第八話

本星決戦(1)

 XFiゼフィを中心とした抵抗組織は連合し、ゼフォーンの首都ラザフォーンを奪還するに至っている。組織連合の攻勢が盛り上がりを見せたのも一因だが、呼び掛けに応じた市民決起が盛んだったのも大きな要因であろう。統制政府側がそれをどう受け取っているのかは定かではないが。


 今や組織連合を取り纏めるような発言力を持っているXFiの自治政務部トップのトルメア・アディドは情勢が落ち着く前にいち早くラザフォーン入りし、市民に冷静沈着な行動と整然とした生活を訴える。一時の感情のままに過激な暴走へと向かっていくのを防ぐ意図だ。

 ゼフォーンがまた同じ道を歩むと思われてはいけない。興奮し喚き散らす者を前にその道理を説き、自らを律して真の独立を勝ち得るには何が必要かを諭していった。


 危険な場所に立つ彼女の傍らにはいつも銀色のアームドスキンの守護が付いている。平静を取り戻した市民たちは、大きな力を味方に付けていながら穏やかな弁舌を貫く彼女を尊敬の眼差しで見るのだった。

 そして統制政府に占有されていた国民議会場にトルメアが入っていくのを大勢の市民が歓声を上げつつ見守る。市民の様子と、首都奪還に感涙する彼女はオレンジ色の髪の少年へと抱き付く。それが剣王であるのを知る者は感動の涙とともに声援を送るのだった。


「ごめんなさい。思わず取り乱してしまったわ」

 息子のミックを肩車する少年へとトルメアは詫びる。

「いいんだよ。宿願の瞬間だ。涙くれえ出ちまうってもんだ」

「大切なのはこれから。ここで立ち止まっているわけにはいかないの」

「無理すんな。時間的な余裕なんぞ俺様が作ってやる。あんたは土台からしっかりと作り上げてやれ」


 幼児に髪を引っ張られようが叩かれようが泰然と微笑むリューンに安心感を覚える。年齢にそぐわない態度を持ち得るのに、彼は何を捨ててきたのだろうかとも思えてしまう。


「皆の期待には応えたい」

 自分も何かを捨てねば届かないのか?

「気持ちは分かる。だが、母親であるのを忘れんな」

「そうね」

 釘を刺された。

「荒事は我々に任せて、あなたには人と平穏を作っていただきたいのです」

 XFi総帥であるダイナも言い添える。


(彼らは決して英雄たるを望んでいない。自らの命を礎であって構わないと考えている。それを見せられて頑張らないでいられる?)


 トルメアはそんな思いを抱きつつ二人を見上げた。


   ◇      ◇      ◇


 戦艦ベゼルドラナンに帰ったリューンたちは少し表情が厳しめになっている。


「彼女には楽観的に伝えたが、決して悠長にしていられる状況でもないな」

 ダイナは語調を抑えているが固い。

「そうなんですか? ラザフォーン奪還だってそれほど激しい戦闘は無かったじゃないですか?」

「市民から白眼視されて治安機関は逃げ腰だったからな。治安維持軍も要人警護で多くが出払っていたし」

 フィーナの質問にも実情を伝えてくれる。

「軍も後がない。そう簡単には退いてくれんだろう」

「そうでもないかもしれないわよ」

 エルシが異論を挟む。

「表向きには容易には劣勢を伝えないにしても保険はかけているわ。アルミナに通じる第八と第二十六のジャンプグリッドを飛んでくる艦艇の数が長期に多い。これは大軍を投入してきたのではなく撤収準備。おそらく軍内部で退路の確保が論じられたのじゃなくて?」

「それは……、なるほど」


 ダイナは情報の真偽を問おうとしたのだろうがエルシ相手にそれは愚行だと思い直したらしい。どうやって得ている情報かまでは理解が及ばないにしても、その正確さは理解している。


「あまり追い詰めすぎると難しいかとも思っていたのですが、もう少し考えてみます。情報ありがとう」

 ダイナは礼を言って艦橋ブリッジへと向かう。オルテシオ艦長とも相談するようだ。

「どういたしまして」

「あまり根を詰めちゃ駄目ですよ」

 フィーナも肩の力を抜くよう勧める。


 それまで沈黙を保っていたリューンはエルシの様子を窺うが、おそらく気休めではないと感じる。彼女の表情が読み取りづらいのは彼だけのことではなかろう。


「退く選択肢を準備してるにしてもよぉ、少し強情過ぎねえか?」

「どういう意味で?」

 自室にエルシを誘ってから尋ねると試すような視線が返ってくる。時折り彼女は少年を測る。

「こうも劣勢だと普通は交渉の窓口くらい作る気になってもおかしくねえって言ってんだ。軍だって損害ばかりでかくなりゃ批判の対象にされるだろ? 落としどころを考え始めてもいいのに、そんな動きが一向に見えねえ。こいつはどういうことだと思う?」

「そんなふうに考えてたんだ。そのほうが近道だもんね」

 妹も似た考えを持っていたと見える。

「交渉の余地はない、もしくは必要がないと考えていると?」

「それで辻褄が合っちまう。ゼフォーン撤退は仕方ねえにしても、その後の展開には勝算があるんじゃねえか? そんなふうに見えんぞ?」


 政府もアルミナ本星防衛のために今以上の戦力投入は躊躇う。ただし、調子に乗って攻め入ってくるなら蹴散らしてやろうという意思が見え隠れしているように思えてならない。その自信はどこから湧いてくるのだろうとリューンは考える。

 アルミナは豊かな惑星ほしではない。ゼフォーンという供給源を失ったら継戦能力はガタ落ちになるはず。そこを見越した計算ができていないわけがない。


「ゼフォーンを危険視した他の国が支援してくれるから?」

 ペコとペスを構いながらもフィーナは頭を捻っている。

「周辺国家にはそこまでの余裕はねえぞ。ここらじゃアルミナが一番力がある。そこを劣勢に追い込む勢いがある相手なら二の足を踏むだろ?」

「そうだよねぇ」

「それでも動く国はあるのではなくて?」


 エルシは意味ありげに見つめてきた。

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