第313話『馬場を走った!』

せやさかい


313『馬場を走った!』頼子   






 う~~~ん、ちょっと無理ねぇ。



 院長先生は腕を組んで唸ってしまった。


 いえね、思いついたのよ。


 ほら、裏の神社(ペコちゃん先生の実家)から東に伸びてる道が昔の馬場だってわかったでしょ。


 神社の前の鳥居は二の鳥居で、馬場の向こうの端、600メートル先に一の鳥居。


 それが馬場の跡で、悠々三車線くらいの一本道が続いてる。


 馬場だから、当然馬が走ったわけよ。多分、お祭りなんかの神事で、奉納競馬って感じ。


 本当は馬で走ってみたいなんだけど、無理だから、人間で走ってみようと思ったのよ!


 むろん、散策部のメンバーでね。


 それで、散策部の顧問でもある院長先生にお願いの巻というわけです。


「どうして、無理なんですか?」


「だって、今は一般道なのよ。途中に信号のある交差点が二カ所あるし、とうぜん車も走ってるわけだし。高校の部活で交通規制までは、さすがにねえ……」


「あ、いえ、ただ走ってみるだけなんです。運動部が校外をランニングしますよね、あんな感じで、イチニ イチニって感じで風を感じるというか、昔を偲んでみるというか……」


「え? ああ、わたしったら、人間が馬の代わりに走って人間競馬をやるのかと思っちゃった!」


「いやあ、そんな大それたことは(^_^;)」


「それなら、普通の部活としてやればいいわ。いちおう校外だから、監督にはわたしが立ちましょう!」





 ということで、600メートル先の一の鳥居の下に、散策部五人が体操服で並んだ。


 院長先生も忙しいお方なので、スタート地点の一の鳥居までは学校のマイクロバスで送ってもらう。


 ペコちゃん先生のお父さんも神主のコスで、並んだわたしたちをお祓いしてくださったり。少し大げさっぽくなってきた(^_^;)。


「ヨーイ……ドン!」


 院長先生の掛け声でスタート!


 修道女みたいな院長先生と神主さんが見送って、小柄なさくらからバスケの選手みたいなメグリンまで、五人のJKが髪を靡かせて走るんだから、思ったよりも目立つ。なにより、五人揃って美少女だしね(アハハ)。所々で、写真を撮る人もいる。


 一番遅い者のペースに合わそうと申し合わせてあるので、ペースメーカはさくら……と、思いきやメグリン。


 そういや、運動部から声がかからないのは、病気があるからとか言っていたわね。


 まあ、そのメグリンでも、授業の準備運動で走るよりは速い。まあ、ノープロブレム。


 


 ちょっと感動。




 わたしたちって、基本、授業でしか走ったことが無い。


 走るのはグラウンドなわけで、直線距離は、せいぜい50メートル。でしょ、何年かにいちど体力測定とか体育祭とかで走るよね。200や400走る時は、グラウンドのトラックを走ってる。冬季の耐寒走だって、たいていグラウンドか、せいぜい学校の周囲。


 600メートルの直線を走るって、わたし個人としては初めての事。


 走り始めた時から、600メートル先に二の鳥居が小さく見えて、それに向かってひたすら走っていく。


 ちょっと感動……と、思わない?


 馬はどうなんだろう? ピシって鞭があてられて、走るという衝動が体に湧き上がって、真っ直ぐだから、馬にだって、ゴールの鳥居を意識したと思うのよ。ぐんぐんゴールが近づいて来て――オレ、走ってる! 生きてるぞ!――とか思うのかな?


 トラックコースのゴールとは全然違う。トラックだと、物理的なゴールは何度か通り過ぎてしまう。


 うっかりしてると、もう一周あるのに止まってしまったり、余計に走ってしまったり。つまり、真のゴールは頭の中にあるわけよ。たった今通過したけど、あれはゴールではなくて、もう一周先にあるんだとかね。


 人生の場合は、さらに分岐があって、どっちのゴールを目指すべきかって考える。


 わたしの場合、ほとんど決定だけど、ヤマセンブルグの王女としての人生。そして、日本人の女性としての平凡、うん、たぶん平凡だと思うんだけど、そういう普通の人生。ひょっとしたら、もっと別の人生……。


 ヨリッチ!


 ソフィーが手を伸ばして止める。


 あ、赤信号!?


 ゴールの鳥居ばっかり見ていて、交差点に差し掛かっていることに気付かなかった! 危うく、赤信号を突っ切って行ってしまうところだった(^_^;)。


 ゴールして、みんなに聞いてみた。


「ペース配分考えてました」と言うのは、メグリン。だよね、体の事があるから。


「『走れメロス』が浮かんでました」は留美ちゃん。さすがは文学少女。


「パン屋さんとケーキ屋さん、ちょっと曲がったとこにパスタ屋さんがあるのを発見!」さくらは相変わらず。


「忠魂碑を発見しました」と、まじめな顔はソフィー。


「帰りに寄ってもいいですか?」


 と、ソフィーが言うので、コースを戻って忠魂碑を見に行く。


 二階建ての軒先ぐらいはありそうな石碑の忠魂碑。


 ソフィーが真剣に礼をするので、わたしたちも倣ってしまう。


 揮毫は第四師団師団長 森なんとか(草書だから読めない)中将。


「ほう……」


 ソフィーが感心する。有名なんだろうか?


「八連隊が所属していた師団です!」


「有名な連隊です!」


「「「「ほう……」」」」


 みんなで感心して、石碑の忠魂碑を見上げる。


「どんなに有名なの?」


「日本で、いちばん弱かった連隊です!」


 ズッコケてしまった!





☆・・主な登場人物・・☆


酒井 さくら    この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生

酒井 歌      さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。

酒井 諦観     さくらの祖父 如来寺の隠居

酒井 諦念     さくらの伯父 諦一と詩の父

酒井 諦一     さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる

酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生

酒井 美保     さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 

榊原 留美     さくらと同居 中一からの同級生 

夕陽丘頼子     さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王位継承者 聖真理愛女学院高校三年生

ソフィー      頼子のガード

古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン


  

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