独立と外交(3)

 寝転がっている舷側装甲板は夜気で冷め、昼間のほてりを残した肌に気持ちいい。夜空には驚くほどの星々が瞬き目を潤してくれる。穏やかな海の小さな波が舷側に当たって立てる水音がフィーナを安心させる。


 それだけが理由ではないだろう。手足を伸ばしているロボット犬ペコの向こうにはリューンが身体を横たえている。兄がいればどこでも彼女は落ち着いていられるのだ。


「戦争になるのかな?」

 思いが零れ出た。

「あっちの出方次第だな」

「アルミナの人がどれだけ現状を知っているかも分かんないもんね」

「仮に伝わっていたとしても、その程度で動く世論でもねえだろ?」

 言わんとしているところはフィーナにも理解できる。


 ゼフォーンには衛星が無い。ただ、日常的に藍色に塗り潰された星空を流星雨が彩る。何度眺めても思わず感嘆が漏れるほど美しい。だが、そう口にするのは憚られる感情もある。


「これも戦争の残滓?」

 それが理由。

「そうだろうな。量が多い」

「過去の欠片か……」


 衛星軌道にはアルミナに放棄された無人ステーションがゼフォーンの制御下に入り今も働いている。そこからは多数のデブリクリーナーが発進しては、本星への突入軌道を取る大型デブリを、大気圏で燃え尽きる大きさへとレーザーで切り刻んでいる。

 同様の働きをするステーション船も飛び回っている。なので、星系内は船体を貫かない程度の大きさにまで裁断されたデブリが多数浮遊している。その一部がゼフォーンの大気圏へも落ちてきて流星へと変わる。夜空に流星を見るのは、日常茶飯事なのだ。


「元はほとんどアームドスキンとか戦艦なんだよね?」

 以前、そう説明を受けたのだ。

「それ以前の艦載戦闘機なんかも混じってんだろう。解放運動じゃあまり宇宙戦闘はしてねえらしいから、大概が大戦当時の物だからな」

「七十年以上、もしかしたら百年くらい前の戦闘で生まれた大量のデブリなんだねぇ」

 だからリューンは彼女に戦争の残滓だと教えたのだ。


 アルミナではあまり見られなかった流星には、美しさと哀しさが同居しているように思える。肉眼で確認できる痛ましい歴史といえるだろう。それが再び繰り返されようとしている。


「三星連盟大戦の勝利もマズかった」

 フィーナは首を傾げる。

「誤解させるには十分だっただろ?」

「誤解。そうかも」

「アルミナの歴史は虚飾の積み重ねじゃねえか」

 頷かざるを得ない。


 出だしからして大きな誤解がある。

 建国史では、のちに初代王となるトマソン・ベルリッチが植物改良を行い、移民の生活圏を広げていったとある。その功績と指導力、カリスマ性が移民たちの心を捉え、望む声に応えて王家を開闢かいびゃくしたと綴られている。

 しかし、現実には彼はただの植物学者でしかなかった。フィールドワーク系の学者であり、それ故に指導力も備わってはいただろう。ただ、カリスマ性という虚像を築いたのは、彼のスポークスパーソンとして働いていた四人の人間である。


 その四人が現在、四家を名乗るナグティマ家、ダエヌ家、ジーム家、ポウ家の祖となる。政治的手腕に優れていた彼らは、トマソンを補佐すると同時に尊敬を集めるよう人心を操作し、首長へと望む声を作り上げた。

 更なる権力集中を目論んだ四人は結託して、トマソンを大時代的な王座へと祭り上げるよう世論操作を行った。そして彼を納得させる形で王政へと移行したのである。


 だが、トマソン本人が望んだ地位ではなかった。それは後に数多く見つかった手記に綴られている。

 過大な期待と責任、押し寄せる後悔。それでも人心を纏め上げて植生改良を進め、暮らしよい環境づくり政策のために我慢に我慢を重ねていたとある。


 破棄されないよう、人目に触れない場所に記録されていたそれらの手記は、彼の死後に発掘されて衆目を集める。しかし、大衆は体制の是非を問わなかった。

 トマソンが開拓時の英雄であるのは間違いなく、現体制が機能したからこそ現在のいくらか豊かな暮らしが実現されたのだと感じていたからだ。そして、命じられて動く社会構造を楽だとも思ってしまったのだった。


「子供だって初代王の真実くらい知ってるのに誰も批判しねえ」

「宗教みたいに王に依存するようになっちゃったって識者も言ってる。でも、それが今日のアルミナの繁栄にも繋がっているって」

 それをリューンは鼻で嗤う。

「現状維持に汲々としてたんじゃねえか。連盟加入を拒んだのだって、独立独歩を選んだんじゃなくて、基盤の甘い王制に干渉されたくないが為だったってのが定説だろ」

「だね。それで結局は大戦時に、解放の大波に飲まれちゃった」

「ゼムナとガルドワに技術協力をほのめかされ、連盟との距離感を曲解した近隣国家にそそのかされて宣戦布告。それで国体が揺らぐほどの損害が出りゃ退き時もあったんだろうが、勝ち続けちまったもんだから現体制の正しさを証明したって論調さ」


 大きな戦果と国際世論で押し上げられた王家は国民の忠誠心を集め、揺るぎない形へと成長した。それが現在のアルミナ王と四家が敷く王制の基盤となっている。


「その驕りが仇になる時が来ちまったな」

「もし統制を正当化して維持しようとするなら?」

「俺様に喧嘩を売ったのを後悔させてやるぜ」


 変わらず猛々しい兄にフィーナは苦笑した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る