固有魔術が《屍術》だったから国外追放されたので『魔王』に成る

第27話 愛は生命そのもの

　ヒツギが一体自分たちに何を聞いてくるのか、マルスにはその予想がつかなかった。

「そこのお前、お前は俺を愛しているか？」

「……はい？」

　ヒツギに指を差されたウィルは、意味が分からないという呆けた声を出す。

「二度も言わすな。お前は俺を愛しているか？」

「そ、それは……。そんな、そんなわけないでしょう！　あなたはすでにアーガス王国を追放された身。その上、こんな得体の知れない魔物や亜人を率いて、この魔の森で何をしているのですか！　今、アーガス王国は北のカルトガルド公国と戦争を――」

「もういい、黙れ。目障りだ。穿て！　《グラウンドスピアー》」

　ウィルの背後の地面から岩の槍が生まれ、勢いよくウィルの心臓を串刺しにする。

「がっ……！　な、なんで……ヒツギ、様。あなたは……こんな、ところで……」

「お前如きに、俺の人生を否定する権利はない」

　胸から鮮血を噴き出したウィルが、その場にうずくまり、死に絶える。

　それをすぐ側で見ていたエマは半狂乱になり、足をガクガクと震わせながら後退した。

「どうした？　アーガス王国兵、お前たちの力はその程度か？　だとしたら失望だな。だが、お前たちを寄越した奴も、お前たちがここで死ぬことを承知の上で選別したはずだ」

　背後には圧倒的な存在感を誇る巨竜、タイラントレックスが退路を塞いでいる。

「次はお前だ。そこの若い女兵士。お前は俺を愛しているか？」

「い……嫌ぁあああ、嫌だ！　まだ死にたくない！　私はまだ死にたくないっ！」

　あろうことか、エマは右手のひらをヒツギに向ける。

「やめろ、エマっ！」

「《ファイアボール》！」

　マルスの静止の声を無視し、エマは火属性魔術の火球を放った。

「《シャドウボール》」

　ヒツギの指先から出た小さな紫黒色の球体が、エマの《ファイアボール》に直撃する。

　結果は相殺。粉塵が晴れた後のヒツギは、眉一つ動かしていなかった。

「ほう、お前は火属性に適応がある魔術師か」

「ダメだ。これじゃあ効かない。なら、これで！　《ブレイズボルト》ッ！」

　エマが持ち得る最強の魔術。火属性をベースに、雷を加えた二属性上級魔術。

「俺は火属性魔術の適応率が低いのだがな。まぁいい、焼き尽くせ、《インフェルノ》」

　今度はヒツギが右手のひらから大火球を放つ。

　やがて二つのエネルギーは衝突。周囲の木々を吹き飛ばす威力だった。

　しかし、エマの渾身の《ブレイズボルト》は、ヒツギの手心を加えた《インフェルノ》に焼き尽くされ、そのままエマの体を高温の塊が包み込んだ。

「ぎ、ぎゃあぁあああぁあッ！　あ、あああ……ああッ！　あつ、熱いッ！　がっ、た、たすけ、て。お願い、殺さないでぇえ！　なんでもするから！　お願いしまっ――」

「うるさい」

　怠そうにヒツギが右腕を振り下ろす。その手のひらから先程とは桁違いのサイズを誇る紫黒色の球体が生まれ、エマの全身を一瞬にして骨も残さず消し飛ばした。

「ついでだ。お前たちにも今一度この場で問おう。ホロウ、お前は俺を愛しているか？」

「もちろんでございます。某はあなたを敬愛し、今まで付き従ってきたのですから」

　首のないデュラハン、《黒騎士》、ホロウが静かにかしずく。

「そうか。では、ウルル・ラブロック、お前は俺を愛しているか？」

「あ、あいっ!?　愛しているって……それは、その……。えっと、す、好きです。ぼ、ボスに、ヒツギ様に気にしていたこの顔を『傷があっても凄く綺麗だよ』と言われたときから、ずっと、ずっとお慕いしていますっ！」

　男勝りなワ―ウルフのウルルが頬を染め、顔をそらしながら告げる。

「そんな恥ずかしいことも言ったな。じゃあ、クイン、お前は俺を愛しているか？」

「ウチ？　もちろん。今だってリーダーに巻き付いてるじゃん。あのとき助けてもらった恩は忘れてないよ。いざというときは、今度はウチを頼ってよね」

　依然としてヒツギの体に巻き付いたままのクインが、にっこりと笑顔を浮かべた。

「お前はいつも俺に引っつきすぎた。まぁいい。もう慣れた。では、バーミリオン・テスタロッサ、お前は俺を愛しているか？」

「もっちろん！　愛してるよー。ひーくんは暴食しすぎて群れから追われていたあたしを救ってくれたからねー。それに、ひーくんといると、いつもお腹いっぱいご飯が食べられるから。邪魔な奴がいたらいつでも言ってね。あたしが喰ってあげるぅ」

　バーミリオンは赤い翼を羽ばたかせながら、獰猛な猛禽類のような目を見開き、無邪気な顔で大口を開けた。ニコニコと笑顔を振りまく様は可愛らしい。

「お前は喰うことしか頭にないのか。まぁいい。それももう慣れた。次はラクラ・アラクニド、お前は俺を愛しているか？」

「ふふっ、私？　ちゃんと愛しているわよ。こんな姿をしているとね、人との触れ合いなんてありえないと思っていたのだけど、キミは違ったみたい。ヒツギくんは私のことも蜘蛛の下半身も含めて美しいって言ってくれたしね」

