惑乱のアルミナ(2)
(監視も付かなきゃ戦気も感じられねえときたか)
少女三人の歩く速度に合わせてバイクを歩ませるリューン。
近郊にあるクルダス基地の部隊が撤収したのは確認済み。あまりに大きな戦力差があって勝負にならない。おそらく軍本部から許可が下りたのだろう。今後は似たようなケースが増えるかもしれない。
なので治安機関の警察くらいは警戒して人を出してくるかと思ったが気配もない。どうやらクルダスもさっさと立ち去ってほしいと願っているクチかと思う。
「もう何も残ってないんだ」
パン屋のあった空き地を前にフィーナは落胆している。
「キューン……」
「寂しいね、ペコ」
「クウン」
ロボット犬も自宅を惜しんでいるようだ。
「あっという間だったよ。規制されてどやどやと軍や警察の人が入ったかと思ったら、何か持ち出していってすぐに撤去しちゃった。その後も買い手がつかなかったみたい」
「居なかったことにされちゃったんだ」
「人の記憶は消せないから。私、フィーナが友達だったこと忘れたことないもの」
トリンは強く主張する。
「わたしも。あのメッセージは嫌味じゃなくって、きちんとお別れしたかっただけだったんだもん」
「私だって幻滅されたままでさよならは嫌だったから勇気出して動画投稿なんてしたし」
旧交を温める三人の空気は解きほぐれていっている。元から仲の良かった友人同士、あまり時間は必要ない。妹をここに残していってやれないのが苦しいくらいだ。
(お?)
そこでリューンは珍しい光景にぶつかる。
(らしくねえじゃなねえか)
笑いの発作が湧き上がってくる。
「よお」
バイクを停めてヘルメットを外すと、後ろからそっと近付き肩を組む。
「元気そうじゃねえか」
「げ! 兄貴! 嘘だろ!」
「水くせえな、ガッタ。俺とお前の仲だろうが」
走り屋時代の仲間の少年は大型家電店の店頭で展示作業に勤しんでいた。とてもドロップアウト寸前だった人間だとは思えない勤勉ぶりに見える。
「真面目にやってんじゃねえか。良いことだぜ」
心底そう思う。
「だって、例の件で怖くなったんですよ。王制府や軍を本気にさせちまったら、兄貴みたいに飛び抜けて強くないと簡単に擦り潰されてしまうって分かったんですから。こうやって普通に稼いでれば死ぬような目に遭わないし、親も喜んでくれたし」
「無難が一番だぜ」
「兄貴が言うんですか、それを! 近くに来てるのは知ってるんですよ。未だに命の遣り取りしてるんですよね?」
確かにどの口で言うのかという感じではある。
「しかも、あのライナック相手に。まあ兄貴もライナックなんですから条件は五分みたいだけど」
「俺はもう無理だ。
「そうします。でも応援してるんですよ」
旧友のよしみに礼を言って別れる。何となく晴れ晴れとした気分になったリューンだった。しかし、水を差すように彼の
「は? クルダス市長が面談を求めてきただって?」
いくらなんでも思いもよらない報せだった。
◇ ◇ ◇
空気の悪さに驚きを禁じ得ない。全てがそうとは言わないものの、クリスティン・ライナックは概ね歓迎される側の人間だった。
王都ウルリッカ近郊のアルミナ軍本部基地の広大なポートに降下したゼムナ軍艦隊。そこで補給や補修を受ける計画となっている。
降り立った彼はメディアの集団に包囲される。半分ほどは口々に歓迎の言葉で迎えてくれたが、一部は微妙な空気を纏っている。それが気になって仕方なかった。
「よくぞお出でくださいました! 貴方こそがアルミナの平和を守ってくださるお方。どうかゼフォーンの侵略者どもを追い払ってください」
ウェアラブルカメラを着けた女性は満面の笑みで歓迎を表す。王制府公認放送局の証票も付けている。
「皆さん、ご覧ください。噂に違わぬ美形。わたくし、職務を忘れて興奮しています。視聴者の方には申し訳なく思いますが、記者になってこれほど良かったと思ったことはありません」
軍の報道官を割ってまで近付こうとしてくる。
そんな光景には慣れている。クリスティンは鷹揚に頷き、それぞれの質問に丁寧に答えていく。それくらいに表舞台にも慣れているし、ライナックの正当なる後継者として必要な振る舞いだとも心掛けている。
「ゼフォーンの艦隊を降下させてしまったのは心苦しく思っています。幸い、大きな被害は出ていない様子。この危難を一日も早く解消したいと考えていますので、市民の方々は心安らかにお待ちくださればと願います」
メディア向けの耳触りの良い台詞で収めようとする。
「皆、期待しています!」
「アルミナ国民全てが閣下を応援しているのですから!」
「それは決して真実ではないと思いますよ?」
異論が挟まる。
報道でも民間に属する放送局の記者らしき女性の言葉だ。すぐさま軍報道官が制止しようと動くがクリスティンが止める。
「貴女は違うと考えていらっしゃるのだろうか?」
「美辞麗句を並べたてるのがわたくしの職務だとは考えておりませんので」
微笑を湛えたままクリスティンはその女性と対峙した。
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