破壊神のさだめ(前編)(8)

 氷塊環礁で作戦行動中だった部隊が、リヴェリオンらしき機体の襲撃を受けた報告はエヴァーグリーンにも舞い込んでいる。添付されていた画像はあまり鮮明とは言えないが、確かに協定機の白いボディに見える。その時間帯に艦隊から発進していた記録も残っていた。

 否定材料に苦慮するラティーナは、対応に関する統一見解を示すために二人の副司令との通信会議を開いていた。いつもであればオービットと相談するだけだが、彼はユーゴの否定派だけに今回はフォリナン・ボッホも交えている。


「もう限界だと考えています。今はまだ兵員には伝わっていませんがいずれは噂の形で広まるでしょう。重用を続けるのであれば閣下への批判はいや増すばかりかと?」

 やはりオービットは遠ざけるよう訴えてくる。

「先日も話しましたが、彼抜きでは作戦の立てようがありません。それはあなたも納得済みでしょう?」

「作戦上計算できない一戦力として扱うべきです。閣下の命令になら表向きは従うでしょう。そういう存在だと割り切ってみせるべきでは」

「なので近衛部隊に組み込んでいるのです。元からわたくしの直下で動かす心積もりでした」


 オービットは黙したまま視線を送ってくる。それは直下で動かすのではなく、好き勝手をさせるという意味だと言いたいのではなかろうか。


「しかし、ユーゴ君の有用性は戦略上無視などできないでしょう? 彼の働きとともに全軍が噛み合っていなければ勝利の道筋など見えてはこないと思っています」

 予想通りフォリナンは擁護に回ってくれる。

「協定者としてのクランブリッド宙士になら従おうという意識があったかもしれません。ですが不信感が募った状態で従う者は居なくなると考えます。そうなれば噛み合うなど不可能。フォア・アンジェならば暴走にも慣れているのかもしれませんが」

「オービット、やめてください」

 彼の揶揄を諫める。


 ユーゴが自由過ぎるのは、最初の段階から引き締めて掛からなかったフォリナンの責任もあるのではないかと考えているようだ。否定はできないだろうが全てがそうでもないだろう。最初から何もかもが少年を中心に回っているのだから。


「閣下の裁可をいただけるのであればそれでも構わないと思っていますよ」

 ユーゴを自分の部隊に組み込んでも良いと言う。

「おっしゃる通り慣れている。どうあれユーゴ君にはトランキオの相手をしてもらわなくてはならない。状況を見ながら動ける柔軟性がうちの連中にはありますのでね」

「通じませんか」

 指揮官自身も柳に風と受け流している。

「貴官のような方にこそ彼は合うのかもしれませんね」

「オービット殿が生来の指揮官と言えるのでしょう。私は部下が動きやすいよう差配するだけの調整役ですよ」


(フォリナンさんの言う通り。司令という立場であれば作戦を軸にして全軍を有機的に運用するのが正しい姿勢と言える。そういう意味でオービットは正しいし、ユーゴを異分子のように感じるのは仕方ないわよね)

 自分で考えて自分で行動されたのでは敵わないだろう。しかし、協定者とは本来そういう存在なのではなかったかとラティーナは思うのだ。だから自由裁量権を認めている。

(あまり縛っては真価を発揮できないのが協定者。私も彼を信じて前だけを見よう)

 彼女の中で希望が膨らむ。ユーゴが描こうとしている未来を信じて。


「それに大きな間違いは起こらないと考えています」

 フォリナンは言い添える。

「何をするか分からなくとも、ですか?」

「彼にはリヴェルが付いているのですよ。歴史上、ゼムナの遺志が人類に仇成す意思に助力したことなど無いはずです」

「汚いですよ。それを持ち出されては反論できないではありませんか」

 議論の先を見通したオービットは苦笑いを見せる。

「現場指揮官というは小賢しいものです」

「貴官も私が苦手とするタイプなのですよ」

 せめてもの反撃が放たれた。


 ラティーナは二人を執成すと、このままユーゴの自由にさせる基本方針を決定した。その批判は彼女が甘んじて受けると。


   ◇      ◇      ◇


 氷塊環礁は惑星ゴートと衛星ツーラを結ぶ低高度軌道上で相対位置を守っている。搬送当初から、資源利用に供している現在までそれは変わっていない。


「近衛と第一艦隊も環礁の向こうに到着して布陣したんだよね?」

 ユーゴが問い掛けた相手は紫髪紫眼のアバター。

『娘の元には報告が届いている。公表はされんだろうがな』

「ホーリーブライトも氷塊に紛れ込んで時間も経ったし、そろそろ頃合いのはずなんだけど」

『そも、あまり時間は無かろう? 機動要塞は作戦宙域に近付いてきている』

 彼我の距離は縮まり、明後日辺りには作戦開始となるだろう。

「もしかして今頃ブリーフィング招集掛かっているかもしれないね」

『呼ばれたかどうかは疑問だ。汝は軍議にも声が掛からぬようになっておるではないか』

「警戒されちゃったもん。まあ、こんなことしている時点で当然だろうけどね」


 リヴェリオンのコクピットのモニターには、氷塊群の中に鎮座するように白い巨艦が浮かび上がっている。周囲には第二艦隊の艦影も多数確認でき、一斉にレーザースキャンを受けた警報が表示されている。


 ユーゴは臆しもせずに中心たるホーリーブライトを目指した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る