惑乱のアルミナ(4)

 王子エムストリが居ないのなら正直王制府になど足を向けたくないものだとガラント・ジームは思っている。そうせざるを得ない現状が彼を追い立てるように、煌びやかな宮殿へと背中を押している。


(今日ばかりは今の地位を持ったままでここを出られるとは思えないんだが)

 苦言を呈するつもりでやってきている。

(王室、つまりは四家の施政方針に多くの市民が疑問を持ち始めた。このままでは殿下のお戻りになる場所が失われてしまう)

 彼には王制の崩壊の足音が聞こえてくるように思えてならない。


 ガラント自身は王制の堅持の必要性を強くは感じていない。四家の一つであるジーム家の威光に頼っていないとは言いがたいが、その権限を既得のものとして主張する気もない。己が信念に従って生きていければ満足だ。

 しかし、今は機が良くない。これからアルミナは国際社会の逆風にさらされる危険性を孕んでいる。その予兆をひしひしと感じているのだ。

 もし、体制が揺らぎでもしようものならアルミナという国が失われてしまいそうに思えてしまう。それだけは防がねばならないと考えているのだ。


「ガラント、お前は何をしているのです!」

 人の顔を見るなり、その女性は噛み付いてくる。

「お前を軍で相応の地位に就けてやったのはジーム家の勢力拡大のためですのよ? それを敗退に敗退を重ねて攻め込まれるとは!」

「筆頭当主殿、私にライナックを超えろとおっしゃるのですか? それは無理な相談というものです」

 彼女はヨーミ・ジーム。ジーム家の代表として財務大臣の地位にある。

「ましてや相手は協定者だったのですよ?」

「う、それはまあ致し方ない部分も……」

「それより早急な対応が必要な面は、むしろ当主殿の専門分野なのではないですか?」


 ヨーミは文官。軍事のことには明るくない。現在の逆風は敵国であるゼフォーンからではなく、近隣諸国から吹きつつあるとガラントは指摘している。


「そうですけど、原因は誰にあると……」

「王制府全体の責任です。細かな追及など時間の無駄。対策を急ぐべきでしょう、今は。席は設けてくださったんですよね?」

「もちろんですわ」

 厄介な相手との対決が待っている。

「問題は王国の存亡に関わります。多少の暴言は容赦願いますよ?」

「我が一族の未来も懸かっているのです。ここは協力してまいりましょう」

 言質は取った。


 辿り着いたのは要人向けの会議室の一つ。そこに通された二人は相手の到着を待つ。しばらくすると当の人物が入室してきた。六十二という年齢の割に若々しく恰幅の良い男。四家の中心であり、軍務大臣のキオー・ダエヌである。


「この忙しい折に何事か? ゼムナ軍との協議に時間を割きたいというのに」

 最初から不機嫌だ。彼の頭にはゼフォーン解放軍XFi撃退のことしか無いらしい。

「争い事も結構ですけど、経済も考えてくださらねば困ります。このままでは軍事費はすぐに底を突いてしまいますわよ」

「それは貴殿の領分だ。問題無いよう差配してくれねば王国の平和も守れないではないか」

「その軍事に端を発していると申し上げているのですよ、キオー殿! ゼムナに援軍を頼むのもよろしい。対応のための予算も割きました。結果はどうなんですの? ライナックの御曹司はXFiゼフィの剣王が協定者だという事実をつまびらかにする呼び水にしかならなかったではありませんか! その辺はご理解くださいますよね?」

 舌鋒鋭く切り込んでいく。


 キオーに怯んだ様子もない。ただ面倒事を持ち込んできたといわんばかりに顔を顰めているだけだ。彼の意識の中では経済は些事なのだろう。


「侵攻以外に何か起こっているとでも言うのかね?」

 興奮してきたヨーミも苛立たしげに卓を叩く。

「撤退を検討しているんですわ!」

「連中が? そんな情報はないが」

「違います! 外資系の企業がですわよ! 協定者のいる軍と戦争状態にある国は滅びるものだと思われているってこと、感じませんの? 経済方面にも耳を置いておくべきと進言します」

 キオーの顔色も変わる。その意味するところは分かるらしい。

「それだけではなく、既に株価も下がる一方です。投資家も我が国から手を引こうとしている。こんな状態では早晩経済破綻してしまいますから」

「ぬ! それほど過敏に反応するのか」

 彼はまだ時間があると信じていたようだ。


 表向き専制国家であるアルミナには、経済的な王国リスクというのが存在する。国王の裁定で情勢が一変するということは、それが少なからず経済にも波及し産業界は応じて増減収を見込まねばなくなる。

 それ故に外資系の企業はアルミナへの投資には慎重にならざるを得ない。活況なうちは参入も盛んだが、何か危険な兆候を察すると速やかに撤収していく。各企業はそれを前提にして準備しているのだ。それを王国リスクと呼んでいる。


 アルミナとしても理解したうえで産業界へも便宜を図っている。しかし、今回ばかりは説明する暇もなく情勢が一変してしまった。衝撃を受けた外資系企業は大急ぎで撤収準備を整え、国内産業も設備投資を手控えする。

 そして、それを察した投資家は当面の成長の見込めないアルミナの企業から資金を引き上げてしまう。全てが悪循環となって経済に打撃を与えるだろうとヨーミは説明した。


「ぐぅ、決着を急がねばならんということか」

「もちろんですわ」

「もう一つの選択肢を考慮していただきたく、こうして上がったのですよ」


 ガラントが進言を始めた。

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