あんな状況でいきなり連れてこられて、持ってる訳無いだろ?」


なんてこった、こういう時って、最初のお金は貸してくれるだの後払いだのになんないの?

捨てられた子犬のような目で訴えてみるが、お姉さんは苦笑いを浮かべ、申し訳なさそうに頭を撫でてくるだけだ。

一旦受付から離れ、アクシズと作戦会議をする。


「アクシズ、作戦変更。まず最低限のお金を手に入れよう。あんたの美貌でそこらの頭悪そうな女冒険者をたぶらかしてくるんだ。

アクシズは黙っていればイケメンだからイケる。手数料なんてそう高いもんでもないでしょ。手数料に困ってますアピールすれば、一人二人余裕のハズ」

「いきなり頼りがいが無くなったけど、まぁしょうがないなヒッキーなんだし。いいよ、黙っていればって所が気になるけど、俺の美貌で迫ればイチコロだ。まぁ見てろよ」


アクシズは、自信たっぷりに近くのテーブルで雑談していた二人組の女冒険者に目を向けると、不自然に体をくねらせて近付いていった。

あの神にとっては、どうやら色気を振りまいているつもりの様だ。だがあれではどう見ても頭のおかしい不審者だ。

私は一時の激情で、有能な能力や装備ではなく、あんなのを連れてきてしまった事を激しく後悔していた。


「相席しても良いかな?」

「ん?ああ、どう……。…………ど、どうぞ…」


話しかけられた女冒険者は、身をくねらせウインクするアクシズを見て、明らかに引いていた。

その女冒険者と話していた相席の女に至っては、明らかに目を逸らして関わらない様にしている。


「ねぇ、君達。こういうお店で遊ぶのって始めて?」

「へっ?いや、私達は結構ここの常連だと思うんですが…」

「へぇ、お盛んだね?ふふっ、若いねぇ」


ダメだ。

よく分からないが、あの神は何か変な店のホストと間違っている。

というか、明らかに女の方は引き気味だし、もう一人に至っては明後日の方を向いて、完全に関わらない様にしている。


「ふふっ、そんなに緊張しなくても良いんだよ?何か、俺に聞きたい事とかあるんだろ?何処に住んでるとか、普段何してるのとか?」

「い…いえ、特に興味は……」

これはアカン。

「ふふふっ、照れちゃって可愛いね。良いんだよそんなに遠慮しなくても……、ちょ、ちょっと何だよッ!?今いい所なのになんで邪魔すんのッ!?後少しで落ちそうなのにッ!!」


俺はアクシズを無理矢理引っ張っていき、施設の隅に連れて行った。


「あれでいい所だって本気で思ってたのならあんたは馬鹿だよ。というか、チャラ男っぽいクセに女性経験が無いなら最初から言ってよ。人のこと処〇とか言っちゃって、あんたも未経験なんでしょ」

「べべべ、べ、別に未経験じゃないしッ!?そ、それにたとえ未経験だったとしても、神が童貞で何が悪いんだッ!?そうだ、神聖な存在の神が童貞で、何が悪いんだよこの〇女ッ!!」

「こ、こら!あんた自分で、神だって事は内緒だとか言っておきながら、声がデカいんだよ!それよりほら、アレを見てよ」


私は、未だアホな事を大声で口走っているアクシズに、テーブルの一角を指差した。

そこには、いかにもな風体の二人組のいかつい男。

一人はスキンヘッドの大男で、もう一人はモヒカンという、もうホントに如何にもな連中だ。


「ちょっとアレは俺の好みじゃないな。向こうの、サイズの合わない大きめの、ブカブカな鎧着たクルセイダーの少女がいいんだけど」

「誰がお前の好みを聞いたロリ神。あんた、神だけあって強いんでしょ?あそこに、ガラの悪そうなのがいるでしょ。アイツらとちょっと、ほら、あれだ……」


私は、最低な事を言っているのに気がつき、言葉が尻すぼみになっていった。

幾ら一文無しの非常事態でも、それでは唯のカツアゲみたいなもんだ。

しかも、コイツは仮にも神。

こんな低俗な事は…

「お前頭良いな、そういう事は最初から言えよ。コッチの方が手っ取り早いじゃん」

コイツは多分、神じゃないと思う。


アクシズはそのまま、私が何か言う間も無く、男達の方に歩いていった。

そして、イスに座り、大声で笑っているモヒカンの後ろから、ヨタヨタと近寄り、そのまま肩を…ッ!!


肩をぶつけて因縁をつけようとしたが、それを避けられ、バランスを崩したアクシズは転んだ。


「お、おい兄ちゃん、大丈夫か?」

転んだアクシズに、モヒカンが声をかける。

「おい。ソイツ、さっき向こうのテーブルでクネクネと不思議な踊り踊ってた可笑しい奴じゃ…。あまり関わり合いにならない方が…」

心配するモヒカンに、スキンヘッドがそんな事を。


アイツはもう駄目だ。

こんな人種にまで避けられている。

いや、こんな人種は言い過ぎかもしれない。

あんな変な男が転んでも心配してくれるのだ、案外良い奴なのかもしれない。

アクシズはそんなモヒカンの心配を他所に、地面に打ちつけた鼻を押さえ、半泣きで立ち上がった。


「ふぐぐぐ……。おいお前ッ!!お前が避けるから鼻打ったじゃねぇか、どうしてくれんだよ!慰謝料払えよッ!!訴えられたいのかあんたッ!!」


違うそうじゃない、軽くぶつかって向こうから絡まれるのならまぁいい、だが自分から因縁つけて絡んでどうするッ!! 