　大樹の上にいた、アラクネのラクラが糸を伝って地上に降りてくる。やはりその体は気味が悪く、蜘蛛の下半身もあってヒツギの背丈を優に超える200センチだ。下半身の八本の蜘蛛足を動かすたびに、外骨格同士が擦れ合ってキチキチキチと不気味な音を立てる。

「ラクラ、お前にはいつも世話になっている。他の奴等と違って中身が大人だから助かるよ。よし次、リリス・レェチャリィ、お前は俺を愛しているか？」

「あら～、次は私ね。ヒツギちゃんのことは好きよ～。キミといると退屈しないで済むもの。やっぱり、あのときキミの命を救ったのは正解だったわ～。ふふっ、いろいろイジメ甲斐があるし。これからも私を楽しませてくれる限り、近くにいさせてもらうわね～」

　スタイル抜群のサキュバス、リリスが黒い翼で空を切り、口元に手を当てて微笑む。

「チッ、確かにあのときはお前に命を助けられた。恨んでいるがな。では、フィー、いや、フィリシア・ブラックハート、お前は俺を愛しているか？」

「そりゃあ、まぁ……その、好きよ。ヒツギと一緒に魔の森を冒険した頃が懐かしいわ。今でも私はヒツギの相棒のつもりだよ。フィーという愛称で呼ぶことを許しているのは、ヒツギだけなんだからね。その意味をちゃんと理解して」

　ダークエルフの女、フィリシアは少し恥ずかしそうにしながら胸の内を打ち明けた。

「ああ、フィーは俺の最初の仲間だからな。今でも大切な存在であることに変わりはないよ。じゃあ、次は……えーっと、次は……ルナ・バート――」

「――――当然ッ！　愛しておりますわ！」

　魔城の主、ルナ・バートリーが、ヒツギが言葉を言い終わる前に、食い気味に答える。

「出会った当初こそ敵対しましたが、あれは……まぁ、そのぅ……わたくしにも意地とかプライドとかその他色々ありまして……って、そんな昔のことはどうでもよいのです。わたくしは、現在進行形でヒツギ様ラブ♪　ラブフォーエバー☆　控えめに言って、この世で一番愛しております！　好き好き大好き愛してるぅううううう！　なので、早くわたくしと結婚して子供を作りましょう！　ね？　ねぇ!?　早くぅ～子作りしよ？」

　四人しかいないヴァンパイアの《真祖》、ルナが人間のヒツギ相手に目をハートマークにして擦り寄っている。好意を隠そうとしないどころか、己の欲望を剥き出しにしていた。

「大丈夫。ルナの愛はちゃんと俺に伝わっているから。だから、その、もうちょっと待ってくれ。俺にもいろいろと、心の準備があるんだ……」

「では、次の満月の夜にヒツギ様を頂きます。花嫁衣装を選んでおいてくださいね」

「なんで俺が嫁役なんだよ。お前が俺の妃になるんだろう？」

「そ、そそそそれって、もしや、ついにわたくしと……けっ、け、結婚……ッッ！」

　ルナが鼻血を吹いて後ろに倒れた。しかしすぐに起き上がり、ヒツギに抱きつく。

「うふふ、いっぱい愛してくださいね。今夜は寝かしませんよ♪」

　ヴァンパイアであるルナの怪力に揺さぶられながら、ヒツギが遠い目をする。

「で、ドロシア・スミシー、お前は俺を愛しているか？」

「はい。ワタシは元々ルナ様のメイドでしたが、今のご主人様はヒツギ様です。ならば、主に忠誠を誓うのは従者の務め。それに、ルナ様に仕えるのは疲れるし面倒です」

「あァ!?　ドロシア！　あなた今、小声でわたくしをディスりやがりましたね！」

　ルナが顔のないシェイプシフターを引っ掴んで、ガクガクと怪力で振り回している。

「お、お助けを……ご主人様ぁ……」

「わたくしの旦那様に色目使ってんじゃねぇぞ、この淫乱クソメイドぉおおおおお！」

「ルナ様、ワタシの顔に目なんてありませんって……あぁ、助けて……」

「悪いが自分でなんとかしろ、ドロシア。後で治療してやる。……死んでいなければな。さて、最後だ。タイラントレックス、お前は俺を愛しているか？」

「バカか？　そんなわけないだろう。我が貴様如きに忠誠を誓うなどありえ――」

　スカルドラゴン、タイラントレックスの言葉が終わる前に、タイラントレックスの周囲の土が盛り上がり、無数の《グラウンドスピアー》が彼の体を串刺しにする。

「がぁあああ！　ごっ、が……これは……存外、効くな」

「では、質問を変えよう。お前は俺を必要としているか？」

「ふん、無論。貴様がいなければ、我はこの世に顕界（げんかい）できない。我には貴様が必要だ。その事実だけは、これからも決して変わることはない」

「そうだ、《暴竜王》――タイラントレックス。俺はお前の力を認めて、お前に従属は強制しないし傲慢な態度も行動も許している。だが、俺の『命令』に逆らうことは許さない」

「心配するな、その点は心得ているつもりだ。ヒツギよ」

「破損個所は自己再生で修復しておけ。情けだ、魔力は流してやる」

　ヒツギがそう言うと、タイラントレックスの体に突き刺さっていた岩の槍はずるずると音を立てて抜けた。そして、ヒツギはついにマルスのほうを向く。

「さて、あとはお前だけだな、アーガス王国兵――マルス・シャルルトスよ」

「やはり、私のことを覚えておいででしたか」

「ああ、お前は兄のベントレーではなく、弟である俺の派閥にいたからな」