エルシ・フェトレル(6)

 空挺機甲車スペースから電動バイクが滑るように格納庫ハンガーの通路を走ってきた。ドライバーは当然オレンジの髪の少年である。艦底のスロープから乗り込んできたのだろう。


「おーい、全部問題なくロックは解除できてたみたいだぜ、エルシ」

 パシュランの昇降バケットでフランソワと話していた彼女を見つけたリューンが報告してくる。

「確認ありがとう」

「何てことはねえ。それよりたっぷりと果物もらってきたぜ。天然ものだ」


 XFiゼフィ艦隊が接近してきたのを察知したこの地区の統制政府関係者は軍の護衛を受けて速やかに逃亡した。治安機関の者も、民間の管理者待遇のアルミナ人を護衛して撤収している。

 その時に腹いせに管理者権限で食料プラントの機能ロックを掛けられてしまい、生産がストップしていたのである。それらのロックをエルシは遠隔で解除したのだが、現場の状況は完全には把握できない。少々の漏れは仕方ないと思っていた彼女に、少年は自分が確認してくると言ってバイクを出していた。

 ドライブの口実なのだと思っていたが、どうやらちゃんと回るべきところは回ってきたらしい。この辺りの産物は主に果実なのだ。


「ほらよ」

 エルシとフランソワ、留守番していたフィーナにみずみずしい果実が放られる。

「出荷するには熟れ過ぎちまってるんだとよ。山ほど持たされたぜ」

「すごい。美味しそう」

 フィーナは瞳をキラキラさせている。これも贅沢品に分類される。


 アルミナでも天然の果実は容易に手に入らず、合成果実スティックが代用品として出回っていると聞く。食感や味、香りも再現されているだろうがやはり天然果実の比ではないだろう。


「最高だろ、こいつは」

 行儀悪く嚙り付く兄妹は堪能しているようだ。

「本当だ。とびきり甘いねえ」

「ええ、素晴らしいわ」

 フランソワに続いて彼女も真似をして嚙り付くと、つい頬がほころんでしまう。

「いい顔すんじゃねえか?」

「好きなのよ」

 正直に話す。

「多様な甘さの種類に酸味の強弱。ときに苦みまで味のバランスに組み込んである果実の味わいの奥深さには感動させられるの」

「そんなに好きかよ。しょうがねえな。ドライフルーツも持たせてもらったから、そいつを練り込んだパンを焼いてやる」

「楽しみにしているわ」

 リューンの笑顔をまぶしくさえ感じる。


(やはり誰かの補助をしているときが最も充足感を感じる。働きを認められているならなおさら。私たちはそんなふうに作られているのね」

 嫌だとは思わない。満たされる感覚がエルシを酔わせる。


 長きに渡る休眠期を経てまで個を維持し続けてきたのは、誰か主を求める意識がそうさせたのだろう。滅びを迎えるゼムナ文明に殉じなかったのは新たな人類の発生に期待を抱いていたからかもしれない。


「全部食堂に運んでおきましたよ、リューンの兄貴」

 彼を慕う少年少女が報告にやってきた。プラント職員が感謝を込めて大量に運び込んでいたらしい。

「おう、ご苦労。お前らも食っていいぞ」

「美味しいよ。疲れも吹っ飛んじゃうから」

 満面の笑みを見せるフィーナに少年たちは見惚れている。

「かー、フィーナちゃん、可愛いっすねぇ! さすが兄貴の妹さんだ」

「なんだ? 惚れてんのか?」

「そりゃ、まあ。いいな、とは……」

 彼らはリューンの顔色を窺っている。

「俺の妹に手を出そうとはなかなかいい根性してんな、手前ぇら。覚悟はできてるってことでいいな?」

「とんでもないです!」


 皆が声を揃えて否定する。少年たちは蒼白になって直立不動で並んでいた。


「冗談だ」

 リューンは吹き出す。

「好きになるのは勝手だ。咎めたりはしねえよ。妹に『惚れた』と言わせてみろ。よほどのろくでなしでねえ限りはくれてやる」

「本当っすか!?」

「二言はねえ」

 一時的に盛り上がっている。

「そう言うのなら仕方ないけど、わたしの理想は高いよぉ? だって、ずっとお兄ちゃんを見てきたんだもん。少しでいいから勝ってくれてないと無理かも?」

「うげっ!」

 一瞬で悲鳴に変わった。


 少女の理想の高さに皆が消沈している。フィーナの流し目を受け取っても、その意味を知ってか知らずか少年は知らんぷりだ。じゃれ付いてきたペコを抱き上げているだけ。


(ペスも普通にしているから動揺はしていないわ。こう見えて直情的な部分はほとんど無いのよね。やはり、いずれは自分の血と対決するのだと覚悟を決めているからなのかしら)

 彼のクレバーな部分をそう分析する。


「お前ら、失礼だぞ? 美女ばかりを前にして」

 リューンはニヤニヤ笑いを貼り付けたまま。

「フランなんていい女じゃねえか。誰か口説こうって奴は居ねえのか?」

「おや、旦那に死なれてから男っ気はさっぱりだからねぇ。若い子も悪くないかもしれないね」


 少女たちの険悪な視線と、フランソワのたちの悪い冗談を受けて少年たちは逃げ出した。と思えば一人だけ踏ん張っている。


「僕はフェトレル女史派です!」

 堂々と宣言する。

「ああ? エルシは駄目だ。こいつの時間は俺のもんだからな。絶対にくれてやらねえ」

「そんなことを言っては誤解が広まってしまうかもしれなくてよ?」

「好きにさせとけ」

 すごすごと去っていく背中を見送る。


(口説かれているのかしらね?)


 エルシは女性の感じるであろう優越感を果汁と一緒に飲み込んだ。

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