第205話『テイ兄さん(^_^;)』

せやさかい・205


『テイ兄さん(^_^;)』さくら     





 失踪同然のお母さんの転院。



 それにもめげずに留美ちゃんは普通にやってる。


 お台所の手伝いをやって、本堂やら境内の掃除やら、如来寺便り(お寺が檀家さんに出してる月一のニュース)の手伝いもこなす。


 今月は連休やったこともあって、オンラインで授業受けてるよりも、お寺の手伝いの方が何倍も多い。


 むろん、元々はうちがやってる仕事やったんやけど、同じ部屋で暮らしてることもあって、すっかり留美ちゃんの仕事にもなってきた。


「やっぱり中止なんですか……」


 如来寺便りを封筒に入れようと、最初の一枚を手に取って残念がる留美ちゃん。


「うん、こんな状況ではなあ……」


 封筒の中身を確認しながらテイ兄ちゃん。


「もう長いこと米国さん見てへんなあ……」


 うちもため息が漏れる。


 米国さんとは、落語家の桂米国さん。


 アメリカ人やねんけど、日本の、それも上方落語に心酔してしもてほんまもんの落語家になったニイチャン。


 定期的にうちの本堂で『如来寺寄席』という落語会をやってて、檀家のお婆ちゃんらも楽しみにしてる。


 一昨年の秋にやって以来、うちの本堂ではできてへん。


 原因は、むろんのことコロナ。


「繁盛亭も今月いっぱいは休館するて、今朝の新聞にも書いたったしな」


「いつまでも続きませんよコロナも。延期になった分、楽しみも大きくなりますから(^▽^)/」


 留美ちゃんは、どこまでも前向きな子ぉや。


「ね、テイ……!」


「え?」


 テイ兄ちゃんが小さく驚く。


 いま、留美ちゃんは「テイ兄ちゃん」と言いかけた。


 ほんの昨日までは「あのう」とか「そのう」とかしか呼びかけられへんかった留美ちゃんが、自然に「ね、テイ兄ちゃん!」と呼びかけた。


 分かるわよね?


 思わず「テイ兄ちゃん」と口に出て、と言うか呼びかけて、停まってしもて目を白黒


「え、なに?」


 こういう時、正直にビックリすると、留美ちゃん照れてしもて言えんようになってしまう。


 ポーカーフェイスで「え、なに?」はグッジョブやでテイ兄ちゃん。


「テイ……兄さん」


 テイ兄さん……ま、ええか(^_^;)


「災い転じてって言うのもあると思うんです」


「う、うん」


「どうせやるんだったら、本格的にお茶子さんやってみたいんですけど」


「本格的に?」


「はい、ちゃんと着物着て、名めくりやったり座布団裏がえしたり」


「ああ、それええなあ(o^―^o)!」


「お寺の寄席だから、お客さんの履物の整理とか案内とか、それこそ、お茶のお世話とか」


「あ、それってスタッフいうこっちゃね!」


 うちも乗り気になる。


 落語会は、米国さん一人の時が多い。ほとんど米国さんとテイ兄ちゃんの趣味みたいなもんで、支度とか世話とかは、お寺の人間が、その時その時の都合で適当にやってる。


「とりあえずは、高校卒業するくらいまではやれると思うんです。どうでしょ?」


「それはええ、ええこっちゃ。米国さんとも相談して、ちょっとアイデア錬ってみよか」


「じゃ、さっそく!」


 身を乗り出す留美ちゃん。


「それは夜にでも。これから檀家まわりやし、封筒も三時までに出さんと明日の配達に間に合わんからな」


「あ、そかそか(^_^;)」


 土日を挟んでしまうんで、三時に間に合わさんと、配達は週明けになってしまう。


「じゃ、特急で!」


 


 三十分で仕上げると、紙袋二つに入れて二台の自転車で郵便局へ。


 ちゃっちゃと郵便局の窓口に預けると、ハンドル回してスーパーに、仏さんのお供え物を買いに行く。


 入ってすぐの生鮮食品コーナーに柑橘系が並んでる。


「あ、アメリカのオレンジ!」


 五つ入って390円。


「カリフォルニアや!」


 ガタイのええ生産者のオッサンが「おれんちのオレンジは世界一だぜ!」いうような感じで白い歯を見せてサムズアップ。


 ついさっきまで話してた米国さんのことが頭にあって、迷わずにレジカゴに入れました。




 それから二日、本堂は、カリフォルニアオレンジの爽やかな香りに満ちて、留美ちゃんの「テイ兄さん」の呼びかけも馴染んできました。


 うっとうしいコロナは続くけども、如来寺の境内から仰ぐ空は、日本一の五月晴れの日曜日です(^▽^)/








 

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