解放攻勢(4)

 聞き慣れたモーターの唸りがリューンの気分を高揚させる。静かでありながら、或る種の躍動感を感じさせる振動が身体の下から伝わってきて心地いい。そこから感じられる滑らかさに、それまで彼の相棒となっていた市販品とは違う印象を覚える。

 それもそのはずこの燃料電池式電動バイクは、アームドスキンも製造できる工作機械を用いて作られたものだ。おそらく性能では比較にならない。アクセル操作からの加速や、程よい重さのペダルからもそれはひしひしと伝わってくる。


「ちょっと風が冷たいのも気持ち良いね、お兄ちゃん」

 背中に貼り付くフィーナも楽しんでいるようだ。

「風を感じるのは最高だろ? 戦闘艦やアームドスキンじゃ味わえねえもんだからな」

「うん、景色が流れていくのも楽しいし」


 エルシが準備をほのめかしていた、降下時の救出のご褒美はパシュランだけではなかった。彼女がこのバイクを出してくれた時には思わずハグしてしまったほどだ。ちょっと後悔はしたが、それくらいに嬉しかった。


「普通の街並みに見えるが、ちっとばかり大人しめか?」

 ヘルメットは宇宙服仕様のもの。気密状態にはしていないものの、無線は普通に通じているので会話に苦労しない。

「うーん、あまり派手なファッションの人はいないね。禁じられているのかなぁ?」

「店もそんなに飾り立ててねえしな」

 荒廃しているとはいえないが、抑圧されている印象は拭えない。


 ここは抵抗勢力レジスタンス支配地域ではなく、アルミナの統制下に置かれている地域である。偵察を命じられたわけではないが、本人たちはそれとなく様子を探ってもいる。

 オルテシオ艦長が許可を出したのは、活動家の空気を醸し出していない二人なら疑われる心配はないであろうという判断だと思われる。その善意には応えたいと感じているので分かる範囲の情報収集はするつもりだ。


「さすがに街中には軍が駐屯とかしていないがよぉ」

 少年は目を走らせる。

「警察や消防はこれ見よがしにアルミナ軍製を並べてやがるな」

 そういった施設は大きな格納庫を併設している。緊急用に開放されたそこにはアームドスキンが数機並んでいるのが確認できる。

「もしもの時は使うぞって恫喝されてるみたい」

「躊躇いもなく使うだろうよ」

「なんか嫌な空気」

 フィーナの口調も曇る。

「活気がねえのはそれだけが理由じゃねえだろうな」


 反対に見られないのが町工場で組み上げられるアームドスキンの姿だ。

 土木・建築作業用にも広く用いられるアームドスキンの製造は、軍工廠や巨大企業だけが握っているのではない。そこで製造される機体は高性能なだけ高価でもある。

 民間建設業者や警備業者が使用するアームドスキンの製造が町工場に安価に依頼されているケースも少なくない。アルミナでは当たり前だったその光景が、ここゼフォーンでは全く見られないのだ。間違いなく規制対象だと思われる。


「民間にはいっぱい規制がありそうだね?」

 経済を活性化させないのも意図されているかもしれない。

「そうじゃなきゃ、あんな派手に反抗はしねえだろう?」

「国際社会には自由と独立を認めていますよって宣伝しつつ、実は身動きできないよう縛っている規制との兼ね合いがこんな雰囲気を生み出してるのかも」

「たぶん、そうだろ」

 少なくとも兄妹が触れてきたアルミナ政府の広報とは乖離しているように思える。


 活気を欠き停滞を余儀なくされた街並みにも異分子は存在するようだ。大通りを流していると同じバイクの一団が二人を狙うように追随してくる。


「おらおら、余所者が好きに流してるなよ!」

 横並びのバイクのバイザーからは少年の顔が透けて見えている。

「女乗せてるからっていきがってたら後悔すんぜ!」

「ああん? 後悔させられるってんならやってみろよ」

「ほどほどにね?」

 フィーナも止められるとは思っていないらしい。


 妹を乗せている状態で無茶な仕掛けをされたくはない。ショートブルゾンとひざ丈の短パンの下にスキンスーツを着ているが、転倒などすれば怪我をしてしまう可能性はある。大通りを外れ、無人タクシープールの空きスペースへとバイクを滑り込ませた。


「大歓迎じゃねえか」

 取り囲むように停車するバイクの群れに、スタンドを立ててヘルメットを外したリューンは薄笑いで睥睨する。

「いい度胸だな、お前」

「俺らを嘗めてんのか?」

 現れたオレンジの髪に一瞬ギョッとした少年少女の群れだったが、気を取り直して数に任せて食ってかかる。

「おい、すげえ可愛くね?」

「おう、お前も気付いたか」

 バイクに横座りして観戦する体勢のフィーナにも視線は集まっているようだ。

「別に買う気はねえ喧嘩だがよ、こうも売り込みが激しいと買いたくなっちまうじゃねえかよ」

「何だと!? だから嘗めるなって言ってるだろうが!」


 気の短い一人の少年がいきなり殴りかかってきた。無論覚っていたリューンは拳を掴み取ると捻り上げる。苦鳴を上げる相手の背中を押して路面に倒したら、腕ごと踏んで押さえ付けた。


「そう急くなよ。ちゃんと遊んでやっからよー」


 白い歯の覗く口元には獰猛な笑みが浮かぶ。少年たちはいつもと違う勝手に戸惑いを感じていた。

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