私の作戦では、ガラの悪い連中の傍をチョロチョロするアクシズ、絡まれるアクシズ、返り討ちにして幾ばくかのお金を迷惑料として巻き上げるアクシズ。

こんな感じで考えていたのだが、これではコッチが通報される。


「いやあんた、俺達は座って酒飲んでただけで……」

「そっそうだぜ、俺達が何したってんだ、しかもコイツが避けたから転んだって言われても、言いがかりもいいとこじゃねえかよ」

正論を言う男達。

「うっさいなお前ら!……はっはーん、慰謝料の支払いを渋って引き伸ばして、この俺と長くいる為の口実作りって訳か。いいぞ!

ほらちょっと詰めろよ、一緒にお酒くらい付き合ってあげるよ。その代わり支払いはお前ら持ちだぞ、それと慰謝料寄越せよなッ!!」

「おいなんだこの図々しい男は!」

「おい、もう小遣いやって追い払おう!コイツ、絶対関わらない方が良いって!」


信じられます? 

あれ、一応神様らしいんですよ?

うちの神様が、もう本当にすいません。




「…登録料持って来ました」

「は…はぁ……登録料はお一人千エリスになります……」


アクシズが男達に貰ったお金が三千エリス。

一エリス一円の換算みたいなので、三千円相当を貰ってきたわけだこの神は。

私達の引き起こした騒動に全く干渉しないどころか、私とアクシズとあまり目を合わせたがらない受付のお姉さん。

どうやら、私はスタートダッシュでこのお姉さんとの最初のフラグをへし折った様だ。


「えっと、ではお二人とも、こちらのカードに触れてください。それで貴方達の潜在能力が分かりますので、潜在能力に応じてなりたいクラスを選んでくださいね。

選んだクラスによって、経験を積む事により様々なクラス専用スキルを習得できる様になりますので、その辺りも踏まえてクラスを選んでください」


おっと、早速きたな。

ここで私の凄まじい潜在能力が発揮されて、ギルド内が騒ぎになったりする訳だ。

私は内心緊張しながら、淡い期待を込めてカードに触れた。


「……はい、結構です。サトウカズナさん、ですね。潜在能力は知力が高いだけで、後は普通……、あれ?凄いですね、幸運が非常に高いですね。

まぁ、冒険者に幸運ってあんまり必要ない数値なんですが…。でもどうしましょう、これだと選択出来る職業は基本職である冒険者しかないですよ?

これだけの幸運があるなら、冒険者稼業はやめて、商売人だとかになる事もオススメしますが……。よろしいのですか?」


え、いきなり冒険者人生否定されたよ、どうなってんの。隣でニマニマと笑みを浮かべているアクシズを殴りたい。


「えっええと、その、冒険者でお願いします…」


お姉さんが心配そうな顔で。

「ま、まぁ、レベルを上げてステータスが上昇すれば転職が可能ですしね!それに、初期クラスだからって悪い事は無いですよ?なにせ、全てのクラスのスキルを習得し、使う事ができますから!」

「その代わり、スキル習得には大量のスキルポイントが必要になるし、クラス補正も無いから同じスキル使っても本職には及ばず器用貧乏なんだけどな。でも何やらせても中途半端なヒッキーには調度いいのかもな?プークスクス!」


フォローを入れるお姉さんの言葉を、二秒で打ち崩すアクシズ。

コイツ、本当にどっかに捨ててこようか。


どうやら、私は基本職というか、初期クラスというか。ともかく、最弱なクラスに就いたらしい。それでも、これで私は何度も妄想の中で夢見ていた冒険者だ。

ちょっと感慨深く、私の名前と共に、冒険者レベル1と記されたカードを手に取ると……。


「は!?はああああッ!?何です、この潜在能力ッ!?知力が平均より低いのと、幸運が最低レベルな事以外は、全ステータスがぶっ飛んでますよ!?特に魔力と、魔力容量が尋常じゃないんですが、貴方何者なんですか…ッ!?」


アクシズの触ったカードを見たお姉さんが、そんな大声を上げていた。

その声に、施設内がざわめきだす。

……あれ、そういうのって普通は私のイベントじゃない?


「え、そ、そうか?なになに、俺が凄いって事?いやー、まぁ俺くらいになればそりゃあな?」

流石腐っても一応は神。

だが、調子に乗って照れているアクシズが憎たらしい。


「す、凄いなんてものじゃないですよッ!?高い知力を必要とされる魔法使い職は無理ですが、それ以外ならなんだってなれますよ?クルセイダーにルーンナイト、アークプリーストにエレメンタルマスター……。えっと、クラスは何になさいますか?」

お姉さんの質問にアクシズはちょっと悩み。

「そうだな、神ってクラスがないのは仕方ないから、俺の場合アークプリーストかな」

「アークプリーストですね!回復魔法はおろか、蘇生魔法まで使え、前衛に出ても問題ない強さを誇る万能職ですよ!では、アークプリースト……っと。冒険者ギルドへようこそアクシズ様。今後の活躍を期待しています!」


お姉さんはそう言って、にこやかな笑顔を浮かべた。

あれ、何だコレ。こういったイベントは私の方に起こるんじゃないの?


……私、泣いていい?



To be continued…

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