第272話『恋するマネキン』

せやさかい


272『恋するマネキン』頼子     





 チャンス!



 思わずガッツポーズすることってあるわよね。


 食堂のランチがあと三個で、並んでるのが二人だったり。


 ジュースの空きパック投げたら、ゴミ箱にストライクだったり。


 苦手な授業で、先生が前から当てていって、次はわたしの番というところでチャイムが鳴った時とかさ。



 そういうガッツポーズを思わずしてしまった。



 下足室でローファーに履き替えようと思ったら、ソフィアがまだ来てない。


 ソフィアは、クラスメートだけども、わたしのガードでもある。


 だから、部活も剣道部を諦めて、同じ散策部に入ってくれていたりする。不自然な形にならないようにしながら、学校の中でもガードしてくれている。


 学校の中では、目立つようなガードはしない。


 ただでも、二人とも外国人(わたしは二重国籍だけど)。ブロンドとプラチナシルバーの髪だから、制服を着ていても目立つ。


 わたしがヤマセンブルグ公国の王女だというのはバレてんだけど、なるべく特別扱いはされたくない。


 ソフィアも心がけていて、学校の中では『夕陽丘さん』とかで呼んでくれる。二年になると、周囲の空気を読んで『ヨリコ』とか『ヨリッチ』とかの愛称で呼んでくれるようになって、肩がこらなくなった(^▽^)。


 流行り病で、世間への露出もほとんどなくなったので、近ごろでは、学校に八人はいるらしい交換留学生のひとりぐらいに思われているっぽいので、ずいぶん気楽になったしね。


 そして、入学以来、特段の問題も起こっていないので、学校の用事とかで、ソフィアが間に合わない時は一人で帰っていいことになった。


 

 そして、いまが、そのチャンスなのよ!



 ソフィーは委員会に出て、どうやら間に合わない。


 これは、もう、サッサと帰って自由なアフタースクールを楽しむべきなのよ!


 まずはね、駅前の本屋さん。


 今日はね、愛読書『恋するマネキン』の第七巻の発売日。


 優れモノのライトノベルで、発刊と同時にアニメの放送も始まったという、背水の陣。メディアミックスの壮大な実験とか言われてる。


 アニメの主人公、加奈子をやっている、百武真鈴が可愛くてツボなのよ。


 文芸部やってたころに読んだ『伊豆の踊子』のヒロイン・薫に通じるものがあって、もう、めちゃくちゃご贔屓なのよ。


 フィギュアも春には出るというので、さっそく予約したくらい。


 そうだ、日本橋のドールショップにサンプルが出てるはずだから、いっそ足を延ばしてみよっかな♪


 もう、ローファーに羽が生えたみたいに軽やかよ!



 ヨリッチー!



 羽の生えたローファーが、まさにわたしを飛び立たせようとした、その時に呼び止める声が轟いた(-_-;)!


「ごめんごめん、委員会長引いちゃったけど、なんとか間に合った!」


 そう、我が愛しくも忠実なガーディアンが、忠誠心という極超音速エンジンをふかしてやってきたのよ。


 で、その瞬間、正門を出てしまった。


「殿下、申し訳ありませんでした。卒業式に関わる重大案件であったので、抜けるわけにもいかず、危うく任務を放棄するところでした」


 スイッチが切り替わった。


「アハハハ……」


「最終案件は執行部で話し合われるということで、なんとか抜けてこられましたデス!」


「おお、久しぶりの『デス』が出た!」


「初心に帰れデス」


「うん、さすがは情報部のホープよね」


「はい、それで、すごい情報を掴んでまいりました!」


「情報?」


「殿下、『恋するマネキン』のヒロイン加奈子のCVが判明しました!」


「え、ほんと!?」


 事実だったらすごいことよ! 


 加奈子のCVをやっている百武真鈴は正体を明らかにされていない。


 いっしょにやっている声優たちにもかん口令が敷かれていて、ファンの間では、神声優真鈴とうなぎ上りの人気。


 それが知れたというんだから、すごいことよ!


「真鈴の正体は、なんと、田中真央なんです……」


「え?」


 とっさには分からなかった。


 田中って苗字の子は何人かいる、鈴木と並んで、日本人の苗字多い順ベストテンに入る名前だしね。身近のではクラスの田中さん。生徒会の役員をやってるはずだけど、下の名前までは知らない。


「その、田中さんですよ。田中真央!」


「え、うそ……」


 声質も喋り方も全然違うし。


「怪しいと睨んでいたんです、人間化けるには、正反対ぐらいが、実はやり易いんです。今日の委員会で録音して、声紋をチェックしました……同一人物デス」


 その時、後ろから、わたしを呼ぶ声がした。


「夕陽丘さーん、待ってえ、話があるのん!」


「え、あ……」


 それは、たった今、話題に上がったばかりの田中真央だった……。





 

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