機動要塞ジレルドーン(9)
トランキオの不可思議な撤退にユーゴは首を傾げる。押されてはいないが、優勢とも言いがたい戦闘だった。損害も与えていないのにトランキオのみが撤退するのは不気味である。
『やはり限界であったか』
その疑問にリヴェルが回答をくれる。
「なんで逃げたか分かるの?」
『あの機体には稼働限界があるはずなのだ。そうでなくてはおかしい』
「葉っぱにはそんな欠陥があったんだ」
それは少年の早合点だと指摘が続く。
『正確には機体の欠陥ではない。搭乗者のほうの限界だ』
「アクスが悪いの?」
『いや、あの男が常人だからこそ限界がある』
歪曲力場を武器とする機体だからだとリヴェルから説明を受ける。
攻撃にも防御にも歪曲力場を使用するトランキオはそのコントロールをしなくてはならない。敵対機のビームを捻じ曲げて逸らし、自機の射出するビームも照準した方向へと偏向させる。
これらの作業を搭乗者が負担しているというのだ。それはまるで一人の人間が二桁を超える本数の手足を動かしているに近い作業だという。
無論手動でコントロールできるようなものではなく、
『汝のように遺伝子操作を受けていれば幾分かは稼働時間も長くなろう。だが、常人が動かし続ければ限界は近い。無理がたたれば廃人になるやもしれん』
怖ろしい宣告が為された。
「アクスは知っていて乗ってるのかな?」
『危険性は把握しておるまい。常識で考えれば、あのように欲に忠実な者が身を削るような戦い方は好まぬだろう』
「将来を捨てるようなものだもんね」
いくら戦場に身を置くのが普通でも、破滅願望でも無ければ乗れないと感じる。
「
『実験の一環であろうな。実用に耐えうるものか測る気であったのだろう』
会話しながらも撃ち放たれた岩塊の傍までリヴェリオンを進めている。リヴェルの指摘でいち早く察知していたユーゴは、友軍機の支援と敵機の撃破を重ねながら岩塊そのものも観察している。
(修理、間に合わないのかな?)
それならそれで対処を考えなくてはならないが、エヴァーグリーンの後退に合わせて移動している艦隊からは何の信号も発せられない。
(軌道変更スラスターも幾つ付いているか分かんないし、焼け石に水的な感じがする)
目に付いた
そうこうしているうちに前方に位置していたアイアンブルーが遅れ始める。オルテーヌを押し退けるように前に出た戦艦は全力砲火を岩塊に向けて放ち始める。それと同時に、各所から救難艇を放出し始めた。
(何やってんの、あの男はっ!)
意図に気付いたユーゴはリヴェリオンを反転させた。
◇ ◇ ◇
その動きは当然エヴァーグリーンでも掴んでいる。ラティーナは遅れだした濃い青の戦艦に向けて呼び掛けた。
「何をしているのです、オービット!」
2D投映パネルの中の男はヘルメットも被らないまま平然としている。
「これよりアイアンブルーを遊星砲弾に衝突させます。その衝撃と本艦の推力を合わせれば僅かに軌道を変えるくらいはできるとの計算結果を得ました」
「馬鹿なことはおやめなさい!」
「あれだけの大質量、一度通過してしまえば軌道変更しての追尾は不可能。その間に修理を済ませてお逃げください。艦内の乗員には退艦命令を出しております。どうか彼らだけは拾っていっていただけませんか?」
彼女の叫びもどこ吹く風で、自分の判断だけを伝えてくる。
「誰がそんな独断専行を許しましたか! 今すぐ逆進を掛けて合流しなさい! 処置は間に合います!」
「それは希望的観測に過ぎないでしょう? 貴女の乗員を信頼する気持ちは尊いものですが、ままならない事態というのも存在するのです。そんな危険にさらすわけにはまいりません。未来を担う閣下を死なせてはならないのです」
「死ぬ気など有りません! せめてあなたも退艦しなさい!」
最低限の提案をするがオービットは首を横に振る。
「残念ながら管理者権限で操艦しなければ、安全機構が働いて意図的な衝突などできないように作られています。私一人の我儘で貴女の、ひいては艦隊の安全が高確率で確保できるのなら安いものです。どうか、この忠義だけをお受け取り下さい。それで満足です」
自己陶酔的な台詞に聞こえるが、様々な計算の上で紡ぎ出した結論なのは分かる。オルバ・オービットとはそういう冷徹な計算ができる男である。
「そんな忠義など不要です! 皆で生き残る術を模索しなさい! これは命令です、オルバ!」
印象付けるようにファーストネームで呼ぶ。
「幸せ者です、私は。こんなひねくれ者で扱いにくい相手を信頼してくれるお方に出会えました。その方の未来にこの命を捧げることもできる。最高の死に場……、いえ、貴女の負担になるのは本意ではありません。これが私がやるべき使命なのです」
「それでラーナが喜ぶとでも思っているのか! 引っ込んでいろ、この分からず屋!」
アイアンブルーを衝撃が襲う。岩塊に衝突したのではない。
艦首には白いアームドスキンは手を突いて押し返そうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます