第十四話
機動要塞ジレルドーン(1)
アルミナ軍ザナスト討伐艦隊は、姿を現した敵機動要塞との距離を取って補給艦隊と合流している。探索作戦で消耗した物資は多岐に及び、そのままでは大規模戦力との交戦は難しいと考えられたからだ。
要塞ジレルドーンは移動している。その速度は決して速いものではなく、おそらく攻略目標としている衛星ツーラのコレンティオまでは遥かに距離が開いている。予断を許さない状況ではあれど時間的な余裕はある。
惑星ゴートの試験移住地が攻撃目標となる可能性も意見としては出た。しかし、それならばこんな規模の戦力を整える必要はない。ザナストは本気でゴート圏の覇権を狙っていると推測された。
「お母様のこと、すみませんでした」
ラティーナは父親のレイオットへと
「彼女は苦しんだのだろうか?」
「いえ、一瞬だったと思います。恐怖は感じたでしょうが」
「よしとすべきなのだろう」
ルーゼリアの死は公表されている。しかも組織犯罪に関わったうえでの事故死として。それはレイオットが
「本来であれば拘束して正規の社内法裁判にかけるべきだったとは思うのですが、状況が許してくれませんでした」
言い訳がましいが事実である。
「構わないよ。彼女に関しては私の落ち度のほうが大きい。あんなに身近にいて欠片も感じられなかった。どちらかといえばお前に重荷を背負わせたと思っている」
「お父様の心痛、わたくしでは窺い知れないほどでしょう。お気になさらないでください」
「助かる。私はもう駄目だろうが、今しばらくは退けない。動乱鎮圧の象徴となるであろうお前に引き継ぐまではな」
レイオットは創業家の者として責任を取る気でいるようだ。最高責任者の椅子に座り続けるべきではないと感じているのだろう。それでも精力的に働き続ける父をラティーナは誇りに思える。
「それはまだ先のこと。今のわたくしはお父様の苦悩を取り除き、ガルドワグループに秩序を取り戻すことしか考えておりません。ご無理なさらないでくださいね」
安心させるようにわざと泰然と微笑む。
「心強いな。人に恵まれる才能はお前のほうが上だろう。頼む」
「はい、必ずや結果を出してみせましょう」
父が好みそうな振る舞いで応じる。
別れの挨拶を交わして通信を切る。彼女とて考えねばならないことは山積している。どこから手を付ければ良いのか悩むほどに。
「貴女様こそあまり根を詰めないでくださいませ」
秘書官のジャクリーンが傍らにティーカップの乗ったソーサーを置く。
「ありがとう。でも手を抜くわけにはいかないの。人の生き死にが懸かっているんだもの。できるだけのことはしたいの」
「お手伝いさせてください。わたくしでもお支えするくらいはできそうです」
「ええ、頼らせてね」
姉のような秘書官の言葉に癒しを感じる。
(とりあえず補給が済んだら進発ね。再編のほうはオービットに頼んであるから確認するだけでいい)
ラティーナは何もかも自分でやろうとなどしない。頼れる人間には頼る。極論すれば、優秀な人間をどれだけ機能させるかが彼女の役目とまで思っている。
(あれほどの大戦力を相手取るには寡兵なのは間違いない。でも、こちらも大戦力で対すれば統制権の放棄みたいなもの。近隣諸国に疑念を抱かせては経営も傾くでしょう)
目の前の刹那的な勝利に飛び付いていては司令官として失格だ。経営者としても。
(ザナストも内部事情は楽観できるほどではないはず。戦力は確保できていても経験の裏打ちがない。そんな人員が多いのは明白)
そう予想している。
ここまでの活動は伊達ではない。ザナストの実戦部隊は少なからずダメージを被っているはずなのだ。
投入してくるのは実戦経験の少ない養成していた人員だろう。対して討伐艦隊は精鋭が集められているし士気も高い。補充される兵員も正規軍で実績を積んできたものが大多数。決して分の悪い勝負ではないと考えている。
(問題はあの新兵器。たった一機と侮ってはいけない気がする)
高い防御力に優れた機動力、遠距離対艦攻撃能力まである。
(対策を立てたいけど未だ性能面は未知数。不用意な作戦は危険だとしか思えない。対抗できるのは今のところリヴェリオンだけ。またユーゴに頼ってしまう)
それも懸念事項に数えられる。
(あの子が何を考えているのか分からなくなっちゃった)
変わってしまったと思う。ジーンを喪ってからの行動はラティーナにも読めない。
ロークレーたち
同じ構成員である特務隊と接触するための材料に利用したのは予想できる。しかし、その意図するところが分からない。あまりに根深い相手に業を煮やして内側から情報を引き出そうとしているのだろうか? ユーゴはそんなふうに考える少年ではなかっただけに余計に測れない。
(私、見限られちゃったのかも。おば様を守れなかったから)
彼に限ってそんなことはないと分かっている。でも、不安が心の奥に張り付いて離れてくれない。
ラティーナはそれが乙女心から来るものだとは気付いていなかった。
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