第40話 夢と現実が混じり合う
聳え立つ白亜の塔。
それがその病院の第一印象だった。
とにかくデカい。
夢から出てきたかのようにそこだけちょっぴり違和感を感じる。
それほどまでにこの雲にまでも手が届きそうな
まぁまず見上げても頂上が見えないというのがおかしい。
天を衝く摩天楼に圧倒されていると元樹が入口に吸い込まれるように入っていった。
(この世界ではこれが普通なのか…?絶対に違法建築というか倒壊するだろこんなでかい建物…)
置いてかれている状況と降り注ぐ陽射しに背を押されて院内に入る。
院内も外観と同じく白を基調とした内部で、ここだけ切り取ればごく普通の病院だ。
右奥に受付があり、待合席が多数ある。
元樹はズカズカと入って行って迷いなく受付カウンターに行くと、受付の人と二、三言話してすんなりと許可を得たようだ。
元樹は奥に進むと手招きをして階段を指している。
すると階段側のエレベーターが点灯して、看護師が降りてきたので元樹はエレベーターが上に戻るついでに乗って目的の階に行くようだ。
(な、なんか言われて止められそうだ)
叶依もすぐに行くようで、意を決して着いていく。
しかし心構えをしていたのにも関わらず受付の目の前を通っても特に何も言われなかった。
遊はしなくてもいい緊張をして損したと訳の分からない後悔をした。
よくよく考えてみれば病院なのに来た人を拒むはずもないし、目的がなんであれ元樹を通したということは認めているということ、何より元樹が自分たちの存在を話さないはずがないのだ。
緊張によってそこらの思考が抜け落ちていたらしい。
冷静になって思考力も戻ってきた遊。
三歩手前を歩く叶依を見ながら思う。
(これからどうなるんだろうか。俺と、あいつらの夢と)
似ているようで似ていない。
確かに手段は似通っているかもしれない。
しかし行き着く先が違う。
遊は復讐したい相手はいない。
なぜなら誰かにやられた訳では無いからである。
しかし彼らは確かに千佳を奪われたのだ。
復讐に走る気持ちもわかる。
破滅的な復讐も生産的な復讐もどちらにせよ応援している。
しかし今の遊には復讐したいという欲はない。
でももし仮に、こちらの現象も誰かに仕組まれたことなら。
(――復讐するかもな)
できることあんまりないけどな、と自嘲気味に心で嘲笑っていると視界の端を黒い綺麗な髪が横切った。
ギョッとして見てみると、見覚えのある後ろ姿がまた目の前にあった。
先程も見た、見蕩れるほど艶やかな黒髪。
しかしそれもすぐに消えてしまう。
「ッ!凛華!!」
追いかけなければという思考に支配され、慌てて階段を飛ばして駆け上がる。
「ま、待て!凛華ぁ!」
息も絶え絶えにその名を呼ぶ。
ここ最近は呼ぶことのなかったその名を。
「おいっ!遊!?」
「遊くん!?」
「先行っててくれ!」
下から聞こえてくる声に一言だけ返して全速力で駆け上がっていく。
酷使されている太腿や脹脛が悲鳴をあげるが構いもせず駆け上がる。
(速い!瞬間移動でもしてんのかよ!)
