第257話『瀬戸内寂聴さんが亡くなった』

せやさかい


257『瀬戸内寂聴さんが亡くなった』詩(ことは)       





 人のスマホを盗み見るなんて無作法を始めてやってしまった。


 学校帰りの電車の中、横に座っていた女の人がスマホをスクロールしていて「え!」と息をのんだ。

 こういう局面は、今までにもあったけど、目を泳がせて盗み見るようなことはしたことが無かった。


 時間にして、ほんの0・2秒ほどで、その人の驚きの意味が分かった。


 瀬戸内寂聴さん死去


 すぐに自分のスマホを出して確かめてみた。


 「源氏物語の翻訳」「美は乱調にあり」など、情熱的な愛と生に着目して、小説や口語訳、法話などの活動で知られる作家で僧侶の瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう、本名晴美)さんが11日、死去したことが分かった。9日、京都市内の病院で亡くなった。享年99歳。


 昼休みに著名な占い師の女性が亡くなったのは見たけど、あ、そうかって感じだった。


 寂聴さんは、ショック。


 気になる女性作家の一人で、いつかは瀬戸内さんのお作を体系だって読んでみたいと思っていた。


 『夏の終り』『花に問え』『場所』『美は乱調にあり』『源氏物語』……断片的に読んだ書名が浮かんでくるけど、すぐに上がってくるのは、この程度。話の断片は浮かんでも、ストーリーやタイトルが分かるものは意外に少ない。


 寂聴さんを知ったのは、中学の時に見た、寂聴さんが尼さんになる時の動画。


 ユーチューブだったかニコ動だったかは覚えていないんだけど「どうして本格的な尼さんになんかなるの!?」だった。


 うちはお寺だから、人よりは抹香臭いのには慣れている。お寺の付き合いで、女性のお坊さんにも違和感はない。


 でも、浄土真宗では男でも坊主頭にしている人はめったに居ない。専念寺のごえんさんが坊主頭だったけど、あれは髪が薄くなってきたのをごまかすためだった。


 まして、女性のお坊さんで髪を剃っている人なんか見たこともない。


 それが、ピカピカの尼さんになったのだから、ちょっとショックだった。


 阿波踊りに毎年参加されて震災後の原発廃止を求める運動では、若い人に混じってハンストに加わったり、有名な、でも怪しげな写真家さんが寂聴さんの写真を幾枚も撮って、撮らせてもらったお礼に送ったのが紫の下着だった。


 ショーツなどという生易しいものじゃなくて、その手のグラビア写真でモデルさんが身に着けているようなの。


 寂聴さんは「これはこれは……」と広げてお喜びになって、一度、ほんとうに身に着けてから洗濯して、きれいに残された。


 普通だったら「このセクハラじじい!」とか言うところだけどね……すごいよ。


 大学に入ってから、もう一度尼さんになった経緯を動画で見た。


 寂聴さんの法名は、師である今東光の春聴という法名にちなんでいる、というか、今東光が、寂聴さんの髪を剃っている。僧籍上の親のような存在だ。


 今東光と言えば、河内のあくたれ坊主で『悪名』や『太平記』の作家で、自民党の代議士をやっていた時期もある。


 つまり右翼っぽい河内のオッサンなんだ。


 寂聴さんは、リベラルで、どちらかというと左翼のカテゴリーに入る人。


 それが、こんなに親しく師弟の関係にあって、生涯親しくされていた。


 寂聴さんも、師の今東光さんも、とても素敵。


 イデオロギーとか、感性とか、文学的な方向だとか、そんなものを超えて人と親しむ。すごい人。


 だから、大人になる過程で、そのお作を通して、もっと知っておきたかった。


 わたしって、人からは優しくて寛容な女だと思われてる、そういう風にふるまってもきたしね。


 でも、それって、ほんの表面でしか人と関わっていないからやれてる偽装なんだ。


 お寺の娘って、そいう偽装がよく似合うしね、人からの期待値も、そう言う方向だし。


 わたしは、きっと甘えている。



 あ、だめだ。考えすぎ!



 寂聴さんのお作では『源氏物語』が好きだ。


 源氏は田辺聖子さんのも読んだ。出てくる女の人がみんな尼さんになる話だと、中学の頃は思ってた。


 中学の頃のはコミックで読んだんだけどね。


 朧月夜の君が好き、明るくて、ちょっと奔放で、でもタイミングが悪い。そういうところがね。


 そうやって、家に帰るまでは、寂聴さんと源氏を反芻した。



「瀬戸内寂聴さんが亡くなりましたね……」


 お台所に手伝いにいくと、留美ちゃんが包丁を使いながら横顔で言う。


「うん、スマホで見た」


 留美ちゃんの目が、心なし赤い。


 いかん、この子は、わたしに輪をかけた文学少女なんだった。


「寂聴さんと言えば『源氏』だよね、留美ちゃんは、源氏の女性でだれが好き?」


「詩さんは、誰ですか?」


「うん、朧月夜かな?」


「そうですか……」


「で、留美ちゃんは?」


「六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)です……」


 ゲ


 包丁使って涙流しながら口にする名前じゃないと思うけど……まな板の上に目をやると、玉ねぎをみじん切りにしているところだった。


「今夜は、手抜きでカレーやでえ(^▽^)!」


 愛すべき従妹がエプロンかけながら入ってきて、わたしの神経は日常を取り戻した(^_^;) 





 

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