第360話『皆既月食と呪文』

せやさかい


360『皆既月食と呪文』さくら    





 ペコちゃんがすべった。



 と言っても、なにかの試験に落ちたわけやないし、バナナの皮を踏んだわけでもない。


 ベテランの芸人さんが、ここ一発のギャグをとばして反応が薄かった。こういうのを「スベった!」って言うでしょ?


 その「スベった!」ですわ。




「昨日の皆既月食はすごかったよねえ(^▽^)/」


 


 授業の冒頭でかましたんやけど、「あ、ああ……」いう反応がチラホラ。あとは「え、それなに?」という反応。


「あ、いや、だから昨日は皆既月食だったでしょうが」


 言いながら、黒板に『皆既月食』と大きく書いた。


―― え、みんなで月を食べる? ――


 そういうスカタンもちらほら。


 なんちゅうか、それがどないしたいう感じ。


「ほら、太陽と地球と月が一直線に並んで、月が地球の陰に入って見えなくなることを言うんだよ!」


 教師の性やろね、ペコちゃんは黒板に図を描いて、皆既月食の仕組みを説明。


―― ああ、なるほど ――


 という空気にはなるねんけど、もう一つ感動が薄い。


 たぶん、みんなテレビ見いひんし、新聞も読まへんからやと思う。


 それに日食やったら、夜みたいに暗くなるけど、月食は、わざわざ空見てなら分からへんしね。


「昔はね、月食を見てしまったら死んでしまうとか運が悪くなるとか言って嫌われたんだよ。天皇さんなんか、月食の日は、月が出てくる前から籠ったりして、大変だったんだよ」


 うんうん、なるほど……


 やっぱり反応が薄い。


「えと、英語では……」


「total lunar eclipse(トータル ルナ― エクリプス)です」


 ソニーが答える。


「そうそう、そうだよね。ヤマセンブルグとかじゃ言い伝えとかあるのかなあ」


「はい、ヨーロッパでも月食は不吉なものだとされていましたね。王さまの力が弱まるとされて、月食の日は、一日べつの人間を王さまとして立て、本物の王さまは一般人の格好をして隠れたりしました。月食が終わったら出てくるんですけどね」


「え、影武者?」


 聞いたのはあたし。


「影武者はどうなるの?」


 メグリンが聞く。


 他の子ぉらは――それでそれでぇ?――いう子らと、悪い答え(殺されるとか)を予感して眉を顰めたりしてる。


「居なくなります」


 え?


 ちょっと斜め下の答えやったんで、みんなは俄然興味を持つ。


「居なくなるとは?」


「居なくなるんです」


「せやから、どう居なくなるのん?」


「それは聞いてはいけないんです。災いが起こります……」


 ちょっと、シンとしてきた。


 ソニーは――ちょっとまずかったか――いう顔をして、話を続けた。


「他にも、皆既月食の日に呪いをかけるとよく効くと言われています」


「ええ、呪いって、どんなん!?」


「両手をこんな風にして……ヘックマリオッサ! エイ!」


 ちょっと雰囲気。


「しまった、ほんとにかけてしまった! みんな、ドアと窓を開けて! 呪いを逃がすから!」


 ヒエ!


 あたしが腰を浮かすと、他のみんなにも伝染って、いっせいにドアと窓を開ける。


 ガラガラガラ!


「サッオリマクッヘ! サッオリマクッヘ! サッオリマクッヘ!」


 腕を大きく払うような仕草をしながら呪文を唱えるソニー!


 大きく目を見開いたかと思うと、すぐに目を細めて、低く呪文を唱え続け、教室はシーーンと静まり返ってしまう。


「……と、まあ、こんな感じですね。雰囲気楽しんでいただけたら幸いです(^▽^)/」


 パチパチパチ!


 率先して拍手。みんなもそれにつられて拍手して、やっと平常の授業になった。


 


 ほんまは、ソフィーとソニーがもう一チーム作って文化祭の劇をする話をしたかったんやけど、それは次にね。




「いやあ、さっきの魔法は真に迫ってたねぇ!」


 帰りの昇降口でソニーを褒めたたえると、階段を怖い顔してソフィーが下りてきた。


 で、なんやら英語で言い合いしたあと、二人で魔法の杖を持って走って行った。


「取りこぼしの魔法があるみたいよ……」


 頼子先輩が渋い顔をして立っておりました(^_^;)




☆・・主な登場人物・・☆


酒井 さくら     この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生

酒井 歌       さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。

酒井 諦観      さくらの祖父 如来寺の隠居

酒井 諦念      さくらの伯父 諦一と詩の父

酒井 諦一      さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる

酒井 詩(ことは)  さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生

酒井 美保      さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 

榊原 留美      さくらと同居 中一からの同級生 

夕陽丘頼子      さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王女 聖真理愛女学院高校三年生

ソフィー       ソフィア・ヒギンズ 頼子のガード 英国王室のメイド 陸軍少尉

ソニー        ソニア・ヒギンズ ソフィーの妹 英国王室のメイド 陸軍伍長

月島さやか      さくらの担任の先生

古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン

百武真鈴(田中真央) 高校生声優の生徒会長

女王陛下       頼子のお祖母ちゃん ヤマセンブルグの国家元首 


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