まるでコマ飛ばしをしたかのように二人の距離が空いていく。
一歩踏み出す度に彼我の距離は何倍も開いていく。
足が縺れて躓きそうになるが、それでもお構い無しに走る。
しかし遊も人間であるから限界が訪れる。
「はぁ、はァ。ゲホッゴホ…。くっそ」
手摺りに全体重を預けて休息を取る。
足音を聞く限りはまだ階段を上がっているので追いかければ間に合うだろう。
三十秒と経たないうちにまた階段を上がる遊。
『遊君、明日の朝からさ、その、一緒に登校しない?』
声が聞こえた。
間違えなく彼女の声が聞こえた。
幾分も幼い、けれども聞きなれた声だ。
「凛華ッ!?」
遊は駆け上がっていた足を止めて当たりを見渡す。
しかしあるのは変わらず階段と殺風景な廊下だけ。
『集合はこの公園でいいのか?』
今度は最近聞き覚えのある声がした。
友人の記憶の声とどれとも一致しない声。
つまり消去法的にこれは自分の声。
過去の回想が流れているのだ。
あの時と同じように。
『うん。て言うか、遊君以外の人には言ってたの。いつもの五人でお喋りしながら登校しようって』
『いつものメンバーだな。わかった。後で伝えとく』
そんな一幕。
二人の、そしていつものメンバーの仲の良さをこれでもかと見せけてくる。
「?」
でもそんなやり取りの中に引っかかる箇所がある。
でもその疑問が明確な形を成す前に記憶は留まること無く流れていく。
『それにしても驚いたなぁー』
『何が?』
『んー?何がってひとつしかないでしょ。遊くんがあんなことするの』
『…あれは元樹とか叶依が…やれって強要してきただけだ。俺の意思じゃない』
『そう?…でもカッコよかったよ。あれ、わざとでしょ?』
『どうだか』
『だって…庇ってあげたんでしょ?真桜ちゃんのこと。確かにあの役を女の子がやるのは…まして大人しい真桜ちゃんがやるなんて…とても合理的でもないし、配慮にもかけてる。でもみんなやりたい役がある。元樹くんとか叶依ちゃん、千佳ちゃんは変えちゃいけないし、真桜ちゃんも絶対面と向かって嫌だなんて言えるような子じゃない。きっと溜め込んじゃう』
『…』
『「俺!ナレーターとか無理なんだけど」』
『!?』
『唐突にそう大声で言い出すんだよ?遊くんが。誰もその意見に異なんて唱えられないよ。私、最初に聞いた時びっくりしちゃった。でもね次に飛び出したセリフにもっと驚ろかされたの』
『…』
『「劇やるんだったら舞台に上がってやりたかったなぁ…」ってチラチラ元樹君に視線をあげながら言うんだもん。それを聞いた時、素敵だなって。そして私は何も出来なかったって後悔したの。元樹君は即座に意を汲んで「それなら悪王の役でもやれよ」って茶化すもんだから誰もその流れを否定出来ずに結局真桜ちゃんと遊くんの役が入れ替わったんだよね。みんな唯一の悪役の王様なんてやりたがらなかったから不思議そうな顔してたよ。真桜ちゃんと私たちは気づいてたけど。バレバレのバレバレ。遊くん劇とか裏方で頑張るタイプだし。悪役とは言え準主役級をやるはずない』
『いや俺だって劇の役やりたかっただけだ。譲ってくれたのは真桜だろ』
『意地でも認めないんだね…まぁ、でも口ではどうとでも言いつつもしっかり人の事考えてる遊くんのそんな所が大好きだよ』
『なっ!……』
『赤くなっちゃってぇ~照れてるなぁ~』
懐かしさに浸っているとふと疑問に思うことがあった。
(この後、結局どうなったんだっけ。…確か…一悶着あったが結果的に劇は大成功して、小学校を卒業した気がするが…)
考え事をしていると体が少しは休まったようで咳も出ない。
これならまた動けると判断して先程よりも力を抜いて駆け上がる。
結局、彼女がどこの階を目指していたのか分からなくなってしまったが人間の第六感や第七感とも言うべき存在が彼女の在処を示している。
それはまるで魔法のようで、奇跡なんて不確かな存在ではなかった。
運命に引かれ合うように磁石のS極とN極が引き寄せ合う様に。
自然と足取りは軽く踏み出されていた。
最上階の一番左奥。
特別隔離病棟と書かれている看板を突っ切って進む。
廊下を歩いて一番端にその病室はあった。
病室のプレートには『塚原 遊』と書かれていて、その瞬間に彼女はその部屋に吸い込まれるように消えていった。
後を追おうと踏み込むが地面を捉えている足裏の感覚が無くなり、重力による縛りも感じられなくなり、周りがガラスのように割れていく。
浮遊感が遊を襲う。
「またっ、かよ!クソ!届かねぇ!」
手を伸ばすと一人でに病室のドアがスライドして行った。
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