逃げた英雄(13)

 夜のうちに騒ぎにはならなかった。生かしておいた二人が目覚めて綺麗に撤収していったのだろう。

 昼間や人ごみでは仕掛けてこないところから、徹底して正体を隠したがっていると感じたリューンの予想が当たる。


(な……にぃ……!)

 ところが、最悪の方向に少年は予想を外してしまっていた。


『クルダスから南ソネム大陸に向かっていたオンタネルトラベルのクラフター63便が墜落炎上しています! ご覧ください! 未だ現場では炎が燻ぶり、きな臭い匂いが充満しています! 消火と並行して当局によって捜索活動が行われておりますが、乗員乗客百九十二名の生存は絶望的と思われます!』

 立体ソリッドTVはそんなニュースを騒ぎ立てる。ディドとペギーが乗っていたはずの便の事故を。

『これは戦後最大と言われた十年前のクラフター事故を彷彿とさせる光景です! こんなことが本当に起こり得るのでしょうか? セントラルTVでは今後もこの惨事の原因を究明すべく追い続け……』

 もうリポーターの言葉が耳に入ってこない。


(しくじった。俺はしくじった……)

 目の前が真っ暗になる。

(勘違いもいいとこだ。奴らの狙いは違った。とにもかくにも事故に見せかけて関係した全員を始末する気なんだ。誰の思惑なのか一切覚らせないために)

 昨夜の襲撃者の反応が良い例。射殺なんてもっての外なのである。

(奴らの思惑に手を貸しちまった。俺はなんてことを……)


「ひっ……! い、嫌ぁー!」

 家中に響き渡る悲鳴。

「しまっ……!」

「嫌っ! 嫌ぁっ! お母さん! お父さん!」

「くっ!」


 動転したフィーナは立体映像に駆け寄ろうとして空振り転倒する。慌ててリューンは助け起こして抱き締める。が、妹は激しくもがいて映像へと手を伸ばす。


「早く! 早く助けに行かないと! 放して、お兄ちゃん!」

 完全にパニック状態だ。

「フィーナ! フィーナ、聞け! もう間に合わねえ。あれは南ソネム大陸の映像なんだ。解るか?」

「嫌っ! そんなことないの!」


 彼女は泣き叫び続ける。少年は飛び出そうとする妹を全力で押さえていなくてはならなかった。それも徐々に落ち着いてくる。


(ヤバい。このままじゃフィーナまで消されちまう)

 焦燥感がひどい。

(俺がこの歳になるまで普通に暮らせたのはバレルの家族のお陰だってのに。もしかしたら生まれてきたのさえ彼らのお陰なのかもしれねえのに、俺の運命に巻き込んで死なせちまう)

 そんなふうに考えるのはリューン自身も動揺が激しい所為だと本人には分かっていない。


「とりあえず落ち着け。お前は一人ぼっちなんかじゃねえ。俺がいる」

 言い聞かせるように髪を撫でながら伝える。

「……うん」

「まずは確認しよう。親父たちがマズってあの便に乗ってなかった可能性だってちっとはある」

「そうだよね。お父さん、変なところでおっちょこちょいだったりするもんね?」


 そうだとばかりに妹の背中をぽんぽんと叩いた。


   ◇      ◇      ◇


 結果から言うと兄妹の両親は亡くなっていた。泣き崩れるフィーナの横で、リューンは奥歯を思いっ切り噛み締めて耐えることしかできなかった。


 遺体を引き取って自宅に連れ帰り葬儀を行った。近所の人々は夫妻の早逝を悼み、二人を力付けるような言葉を掛けていく。半ば呆けたようなフィーナはただコクコクと頷き時折り涙を流す。

 級友が訪れてくれた時などは派手な愁嘆場になったが、苦しんだり何かに怒ったりできるような状態ではない。悄然と座り込んでいる様子が余計に哀れを誘う。


(生活はまあ何とかなる。政府の見舞金と航空会社の賠償金で纏まった額が入るだろう。問題は生活できていれば立ち直れるか)

 少し難しい気がする。今までと同じ暮らしをしようとしてもしこりが残る。

(何か生活に張りが必要だ。こうしなきゃいけないって思う何かを与えないと)

 諸々と覚悟を決めていたリューンこそ冷静に考えられるが、妹には新しい生活が必要だと思える。

(前提条件として、まずフィーナを守れないといけない。奴らのやり口は理解した。絶対に故意だと匂わせない条件で事故に見せ掛けて殺そうとしてくる。それならやっぱり学校だな。このまま通わせて人の中に置いておく)

 手を出しにくい条件下だと思える。部外者が入り込みにくい空間だ。

(そのうえで新しい何か。パン屋を続けさせるしかねえか)

 売り子として近所の目の届くところにありながら、真新しい生活の場になる。


 そのためにリューンは休学するのを決意した。商品を用意しなくてはならない。それができるのは彼だけだ。とてもミドルエイジスクールに通いながらできる仕事ではない。


「フィーナ、聞け。これからは何があろうと俺が守ってやる。お前の何もかもをだ」

 潤んだ瞳が見上げてくる。

「ずっと?」

「ああ、ずっとだ。だから俺の言う通りにしろ。まず学校はこのまま通い続けるんだ。それからな……」


 妹はつらそうにしながらも彼の考えを聞いていた。


   ◇      ◇      ◇


 フィーナを寝かしつけたあと、抑え込んでいた感情が爆発しそうなリューンは街の外へと走る。食い縛った歯の間から熱い息が炎のように漏れるのを耐えながら走り続ける。


 緑地帯を抜けて誰も見ていないところまで辿り着くとようやく立ち止まった。もう限界が近い。


「覚えてやがれ! 落とし前はつけてもらうからな!」

 大音声が荒野へと流れる。

「許さねえぞ、絶対ぃー! 絶対にだぁー!」


 リューンの咆哮は星空へと昇っていった。

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