独立と外交(9)

「誰でも知ってんじゃねえか。こいつら四家が権力を得るために普通の植物学者を担ぎ出して王制なんてものをでっち上げた」

 画角に入ってきた少年が、いかにもくだらないと言いたげに顎を突き出して言ってくる。

「なんだね? 今は国家間の交渉の席だ。遠慮したまえ」

「うるせえよ。さっきまで奴隷扱いしてたくせによ」

 言動の不安定さを指摘される。

「あんた、国防大臣だろ? つまり軍の元締めだ。だったらこの顔に覚えがあんだろうが。知らねえとは言わせねえぞ?」


 彼の言う通り、ダエヌはこの少年が何者か知っている。水面下の交渉で、身柄確保或いは抹殺の指令を下した少年だ。ゼフォーン側に回り、戦力と化してからは一貫して抹殺指令に切り替えている。


「何のことだか分からんね」

「どこと組んだか分かってんのか?」

 彼の言を無視して少年は問い掛けを続けてくる。

「今のあの国は大戦の英雄様の子孫が牛耳ってるじゃねえか。しかもやりたい放題。英雄の家名を持つ者が白って言ったら黒も白く染まるらしいぜ。そりゃただの独裁と違うのか?」


 抹殺指令の対象、リューン・バレルが指摘しているのは惑星国家ゼムナのことである。三星連盟支配下の人類圏を解放に導き、巨大な発言力を有するに至った国家。

 そして、その国の中心にあるのは伝説の英雄ライナックの子孫である。志半ばにして戦死したロイド・ライナックを継いでディオン・ライナックが大戦を終結に導く原動力となったのは間違いない。その名が子々孫々に讃えられるのも無理はなかろう。


 ただし、現在ゼムナの中枢に座っているのはほとんどが名ばかりのライナックである。ディオン・ライナックと縁戚関係となり、その家名を名乗ることを許された血縁のない者が大勢を占めている。戦後七十年で爆発的に増えた英雄の家系は驚くべき数になっている。

 そのライナック家の者たちが議会の椅子を占有し、ほぼ全権を握っているのが現状。それでもゼムナ国民は戦勝国であることに酔い、英雄の名に酔っている。政権支持率は高いままなのだ。


「ライナック批判は勧めんぞ」

「そうだな。そいつはまあ置いとくか。で、何て言われてそそのかされた? 遺跡技術でもくれてやるって言われたか?」

 少年は皮肉げな笑いを収めない。

「だから何のことだか分からんと言っているだろう?」

「ほざいてろ。言っとくが、あの国と組んでいいのか? 確か国によっちゃ渡航に注意喚起が付いているとこだってあったはずだぜ」

「友邦を侮辱するのはやめてもらおうか」


 リューンの指摘は事実である。ライナック家の中には旅行者への犯罪行為に及ぶ者もいて、時折り問題化するがいつの間にか立ち消えになっている。ゼムナ政府の圧力だろう。

 それでも貿易交渉のための渡航者は無くならないし、ゼムナとの関係を見直そうとする国もない。戦中戦後、最も協定者が多かった国であり、今も多数の遺跡技術を保有し、それによって生み出したアームドスキンを始めとする兵器産業で一歩も二歩も先を行く国。国交を断てば、たちまち自衛力さえ失っていくのが人類圏の現状である。

 そのためゼムナは国際社会で厳然として軍事力と発言力を持つ大国として存在する。生産力でガルドワが一歩先んじようが、揺るぎない地位を確保しているのである。


「奴らが怖くて俺を売ったか? それとも自国内に俺を飼っておくのが怖くなったか?」

 言葉の圧が強くなってきた。

「……小僧一人、何ほどのこともない。つけあがるな」

「強がるなよ。あんたは俺様が何だか知っている。その意味が良ーく分かってる。面倒なことになる前に始末しようと思ったんだろうが生憎だったな。絶対に潰されてやるもんかよ」

「ぐ……」

 確かにこの少年の持つ血の意味は大きい。しかし、たった一人で何ができるという思いも嘘ではない。

「誰に喧嘩を売ったか、あんたの欲惚けた頭に刻み付けてやる。絶対に忘れんじゃねえぞ?」

「貴様……」


 2D投映パネル越しに突き付けられた指にいわれなき恐怖を覚える。だが、そんなことで及び腰になっていい状況ではない。


「もういいかしら、リューン? この方はどうあってもゼフォーン国民の苦しみを理解してもらえず、隷属を強いるつもりのようです。それがアルミナの意思だと受け取ってよろしい?」

 トルメアがそう問い掛けてきた。

「脅しなど無駄だ。ゼフォーンには償い続ける義務がある」

「奪い続ける権利があるとおっしゃらないだけマシだとしておきましょう。さて、ここに大統領令の文書があります。これに署名しなくてはなりません」

 彼女はサインをしたためると読み上げる。

XFiゼフィを含めた抵抗組織連合を『ゼフォーン解放軍』とし、暫定政府指揮下に編入する」

「了解だ。総帥も了承してるぜ」

「では、改めて。我らゼフォーンはアルミナ王国に宣戦を布告します!」


 ダエヌはトルメアを睨み付け、「後悔するぞ?」と低い声で告げる。しかし、彼女は態度を変えたりはしない。


「ここがどこだと思います? 戦艦ベゼルドラナンの会議室の一角をお借りしています」

 横に別のパネルが立ち上がり外の様子が映し出された。そこに見えるのは宇宙要塞だ。

「第8ジャンプグリッド警備要塞攻略を開始しなさい」

「なにぃ!」

 ダエヌは奇襲作戦に驚愕した。

「行ってくるぜ」


 そこで通信は打ち切られたのだった。


   ◇      ◇      ◇


「あなたは何者?」

 トルメアもそう訊かずにはいられない。


 彼が交渉に同席してくれると申し出てくれた時は、背中を支えてくれるものだと思っていた。だが、話の流れは予想外で疑問だらけ。


「知らねえほうがいい。と言いたいところだが、あんたも当事者になっちまった。教えとく。俺はな……」

「えっ!」


 彼女の胸中に期待と後悔が渦巻いた。

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