第275話『は〇がたつ』

せやさかい


275『は〇がたつ』     




 A:は〇がたつ   B:は〇がたつ


 同じように見えて〇の中に居れる一文字で意味が全然違う。



 Aの〇には『る』を入れる。


 すると『春が立つ』となって立春を表すんです。


 で、その立春は昨日の事やった。


 うかつにも、わたしは今朝になって気が付いた。


「うふふふ」と留美ちゃんに笑われた。


「アハハハ」と詩ちゃんにも笑われた。


「うふふふ」は、ちょっとした遠慮と親しみが籠ってる。


「アハハハ」は、遠慮が無い。それに、アハハハと笑っても詩ちゃんは美人やし。余計に腹が立つ。


「アホか、おまえは~」


 これは、日ごろから、お互いに容赦のないテイ兄ちゃん。




「そんな悔しがらんでも、来年も立春はやってくるやろが」


 新聞見ながら声だけ聞こえてるのはお祖父ちゃん。


「明日あると思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかわ……お祖父ちゃん、影薄いよ……」


 さすがに、新聞から目を離して嫌そうな顔をする。



 はあ~



 ため息をついて境内に出てみる。


 うちの境内は、街中のお寺にしては広い。


 広い境内のあちこちに四季の花が植えてあって、婦人会のお婆ちゃんらが手入れしてくれて、ご近所の社交の場にもなってる。


 梅の花がだいぶ膨らんで、椿、福寿草、水仙、シクラメン、それに、元気いっぱいの菜の花たちが盛りを誇っております。


 正月にね、密かに誓ったんですよ。


 立春の朝に『みんな、この春は頑張ろうね!』ってガッツポーズで写真を撮りたかった。


 ところが、しっかり忘れてしまって、今朝のテレビでお天気お姉さんが「昨日は、暦の上では立春でしたが……」という話をしていて――あ、しまった!――になって、自分に腹が立ったわけでです。


 ウニャーー


 本堂の縁側でダミアが「あほかあ」とネコ語でバカにする。


 

 あたしにとって、二年前から立春は特別(トラウマ)や。


 ここに来る前は、大阪市の北東の街に住んでた。


 3DKの集合住宅やねんけど、エントランスの左右には共同の庭があって、いろんな草花が季節ごと、それなりに咲いてた。


 立春が過ぎて、梅の花が咲いて、さくらの蕾が膨らむころに、引っ越しが決まった。


「四月からは酒井になるからね」


「え、お祖父ちゃんの苗字?」


「そうや、四月からは酒井さくらや」


 めっちゃ不安で泣きそうになったけど、お母さんに不安な顔見せられへん。そう思って、がんばって笑顔を作った。


「そうや、さくらには笑顔が似合うんやで」


 そない言うて、人差し指の背中で涙を拭いてくれた。


 引っ越しの前の日、桜の木が一本切り倒された。


「がんばったんだけど、この桜は、もう花をつけないんだ。放っとくと虫がついたり、他の桜にもうつるからね」


 管理人さんが、そう言って、切り株の真ん中にチェ-ンソーでX(ペケ)を刻んだ。


 桜の成長点を壊して、芽を出させない処置だって、関東弁の管理人さんは言ってた。



 酒井のお寺に来ると、境内には前の集合住宅よりもたくさんの草花が元気にきれいに咲いてた。


 きれいやねんけど、なんかよそよそしくて馴染まれへんかった。


 それから、お寺の草花は檀家の婦人部の手入れできれいになってると知って、明くる年には、お婆ちゃんらといっしょに馴染みになった。


 で、今年、うちは高校生。


 立春の日には、思いを新たにの記念に写真を撮っておこうと思った次第。



 まあ、いいか。



 気を取り直してスマホを出すと、頼子さんからメールが入ってる。


―― 卒業式で送辞を読むことになったよ! それから……おっと、これは内緒(^_^;) ――


 いつもながら、眩しい先輩。


 よし、写真撮って、頼子さんにも送ってあげよう!


 そう決心したら、庫裏の方から、ゾロゾロと出てきた。


「さくら、どうせ撮るんやったら、みんなで獲ろかあ」


 テイ兄ちゃんが宣言して、マスク有と無しの二つのバージョンの写真をいろいろと撮りました。


 

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