第31話 31
三枝先生はまだ、廊下にいた。ぼくはどうしようか迷った。このまま言ってもいいのだろうか?
「先生!」
先生が振り向く。
「あら、何かしら笹原君」
三枝先生の顔は面長顔でまつげが細い美人な顔だが、ぼくは今までの授業の中で先生のことをよく覚えていなかった。あまり印象に残る先生ではないのだ。
「なあに、笹原君」
そうやって微笑んで(ほほえんで)彼女は言ってみたけれど、正直言って、彼女の透明感を増しただけにしか思えなかった。
「あの、先生」
ぼくは先生にあのことを話そうかどうか迷った。おそらく、これは言えば、自分の何かが変わる。これを言えば向こう岸へと渡ることになる。それは考えてわかったことではなく、直感だった。
それでぼくはその向こう岸へ渡ることを望んでいたはずだった。
しかし、最後の最後になってその橋はとても危うい橋だと言うことに気がついた。その橋は風で揺れているし、いつ落ちても不思議ではない物だ。それに橋を渡ったら最後、もう戻れない。しかも、向こう岸は安全なこちら側に比べて、獣から攻撃を受けてしまう。その獣は命までは取らないけど、でも、考えただけで恐ろしいところだ。
その岸へぼくは渡るかどうか、悩んでいたら、先生はそんなぼくを不思議そうに見てこう言った。
「どうしたの?笹原君。何か、悩みがあるのかな?でも、先生は仕事があるから早く行かなくちゃあいけないの。だから、ごめんね。また、話せる用だったらいつでも言ってくれていいから」
そう言うと先生はきびすを返した。ぼくは何も言うまもなくその後ろ姿を見ることしかできなかった。
言えなかった。
ぼくはその思いを引きずりながら家に帰ってきた。家に帰るなり自分の部屋に入ってベットに身を投げた。結局、この事を言えなかったのだ。
どうしよう、また、言えるのか?また言える。きっと言える。だが、しかし、言うのは恐ろしい。いや、それでも、言わなければならない。
ぼくはそんなことばかりをまたぐるぐる考え始めていた。その列車の終着点はなく、ひたすら発信していた。
いや、これは大丈夫だろう。いじめのことはすぐわかるだろう。あ、でも、先生はいじめがないと言うことを確信してしまったな。それじゃあ、わからなくなるかもしれない。どうしよう。これはどうしよう。
またぐるぐる回ってしまう。最近、こんなのばかりだ。
はぁー。落ち着こう。まずは、あれだ。波田(はた)さんの葬式がある。そこに意識を集中しよう。
ぼくはそう思って心を落ち着かせた。
波田(はた)さんはどんな気持ちで死んだんだろう。いじめられた気持ちはどんなものだろうか?
考えた。しかし、あまりよく分からなかった。だいたい、靄(もや)のような想像ができるが、それ以上実感としてわからなかった。
簡単にはわからない。わかったふりをしない方がいいのか?まあ、それには限らず、やはりよくわからなかった。
ぼくも中学生の不登校時代、自殺を真剣に考えたことがあったが、結局できなかった。
どのビルの屋上も出入り禁止だし、頑丈なひもも用意できないし、たとえばコードを使って自殺をしようとしてもひもを結ぶのは得意ではないし、薬はよく手に入れるすべは中学生の時はよくわからなかった。
でも、自殺する方法は簡単に見つけれた。飛び込みだ。
列車に向かって飛びんだらいいのだ、駅は親切だから、列車が来たらすぐアナウンスしてくれる。
でも、できなかった、やはり、死ぬと言うことが恐ろしかった。未来に対してなにも望みがないとはいえ、やはり死ぬのは恐ろしかったのだ。
だから、実際死んだ人の気持ちはぼくにはちょっとよくわからないのだ。彼らはなぜ死んだのか。どうして、あちら側に踏ん切りをつけたのかよくわからないのだ。
はぁ。やっぱり、何かよくわからない。結局、堂々巡りを起こすだけだ。
そう思い、ぼくは何かやることはないかと思い、宿題をすることにした。
葬式に参加して………。いや、考えるのはやめるか。
そのまま、シャーペンの斜線を書く音が闇に訥々(とつとつ)と吸い込まれていった。
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